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14:祈り姫、出戻り姉と出くわす。

 翌年、ハルマゴール帝国の皇帝が病死し、フローラ王女が帰国した。

 元々綺麗な女性だが、大国の皇后を勤めていただけあって、威厳のある美貌は他者を圧倒する凄みさえある。間違いなく父王の血だと思う。

 入れ替わりのようなタイミングで、ミカ王女が実母の故郷アイプラ王国の王弟の令息に嫁いでいった。


 フローラは「皇帝の後継を産めなかった出戻り王女」などと陰口を叩かれても平気で、「後宮の十二人の側室が誰も孕まなかったのよ」と原因は皇帝にあったと吹聴していた。「容姿も平凡でつまらない男だったわ」と知人に言い回るのだから亡夫には愛情もなかったらしい。

 

 王国に戻って早速守護騎士を五名選んだが、見事にタイプの違う美形を揃えていた。全員伽を命じられたのはすぐだった。やり直し前と同じように、フローラは“王家の徒花”と呼ばれる存在になる。そしてフローラ自身はその二つ名を気に入っていた。

「帝国で十年近くの結婚で我慢を強いられたんだから好きにさせてもらうわ」

 シャクラスタンの血を帝国に入れたかった父王がゴリ押しして結んだ縁だったのに、結局上手くいかなかった。


「種無しと分かっていれば皇弟に嫁がせたものを」

 と、前皇帝の死去の知らせにそう言い放った父はなかなかの外道である。新皇帝にフローラは側室にしてほしいと願い出て断られている。新皇帝は男前なのだろう。


 <仔猫の牙>で調べたところ、新皇帝はフローラを嫌っていた。

「綺麗なだけで浪費家。帝国にこれっぽっちも愛着のないお飾りの妃だった女なんか不要だ。国税で養いたくない」

 随分と辛口だ。ちなみに下世話な気持ちでアイリスは調べたのではない。


 前皇帝は本当に病死だったか。フローラをどうしても追い返したかったのか。裏を取ったのだけれど話は極めて単純だった。前皇帝は先天性の難病持ちでそれが悪化したのが死因に間違いない。姉は病床の夫の見舞いもせず観劇だ、夜会だと着飾っては遊び歩いていたと、アイリスが思わず「これは無いわ」と零すほど好き勝手していた。

「手切れ金だ。二度と帝国にくるな」

 元夫の弟に吐き捨てられて国に返されたフローラも、過分な財産分与に満足して帝国との遺恨はない。


 さて、取り敢えず新皇帝は現時点で、王国にどうこうする気はなさそうである。新政権樹立に忙しい。


 前生でフローラは帰国後半年もしないうちにジルを部屋に呼びつけていた。魔法士の美少年ジルをどこで見つけたのだろう。魔法省まで毛色の変わった男を探しに行ったのではないと思いたい。


 十五歳の今のジルは前回と表情が違うので、体格は以前よりいいのに年相応に見える。いつも冷淡で厳しい顔付きが彼を大人びて見せていたと思う。魔法省でのし上がるには早く大人にならないといけなかったのだろう。


「眉間の皺がなくて良かったわ」

「え?」

 前生のジルと目の前のジルと思い比べて、うっかり零してしまった言葉を拾われた。「何でもない」とアイリスはごまかした。




◇◆◇◆


 出来るだけ避けていたフローラに、とうとう城内の回廊で出くわしてしまった。

「アイリス、お勤めご苦労様」

 そう声をかけられたらアイリスも「有難うございます。お姉様もご機嫌麗しゅう」と挨拶するしかない。実際夕刻の祈りを終えたばかりの“祈り姫”を彼女は労ったのだ。


 彼女はアイリスの背後にいるジルの全身を見回している。やばい。


「ねえ、その平民はあなたの<秘書>なんですって? 帝国流の役職を名乗らせているのは何故?」

 意外にも姉が最初に興味を抱いたのはジルの立ち位置だった。ジルは騎士服を着ていない。行政官のような装いに帯刀している異質な存在だ。

「ジルは守護騎士兼執事で、他の従者との差別化を図っただけです。深い意味はありません」

「守護騎士も兼ねているって本当なのね。重用しているけど騎士として役に立つの? 同年代で見目いいから連れ回しているのではなくて?」


(あなたと一緒にしないで! あなたから護るために引き抜いたのよ!)


「ジルはグインヒルの魔物退治でも活躍しました。腕は確かです。外部との調整役としても優秀です」

 アイリスはムキになって反論した。


「十歳の時に養護院から引き取ったって本当? 才能なんか分からないと思うのだけど」

 姉がしつこい。やはりジルに興味を持ったのか。


「私の守護騎士が剣の素質ありと太鼓判を押したのと、我流で魔法を使っていて既に才能が現れていましたわ」

「本当に魔力持ちなの?」

 噂で聞いているらしいが半信半疑なのだろう。ジルは公には魔法を使っていないから。

「ええ、既存の魔法士でもなく剣士でもない、剣に魔法を纏わせて戦う<魔法剣士>として育ててみたかったのです。初対面でそのまま雇用手続きをしましたの」


 同い年の少年を[育ててみたかった]発言にフローラはびっくりしてアイリスを凝視する。

 十歳になったばかりの世間知らずの王女が、いきなり街で従者を見出すなんてフローラは信じていなかった。どうせ“祈り姫”のご機嫌取りに、玩具になる孤児の美少年をどこかの貴族が宛てがったのだと思っていた。

 だが本当にアイリスが連れてきたとは驚いた。幼な子だった不遇の末王女はこんなに活発だったのか。


「魔法も使える剣士ね……。興味深いわ。ねえ、私の守護騎士と模擬戦をしましょう」

 アイリスにお伺いを立てているのではない。フローラは命令口調だった。

「え? それは……」

「いいじゃない。禁止事項でもないし。魔法剣というのを見たいのよ。いつにする? 大丈夫。手加減させるから」

 手加減? ほんの少しの悪意を感じる。


「お時間があるならこれからでも。夕食前のひと運動になりましょう」

 考え込むアイリスの後ろからジルが応えた。

「え!?」

 勝手に返事をしたジルを振り返る。


「いいわ。時間を調整するのは面倒ですものね。では騎士団の訓練場を借りましょう」

 返答を渋っていた主を差し置き本人は随分と前向きだ。手加減すると言われて悔しかったのかとフローラは納得する。フローラの守護騎士たちよりは一回り以上細身な少年は、アイリスより先にフローラの後を追った。

「勝手に決めないでよ」

 アイリスはジルに並ぶと彼を叱る。

「日を改めたら見物客も増えて見せ物になりますよ」

 ジルが即決した理由を述べた。アイリスは「まだ公開したくなかったなあ」と溜息をつく。


「炎のみで威嚇程度に火力は抑えます」

「怪我させないでね」

「分かりました」

 彼らはやられる側だとは思っていない。それはフローラの騎士たちも同様だった。


 騎士団員たちは演習を終え、自主訓練している者が幾ばくか訓練場に残っているだけだ。騎士団長の許可を得て訓練場の中央を使わせてもらう事になった。


 王女の守護騎士同士の模擬戦と聞き、帰り支度をしていた騎士たちもわらわら集まってくる。外見と実力を兼ね備えたフローラの守護騎士たちは騎士団所属の貴族で、対する少年は平民で“祈り姫”自ら発掘した従者だ。“祈り姫”の腹心として有名である彼の剣技を見た者はほぼ居らず、騎士たちも興味津々なのだ。


「実力を知れば“妖精姫”も彼を解雇するんじゃないか」

「どの方も一流だ。一振りもさせてもらえないかもな」

「異例の出世平民だ。とうとう洗礼を受けるか」

「力の差は歴然だろう。気の毒に」


 ざわざわとした外野の声を無視して「少し身体強化魔法かけようか?」とアイリスは小声でジルに尋ねる。どうせ魔力の付加を感じ取れる人間はここにはいないのだ。フローラだって魔力はアイリスの半分にも及ばないから気がつきはしない。ずるいって? 体格差と年齢差を考えれば多少の能力上乗せはいいだろう。

「いらないです。不利になったらひっそりとお願いします」

 余裕の表情でジルは僅かに笑った。


 決まりなのでジルも防具を身につける。武器は双方、騎士団の模擬戦用の威力を落とした青銅剣を使う。騎士団所属のフローラの守護騎士にとってはお馴染みの得物も、ジルは初めて手にする。しげしげと見つめた後、軽く振って感触を確かめた。


 ジルの相手は最年少の二十三歳のベルタが務める。体格も五人の中では一番細身なので妥当なところだ。面白がった騎士団長自ら見届け人となり、二人は対峙する。


「はじめっ!」


 躊躇なく動いたのはベルタ。間合いを取らせまいと素早い動きで斬り込む。一撃で沈めるつもりだ。ジルはがっちりと受け止め、そのまま流す。体勢を崩されてもすぐに持ち直したベルタは、ジルの剣を見て「え?」とつい動きが止まった。


「何だ、あれは」

「剣が燃えている?」


 見物人たちも何が起こったのか分からない一瞬で、ジルの剣が炎を纏っていた。

 相手が驚き固まった隙にジルは上から剣を振り下ろす。

「熱っ!!」

 熱気が顔を掠めてベルタは思わず声を上げたが怯まず炎の剣を受け止める。そのまま横一閃を狙うもジルに身軽に動いて躱され剣を弾かれた。身体は細いのに一撃が重い。体重の乗せ方が上手い。荒削りでありながら的確な攻防をする。これは天賦の才だ。手合わせしてやっとジルの力量に気がつく。隙を見せて攻め込ませてカウンターで決めよう。正攻法ではこちらがやられる。わざと脇を狙わせた。しかしジルは一気に踏み込んでベルタの喉元に剣先を突きつける。

 ちり、と髪の毛が焦げる匂いがして慌ててジルは炎を消した。


 しんと静まった訓練場に「勝者! ジル・ベイチェック!」と団長の声が響いた。


「信じられん! ガキが勝ったぞ!」

「あの火はどこから出したんだ!?」

 

 うおおおおおおと歓声が上がり興奮の坩堝だった。


「あれが魔法の剣……」

 フローラが呟いた。

「ベルタ……。俺が仇を討とう」

 血気盛んなケイバッシュがそう言うと「やめろ」とフローラの筆頭守護騎士が止めた。

「素のままでもあやつは強い。それに炎を纏わせるんだ。敵わん」


 その日から“祈り姫”の少年従者は、魔法を使う剣士として名を広めてしまった。




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