13:祈り姫、お茶会に呼ばれる。
成人の儀──。
大袈裟な名前だが何の事はない。一年に一度、十五歳になった貴族令息令嬢が王城に招かれ、国王の有り難いお言葉を頂き紹介され、お披露目される夜会である。つまりこの時をもって大人の仲間入り、夜会や貴婦人の茶会や紳士クラブへの参加が認められるのだ。
そして今回の目玉は王族参加者である“祈り姫”だった。
前生も面倒臭く思いながらひっそりと参加したが、今回は全く違う状況だ。
“祈り姫”が国王の贈ったドレスと装飾品を身に着けている事はすでに周知で、みな興味津々である。
成人したての淑女のみに許される白のドレス。前生では形だけの参加のつもりで予算を抑え、最低限の装いをした。貴族令嬢の方が余程煌びやかだった。
アイリスがケーン・イド王太子に手を引かれて現れると会場がどよめく。
「まあ、なんて美しい……切り替えの多い凝ったデザインですわね」
「胸元のレースリボンは流通していないサリュー公国のものと聞きましたわ」
「やはり光沢が違いますわね」
「あの大粒のアメジストの首飾りは陛下自ら選ばれたそうよ」
「髪飾りの生花は幻の薔薇と呼ばれる<純白のアリィ>ではなくって?」
貴婦人方は本当によく御存知ですね。気合い入れすぎな感じで目立って恥ずかしい。
「銀の髪に菫色の瞳。まさに高貴なお姿」
「……ああ姫君。なんて可憐なんだ」
「踊っていただけるだろうか……」
なんだか令息たちの反応も過剰な気がする。
「いつにも増して愛らしい君をエスコート出来て光栄だよ」
前の王太子のエスコートは「さあ行こう」と優しく導いてくれただけで、こんな言葉は掛けられなかった。
兄に「まるで花の妖精だ」なんて囁かれて擽ったすぎる。
間違いなくアイリスは主役だった。国王は参加者たちの目を奪う娘の姿に満足げで、終始機嫌が良かった。
◇◆◇◆
それからしばらくして、アイリスは妃たちの茶会に呼ばれる。
「めちゃくちゃ行きたくない……」
「親睦会なんでしょう? お茶飲んでお菓子食べて、にこにこしていればいいんじゃないですか?」
ジルのいつもの聡明さは家出中なのかな。
「同じ夫を持つ四人の妻の集まりが親睦会のわけないじゃない!」
「では女性だけの一家団欒ですかね」
第三王女はこの間友好国ルイバーン王国の第二王子に嫁いだし、残る王女は自分とミカ・ルドだけ。
(ミカお姉様は参加しないのよ! 何寝ぼけた事言ってるのよジルは。
……あれ? ちょっと気になったんだけど、もしかして全員私の継母? 違うわよね……?)
「姫様、覚悟を決めて出陣です。大丈夫です。このソヤが側に控えております」
連れて行く侍女は百戦錬磨感のあるソヤ一択だ。頼もしい。護衛は場慣れしているナルモンザに限る。
訪れたのは第一妃御自慢の庭園である。
“祈り姫”を初めてもてなすなら彼女が仕切るのが筋合いだ。
「本日はお招きいただき有難うございます」
揚げ足を取られないように丁寧な礼を心がけた。
「よく来てくれたわ。あなたの話を聞かせて欲しいなんて友達に強請られるのよ。“祈り姫”になってからはろくに話した事がないのが残念だったの」
第一妃が優雅に微笑む。きつい顔立ちだが妃の中で最年長と思えないほど美しい。
“祈り姫”以前は懇意にしていたような言い草はやめてほしい。まる無視だったくせに。でもそこは流さなきゃならない。そうか。今日は“祈り姫”のネタ集めが主題かな?
第一妃から二、三、四妃と並んで丸いテーブルを囲んでいる。第一妃の右隣が空いているのでアイリスは席に着く。ちらりと横を見れば、ジェイドの母の現第四妃は不貞腐れた顔で既にお茶を飲んでいた。その図太さは見習いたい。無理だけど。
名目だけの妃で愛人持ちの彼女がどうして参加しているのか不思議だ。
「カミルからの手紙にあなたに成人の贈り物をしたと書いてあったわ。仲良くしてくれているのね」
「はい、からくり人形が踊るオルゴールを頂きました。公国の国宝と言われる方の作品だそうで、緻密な装飾も見事でしたわ」
アイリスの返事に第一妃は満足そうだった。前“祈り姫”の自分の娘が現“祈り姫”と親しいのは、他の妃にマウントを取れる材料なのだろう。彼女の[お友達]にも自慢出来るステータスにもなるのだ。自分がそんな存在になったとは、前生と比べて随分出世したものだと感慨深い。
「第二子をご懐妊中の今、初産が難産だったため皇太子殿下が心配して大変だそうで」
「まあ、そんな話も書いてあるの?」
「お母様に惚気話は照れくさいのでしょう」
第一妃との手紙のやり取りは、主に公爵家との個別輸出入を妃が要請し、それをカミルがずっと断り続けているとアイリスは知っている。『母の実家の公爵家を優遇なんてしない』をカミルは貫いているが、たまに母からの手紙が来てもそんな内容で[いい加減諦めてくれないかな、しつこい]とアイリスへの手紙には書いてある。
お茶会はアイリスの公務についての話を聞き、流行の話へと移り一見和やかに進む。と、見せかけてやがて貴族たちの愚痴や噂話になる。そこまでは想定内だ。
だが父王の<お渡り>の話になれば、成人したての娘はどう反応すればいいのか。仕方なく聞いていると、父は満遍なく順番に妃のもとを訪れているようだ。どうやらそれが守られているかどうか確認し合っている。定例会の主目的はこれか。四十代の父は三日に一度必ずとはいかないだろうし独り寝の時も多いだろう。妃たちは自分が抜かれていないか心配なのだ。ずっと求められたいのが女心なのかな。
「そんな話をペラペラと恥ずかしげもなく、王女様の前でまでよくやりますわね! 妃としての品格がどうとかおっしゃっていたのはどの方でしたか!」
とうとう第四妃が声を荒げた。褒められた態度ではないけれど、いい加減父の閨事情なんか聞きたくないアイリスは彼女に完全同意だ。
「愛人を堂々と部屋に入れる妃などは、品格以前の問題ですわね」
ちくりと第二妃が棘で刺す。
「気分が悪くなったので、申し訳ありませんが帰らせていただきます!」
肩をいからせて去る第四妃の背中に向かって、第一妃は「お大事にね」と優しく声を掛けた。
(……怖い。私も帰りたい)
「義務とは言え、毎回律儀に参加されるのはきついでしょうね。いつも途中退座されますけど」
第四妃に本心から同情しているように呟いたのは王太子の母、第三妃だ。異母兄や異母姉に似た雰囲気の方でおっとりとしている。
「義務、なのですか?」
驚いたアイリスは反射的に尋ねてしまった。
「陛下のご意向でね」
第一妃が唇の端を上げた。
(何しているんだ! あの戦闘馬鹿は! よく考えなくても第四妃は針の筵だろうに!)
「妃同士で王宮の不具合とか話し合うようにですって。まあ強制でもないと、我々は私的に顔を合わせる機会はありませんものね」
第二妃は淡々とした調子である。
「あまり必要性を感じませんが」
アイリスが正直に言うと第一妃は「情報共有している面もあるのよ」と茶会に肯定的だった。
公爵令嬢だったこの方は少女時代から父が好きで、『彼以外に嫁ぎたくない!』と大騒ぎして王太子時代の父の第一妃に収まったらしい。まあ、父は美丈夫だ。娘から見ても今でも魅力的でモテるだろうなとは思う。実際言い寄られての夜伽の相手はいると聞く。のめり込む愛人がいないのが救いか。
「怪しい使用人や急に羽振りの良くなった人物はいないかとか話し合う、第四妃がいなくなってからが本番なのよ」
第三妃は眉を下げている。
「あんな身勝手な小娘が居づらくなるのは自業自得ですわ」
第二妃は嫌悪感を丸出しにしている。国王公認とは言え王宮に愛人を連れ込む第四妃は、確かに褒められたものではない。息子のジェイドだっているのだ。
一応これは王城治安に一役買っている会合らしい。愛人宅で過ごす事の多い第四妃は邪魔になるどころか、内部事情を外で広めかねない。確かにさっさと茶会から追い出したい訳だ。
「どうかしら。あちらこちらで人脈を作っている“祈り姫”様はこのお茶会に興味はない?」
第一妃が勧誘してきた。なるほど、王妃連合の情報網に組み込んでやると言うのか。
「父が妃の茶会と定義しているのですから、娘の私が恒常的に招かれるのは違うと思います」
謹んでお断り申し上げる。大体、王妃たちの噂話より自分の収集力の方が優れていると思うから必要ない。
「あー疲れたー」
「姫様、最後まで凛とした対応で立派でしたわ」
ソヤに褒められてちょっと嬉しい。
「何事もなく良かったです」
会話の聞こえない場所で待機していたナルモンザは、『毒でも飲まされたら』と緊張していたそうだ。
「まさかそんなー、“祈り姫”を始末する理由ある?」
「笑い事ではありませんぞ姫様。成人の儀で[陛下が溺愛している姫]と認知されたんです。理不尽な嫉妬を抱く女性はどこにでもいるのです」
「そんな知り合いの女性が多いナルモンザに同情するわ」
アイリスが茶化すと「いえ、現に第一妃は姫様に嫉妬していたじゃありませんか」とソヤが眉をひそめた。
「あー、あれは気持ち悪かったわね」
父王の<お渡り>の話の時に「陛下は今は“祈り姫”様の溺愛にお忙しいようね。“祈り姫”様の部屋に伺ったりもしますの?」と、まるで愛人を示唆するような聞き方をされた。他の妃もこれにはドン引きで、第四妃が我慢出来ずにキレたのもこの発言だった。
「馬鹿馬鹿しい。第一妃のところに大量の虫を送り込みましょうか」
ジルの目が据わっている。
「何、その子供の嫌がらせ」
「悪質な悪戯で済まされるぎりぎりです。第一妃の失神は間違いなしです」
ジェイドの実験談だそうだ。
私の前では素直で可愛いけど、ジェイドはやっぱりヤンチャなのね。
「面と向かって『母親に捨てられた哀れな王子』と嘲笑されて悔しくてやったそうです。バルコニーをよじ登って窓の隙間から入れたらしく、ご自分の仕業とはバレていないと自慢していました」
見回りの騎士の目を盗んで? それに外壁から二階まで登るなんて危険な事を。
「騎士が忠誠を誓っているのは国王陛下です。第一妃は理不尽に騎士に当たり散らすと評判なので、幼い王子の悪戯だと見ぬふりをしたのかもしれませんね」
ジョルジュがアイリスの疑問を察したような意見を言った。
うーん、それなら明らかに職務放棄じゃない? 私なら悪戯を黙認されるのも嫌だ。ジェイドがうまく見張りの目をかい潜った説を推したい。あの子は逃亡の達人だし。
「私はみんなを大切に思っているからね!」
高らかに宣言する。
“祈り姫”の守護騎士が、騎士たちから羨ましがられる仕事だとは知らないアイリスは、自分は第一妃とは違うとアピールしたのだった。