鎮守の森
通るだけなら 見て見ぬ振り
海へと続く 人っ子一人いない道
通るだけなら 問題ない
海から戻る 乾いた土と風の道
海を見下ろす崖山の
豊かに茂った灌木は
濃い影落として 葉を揺らす
葉陰の向こうに 動物も
誰が狩りに来るでなし
誰がここを壊すでなし
日々 穏やかに緩やかに
日差しと月の 光の間に間に流れゆく
だから 触れないで
入らないで 壊さないで
砕いてしまえば 石一つ
斧をあてれば 幹一本
広げてしまおう 一本道
いいえ それは間違いで
人が如何なる理由あれ 手にかけては時遅し
乾いた道は 消え失せて
金の日差しは 森の影
あっという間に 森の奥
不思議な森には 音も消え
気付けば 後ろに鹿一頭 白く気高い森の王
続きはどこへ行くのやら
黄金の霞が漂って
銀の塵芥舞う風に
夢か噓かと包まれる
夕映え消えた 音なき森で
迷い込んだか 囚われたのか
心の外れで 知る後悔
『壊すのか 潰すのか 殺めたか』
微弱な光に白揺れて 瞳の碧に艶湛え
気高い鹿の 恐れの問いは
続くも終わりも 雅奏でる琴のよう
気付いた時が 終わりの手前
慄く口を 衝く声に
焦燥 許しを請う願い
鹿は も一つ問いを増す
『黒い石なら 千の道
洞ある木なら 十の道
赤い肉なら 一の道
お前の求めは どこにある』
生きとし生ける 連鎖なら
無理もないと許しもする
門外不出の綱を結ぶは 時一年を見てやろう
棲み処のための 樵なら
安らかなる居を望むもわかる
門外不出の結ぶ綱 時十年で解いてやろう
しかし 黒い石だけは
異界を壊す悪戯は
そうは赦してやれもせず
時百年の綱を巻く
出された朝には 様変わり
かつての時間が消え失せて
置いてけぼりの 独りぼっち
触らないで 壊さないで
奪わないで
代償 時に囚われる
綱をほどいた 鹿の王様
人に似て 鹿に似る その姿
別れの最後に 現れる
二度と来るなと 背に命じ
森へと消えた 鹿の精霊
生を守護する精霊は
誰の命を消すもなし
命取られることはなし