俺の幼馴染みはちょろすぎる。
「はやく今日のお弁当を渡しなさい」
男子が女子に弁当を要求されている。
どういう要求だと、端からみたら確実に思われるやり取り。
高校のお昼休み。お昼休みといえば弁当と、頭の中で勝手に連想する。
健全な男子が望むのは美少女の手作り弁当とか、そんなんではないだろうか。
美少女の手作り弁当とかロマンがありすぎだろ。美少女、という条件には目の前の幼馴染みーー、天音紬も該当する筈なのだが、しかし彼女が作るわけもなく、健全な男子の妄想とは完全に逆の構図である。
「ほい、今日の弁当」
弁当箱を彼女の机に置くと、彼女は目を輝かせる。
いつものことではあるのだが、その反応がいつも面白くてしかたない。
「唐揚げは入ってる? 私あれめっちゃ好きなんだけど」
「全ては弁当箱を開けば分かることさ」
「そういう時、大抵の場合は入ってるのよ......ほら、やっぱり」
弁当箱を開けて、ほらね、とどや顔である。どや顔をしながらちらちら、と唐揚げに視線を向け彼女がはやくそれを食べたいことは容易に想像できた。なんで唐揚げ一つでそんなに喜べるんだ。毎度思うがちょろすぎではないだろうか。唐揚げが好物だからと言って、毎回唐揚げをお弁当に入れることを要求するのはどうかと思う。年頃の女の子なのだからもう少しだけ揚げ物を控えた方がいいのではないだろうか。
「ほら、はやく机くっつけなさいよ。一緒に食べるんでしょ?」
「別に俺を待つ必要はないと思うんだが」
「いただきますは一緒にしたいでしょ。ほら早く」
彼女に急かされるままに俺はそそくさと机をくっつける。そして俺の分の弁当箱を取りだし、いただきますをしてから俺たちのお昼ごはんの時間は始まる。
「それにしても、どうしてこんなに唐揚げって美味しいのかしら」
「俺がお前の味覚に合うように作ってるからだな」
「めっちゃ美味しいんだけど。めっちゃ」
語彙力が死んでいる。唐揚げは彼女の語彙にまで影響を与えるものなのか。恐ろしいものである。唐揚げとは。
そもそもこいつはなんで唐揚げでそんな幸せそうな顔ができるのだろう。毎回作っているのだからリアクションは薄れるものだと思うのだが。毎度毎度新鮮なリアクションを提供してくれるので作ってるが話としてはとても嬉しい。
彼女が美味しそうに食べてる顔をみているだけで面白い。俺が作った弁当ごときでこの反応とはちょろすぎなのである。巷で噂のチョロインとは彼女のことである。幼馴染みの俺としてはそこら辺の怪しい黒人にほいほい付いていきそうで気が気ではないのだが。
とりあえず彼女にならって俺も弁当を食べ始める。
「なんか私のに比べて弁当箱ちっちゃくない?」
「お前がいっぱい食べるから必然的に俺の弁当箱が小さく見える。それだけの話だ」
「え? 私そんなにいっぱい食べてる?」
「作ってる側からしたらなんで太らないか疑問に思うくらいには食べてる」
「......唐揚げは正義よ」
「気を付けろよ。お前がもし太ろうものならーー」
「なら?」
「ーー弁当箱に唐揚げが入ることはなくなると思え」
衝撃を受けたように硬直する紬。
俺はお前の健康を預かっているのだ。それくらいは当然である。唐揚げ禁止令が出るのも時間の問題かもしれないな。
「今日は走って帰る」
「俺は歩くが」
「私が走るんだから春人が走るのも当然でしょ?」
「どんな理屈だ」
「諦めなさい。私と春人は運命共同体なんだから」
なにそれ怖い。ともかく彼女の中では俺が付き合うのは決定事項のようだった。
「ほら今度パフェ奢るから」
「それをお前が食べたら意味がないことは分かってるよな?」
「嘘!? 私だってパフェ食べたいわよ!」
「そういえば今朝お前の妹に聞いたんだが」
「『親しき中にも礼儀あり』。分かるわよね?」
「お腹の肉が気になるとかなんとかーー」
「デリカシーはどこいっちゃったのよ!?」
今さらお前を繊細に扱ったところで何になるというのだろうか。
ちょっと雑に扱ったくらいかちょうどいいのだ。まあ、ともかくとして。
「ーーダイエット、するか?」
◆
公園のジョギングコース。それを全力で五週走る。ダイエットといえばこれだろうと、とりあえず走ることにしたのだ。別にダイエットは火急を要するものではないが万が一にも唐揚げが食べれなくなる可能性に紬は恐怖したようだった。
上下に学校のジャージ。赤いヘアピンを付け、黒い髪を揺らす少女は誰の目からみても美少女であった。走る姿も絵になるとかなにそれ羨ましい。
「足痛い! 疲れた!」
「これもお前が安心して唐揚げを食べるためだ! ラスト一周!」
「夜は唐揚げだからね!」
そう吐き捨てて紬は全力で足に力を込め走り出した。ラスト一周だから気合いが入ったのだろうか。
いや、多分唐揚げで気合いが入った。
彼女は食欲旺盛なのだ。食欲に正直すぎるのはいいことなのだろうか。それが彼女のちょろさに拍車をかけてる原因だと思うのだが。今回のダイエットも俺が夜に唐揚げを作るといったらあっさり了承したし。
彼女はさしずめ唐揚げの奴隷。そして黒幕はそれを作っている俺自身といったところか。
なんか嫌だな。俺が黒幕のポジションなのが納得いかない。どうせなら正義の味方に憧れる。男子なら大体そうなんじゃないだろうか。
負けより勝ち。悪より正義。男子、というより人間の一般的な観点だがそれを好むものだ。
俺は正義の味方からあげマン。なんか嫌だからやめておくか。
そもそも俺は唐揚げ以外にも料理のレパー卜リーはあるのだ。特技を一辺倒に絞るのはよくない。
「うあー。疲れたー!!」
そんな無益な思考をしている内に彼女は一周を終えていた。中々に早い。
彼女に水の入ったペットボトルをぶん投げ、それを彼女は見事にキャッチした。
「投げて寄越さなくてもよくない?」
「お前を信用しての行いだ」
「そんな信用ならいらないわよ。ほらもっと私を女の子みたいに扱うそういう配慮を求めてるの」
「安心しろ。お前はかわいい」
「急に何?」
「いや、機嫌を取ろうかなと」
「はい余計な一言。最後のいらなかった!」
多分普通に褒めたら機嫌は良くなるのだろう。まあからかうのが面白いので止められないのだが。
いちいち彼女のリアクションが面白いのがよくない。俺は悪くない。
「冗談だ。普通にかわいい」
「もう一回」
「はいはい、かわいいかわいい」
それで彼女は機嫌をよくする。ちょろすぎである。
満足げに微笑み、それから彼女は水を飲む。そして息を付く。
やりきった、と言わんばかりにこちらに親指を立てて見せた。
「これでダイエット成功ということでよろしいか?」
「よろしくないぞ? 今日お前は唐揚げを食べる。そしてその分また走る」
「嘘じゃん。もうやりきった気持ちでいっぱいなんですけども」
「継続は力なり、というだろう」
「当然春人も付き合うのよね?」
「嫌って言ったらどうなるんだ?」
「認めません。駄目! 運命共同体!」
なんだその殺し文句。そんな軽々しく使うような言葉なのかそれは。
まあでも俺が付き合うことは確定している。夜分に流石に女の子一人というのはマズイのだ。
紬の場合は特に。飴一つで知らない人にほいほい付いていきそうで怖い。流石にないと思いたいが万が一もあり得る。
夏も近づき、夜が遠くなる季節だろうと、街灯があるからといって信用できない。
目の前のこいつは仮にも美少女なのだ。嫌でも目を引く容姿。仕方なく、俺は付き合うしかない。
「それにしても水って美味しすぎると思わない? 走り終わったあとは特に」
「知らんが」
「じゃあ水飲む?」
「それを世間一般では『間接キス』と呼ぶんだ。覚えておくといい」
「何を今更。童貞め」
童貞だからなんだというのか。それは恥じるべきことでない。誇るべきことでもないが。
「覚えておけよ。お前の一言で俺が唐揚げを作らなくなる可能性があることを」
「卑劣すぎない?」
「唐揚げの生殺与奪は俺が握っているんだ」
「よし。土下座までならするわよ?」
「やめい」
それを客観的に見ると唐揚げを人質に幼馴染みを脅すやべー絵面になりかねん。意味が分からない状況だ。
「唐揚げが惜しいなら明日以降も走ることだな」
「なにも言い返せないのが辛い!」
唐揚げをこちらが握っている分、こちらの方が権力が上ということか。
唐揚げで権力が決まる世界とか嫌だなぁ。そんなことを考えつつ、帰路に着くことにする。
「歩く歩幅くらいは私に合わせなさいよ。女の子なんだから私」
「女の子である特権を主張するやつも珍しいが......はいはい」
彼女がゆっくり歩くのに合わせて、俺もゆっくり歩く。
「そういえば今日は唐揚げなんだっけ。やっぱ走って帰ろうかしら」
「転びそうで怖いから止めとけ」
「家に唐揚げが待ってるのに我慢しろというの!?」
信じられないと、言った様子でこちらを見る。
まあ、こうやって言うときにはこっちも奥の手を出さざるを得ない。
「ーー唐揚げにレモンかけるぞ?」
「......くっ」
これで文句は封じた。
ゆっくり歩くのは続行である。毎度思うが、ちょろい。
食欲に正直すぎて心配になるレベルである。
「毎度思うがちょろすぎでは?」
「唐揚げにレモンはズルい」
「知らないおじさんに飴とかで餌付けされるなよ?」
「バカね。私はそんなにちょろい女じゃないわよ」
説得力がない。唐揚げを担保にされたら結構なんでもやりそうだ。
「唐揚げで餌付けしたらめっちゃちょろいからなお前」
「はぁ、分かってないわね。私は春人の唐揚げだから良いのよ」
「それは喜んで良いのか?」
「名誉よ名誉。私だって誰にでもちょろい訳じゃないんだから」
自分がちょろいこと認めてんじゃねぇか。語るに落ちるとはこの事か。
アホ丸出しである。
「そもそも、私は返してるだけだから」
「何を?」
「......唐揚げ代?」
「いや、美味しそうに食べてくれるだけで良いから」
「......よく恥ずかしげもなく言えるわね」
今のはまずかったか。幼馴染みの距離感というのは分からない。
梅雨も終わり、夏が近づき、夜も遠くなる。今日はやけにセミが喧しい。
「このヘアピンだって、そうだし」
赤いヘアピンを触りながら、彼女はそう小さく呟く。
それは俺が誕生日に贈ったものだったか。無骨なデザインの割にちょっと高かった覚えがある。限られたおこづかいの中でプレゼントを選ぶのは中々に楽しかった覚えがある。
「それ、まだ付けててくれるんだな」
「当たり前でしょ。大事にするに決まってる」
「確か8歳の誕生日プレゼントだった気がするんだが」
「大事にするわよ。当たり前でしょ」
「嬉しいこと言ってくれるもんだな」
「そういうところもかわいいでしょ?」
「自分で言ったら台無しだが?」
唇に人差し指を宛ながら彼女は小悪魔みたいに微笑を浮かべる。
まあ確かにかわいいが。それは口に出さない。負けた気がするからだ。
「かわいい幼馴染みがいて幸せね春人は」
「はいはいかわいいかわいい」
「でしょ?」
感情を殺して言ったつもりなのだが、紬の耳には世辞に聞こえたようだ。
「というか私はちょろいんじゃないから!」
間違いを訂正するように彼女は声をあげる。
「じゃあなんなんだ」
「春人が私のために頑張ってくれるから、私も春人と同じくらい頑張りたいなって、それだけ」
「なんだそれ」
「頭脳面では私の方が上なのだよ。お分かりか?」
頭だけはこいつ良いんだった。期末テストがやってきた瞬間、俺と紬の関係は逆転する。彼女に逆に生殺与奪を握られるのだ。ギブアンドテイクとは少し違う。何かを上げるだけそれを返すなんて関係ではない。
お互い助け合おうと、それだけだ。
「ほら、可愛くなるためにも頑張ってるわけだし?」
「それは初耳なんだが」
「あれ? 知らなかったの?」
ふふ、と口に手を当てながら、少しだけ俺より先に足を一歩踏み出して振り向く。
いつも通りのかわいい面。夕日を浴びているせいか、少し顔は赤くって。それが何故だか俺の目には魅力的に写った。
「そこで耳寄りな情報があるんだけど」
「何だ?」
「ここに告白受け入れ準備の整った美少女がいます!」
なんだその耳寄りな情報。
まあつまり、そういうことだろう。
「付き合ってください?」
「はい、よろこんで!」
ダイエット帰りの帰路に告白とか、どういうことなんだろうか。
その告白を受けて、やっぱり彼女は笑った。
「ほら、早く帰ろ? 唐揚げが待ってる」
「そうか」
さっきまでムードなんか感じさせず、早足で彼女は歩き出す。それに俺がついていく。
前で彼女の顔は見えないが、もし彼女の顔が見れればそれが耳の色と同じく真っ赤に染まっているだろう。
おそらく俺もそんな顔をしてるだろうから。
「手とか繋ぐか?」
「......唐揚げのあとでね」
「普通今じゃないか」
「バカ!」
そういって彼女は歩みを早くして、少しだけこちらを振り向いた。
「大好き」
「はいはい」
そんな言葉に適当に、でも口角が上がるのは隠しきれずに。
そんな言葉は簡単に言うものではないのだが。
ーー俺の幼馴染みはちょろすぎる。
夏休みまでには告白させようと画策してたらしい。
チョロインを書きたかった。何故季節が夏かというと、それが一番書きやすかったからです。いま春だけどね。春休みなので更新頻度が上がります。連載もそろそろしたいです。よろしくお願いします。
評価ブクマお気に入りユーザー登録までどうぞよろしくお願いします(強欲で金満な壺)
ぶっちゃけ感想の方が嬉しいです。是非ともよろしくです。
《聖女が愛した偽物の婚約者》
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