桃山……安土栞奈と話をした
四人で食卓を囲む。
不思議な感覚に包まれながらも、若干の焦燥を感じながら僕は黙々と箸を進めていた。
「…………」
なんで隣に安土栞奈が座っているんだ。
いやわかるけど、そりゃ正面に父がいてその横に母がいて、そうなると子供はこっち側になるというのは分かるけれど、彼女は今まで同級生だったんだぞ、普通に気まずいというか、気持ちの整理がついていない。
安土栞奈、彼女は彼女で平然とした様子で黙々と食事をしているが、いまいち緊張しているのかそれともこれが普通なのかわからない。
「ドレッシング貰っていい?」
「ぉっ!?……どうぞ」
「ありがとね」
普通に話しかけてきたぞ!
なんで普通なんだこいつは……。こちらは突然のことが重なりすぎてこんなにテンパっているというのに。
それに考え事をしている最中に話しかけられたものだから、変な声が漏れてしまったじゃないか!
恥ずかしい。
僕は軽く咳ばらいをしながら、赤くなりそうになる顔を抑えようと努める。
それにしても、その、手が触れてしまった。
彼女にドレッシングを手渡すときに、若干ながら指先が触れ合った。
童貞みたいなことを言っているのは分かっているけれど、俺は童貞だ。何も恥じることはない。
……でもあの声は流石にないからやっぱり恥じてほしいが。
彼女は俺の指先が触れた瞬間特に何も反応を示さなかったのが、ちょっと余裕のある感じがして軽くムッとするが、ちょっとだけ尊敬をしたりもする。
やはり彼女はこの程度のスキンシップでは動じない陽キャなのだ。
こうやって醤油を俺にとってと頼んだこともそうだし。
俺だったら話しかけられなくて諦めるか、何とか頑張って体を伸ばしてとるだろう。
ていうか普段から人と話さないのにこういう時に話せるわけないじゃないか(真理)。
僕は隣の安土栞奈をチラッとみる。
女は視線に敏感だというのだから教室内ならいざ知らず、こうやってすぐ隣にいるというのだから、流石にやめた方がいいのだというのは分かっているのだが……。
魅力?だろうか。ついこうやって見てしまう。
彼女の肌は綺麗だし、まつ毛が長いし、ご飯を箸で口に運んでもぐもぐと食べている姿でさえ凄く綺麗にみえ――って一口でかいな!!
め、滅茶苦茶腹減ってんのか?
ご飯の量がえぐい速度で減っているし、おかずもそれに並行して減っていっている。
よく見ると彼女の目は少し緩んでいて、すごいな、もうこの家に慣れ始めているのか……?
よ、よし。俺もいろいろ疲れのせいかお腹が減っているし、しっかり頂こう。
香織さんの作る料理はすごく美味しそうで、豪華にするといったが、まさにその通りだ。
たくさんの唐揚げやハンバーグにシチュー、それにサラダなどが並んでいる。
なんだろう、なんか、唐揚げはテーブルの真ん中に置かれているのだが、それを安土栞奈と一緒に食べる日が来るとは、まったくの想定外じゃないだろうか。だれも予想できないだろこんな未来。
僕だって未だに現実感がないのだから。
それに、母親の料理を食べるのだって思いもしなかった。
母が亡くなって以降、まさか父が再婚するなんて思いもしなかった僕が、もちろんまだ彼女が母親だという実感はないが、それでも母親となった人だ。母の料理を食べられるなんていつぶりなのだろう。
となりで唐揚げを頬張る安土栞奈を見て、その前に座っている母をみて、その横の父をみる。
「美味しいな……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕食後、僕達は食器洗いをしていた。
そう、僕達である。
僕ともう一人の人物である安土栞奈は、二人並んで特に会話をすることもなく皿を洗っていた。
僕たちで洗えと言われたわけじゃないが、せっかく腕によりを込めて作ってくれたであろう食事を頂いたのだから、この感謝を行動に移そうかと思って自分から願い出た。というより、今日から皿洗いくらいはやろうかと思っている。
三日坊主にならないように僕はそう胸に刻んだのだが、何を思ったのかその瞬間に安土栞奈が慌てたように自分もやると言い出した。
そんな経緯があり、こうやって二人で仲良い雰囲気が出ているわけでもなく、若干気まずい雰囲気で二人並んでいる。
今日、僕は何か洗礼を受けているんだろうか……。
「驚いたね。私たちこれから兄妹だって」
!?話しかけてきた。
驚いたのは僕だ。まさに今驚いている。
この気まずい雰囲気を察してか、彼女から話しかけてきてくれたようだ。
「……確かに、驚いた」
それでも僕にできたのは、そんな発言を返すだけだった。
こんな時にコミュ力があれば、オウム返しで終わらないんだろうなぁ。
「私が妹で、安土君がお兄ちゃんだって」
なるほど、そうなのか。そこらへん気になっていたから、彼女からのその情報は助かる。
しかし安土君か……。
「安土君だと、どっちも安土だ」
「あっ、そうだった。安土さん安土くんて呼び合うのは、家族なのにおかしいよね」
そうだ。なんなら父も母も安土なのだ。
僕たちが家族になった以上、この呼び方は適切じゃないよな。
だから僕は、ちょっとだけ勇気を出して切り出した。
「あぁ、だから……凛太朗でいいよ」
「わかった。私も栞奈でいいよ、凛太朗」
!いきなり呼び捨てなのか。てっきり君が付くのかと思った。
これが陽キャか……。
僕もそれに倣って、
「よ、よろしく。か、栞奈……さん」
「?うん」
くっ、日和った……。
「凛太朗は、初めて再婚のこと聞いた時どうだった?私は不安だったかなぁ。家も変わるし、父親が出来て、兄までできるって言うんだもん」
「………?」
ん、あれ?
そういえば僕は今日、いうならついさっき再婚すると聞いたわけだが、安土栞奈は違うのか?
いや、そうか。
僕がそうだったから彼女もそうなんだとつい思ってしまっていたが、別にそんなわけないか。
普通に考えて、そんな事なかなかないよな?僕が特殊だっただけで。
特に彼女は女の子だから、そういうことには敏感なはずだ。
それに、僕の父と違ってあの母親が、香織さんがそんなことをするとは思えない。
当日に再婚したという事後報告なんて、そんなことしないだろう。
そっか。
安土栞奈は知っていたんだ。
僕が自身の家族となることを、兄となることを知っていたんだ。
いつから?
「初めてっていうか、僕はついさっき聞いた。突然、学校から帰ってきて少しした後に聞かされただけだから、だから、今ビビってる。いろいろなことに」
「え!」
僕の言葉に安土栞奈が驚いた声を上げた。
「でも今日私のこと見てたよね?」
!やっぱりバレてた。
でもそうか。そういうことか。
彼女から感じた視線。冷ややかな視線を感じたというのは僕の被害妄想で、彼女的には、一緒に生活することになる男はどんなやつなのだろうという好奇心で、僕をみていた……のか?
合点がいった。
彼女と、この家で会ってから僕にそういう雰囲気が今まで一切感じなかった。
ただ僕を、知りたかっただけだったんだ。
いやでも、そこは分かったが、マズい!
もし僕が彼女が家族になることを知っていたら、彼女を見ていたっていうのは分かるが、僕は知らないと言ってしまった。
このままでは特に理由がないのに見ていたということになってしまう(事実)。
「………!」
そうだ。
僕は視線を逸らしながら、
「……ご飯粒がついていたんだ」
「え?」
「制服の襟にご飯粒がついていたから、ちょっと気になってみてたんだ」
彼女の美味しそうに夕食を食べていたのを思い出して、咄嗟に言うが……。
「そうだったんだ……」
彼女は絶望したような表情をした後そう呟いた。
信じるのかよ!
ちょっと罪悪感を覚えていると、安土栞奈は体をずいっと寄せて――近い……!
「今度は見てるだけじゃなくてちゃんと言って!」
「ぁ、あぁ、わかった」
僕は視線を逸らしながら彼女の言葉に了承した。
陽キャの距離感は怖い。
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