7話 修行
翌朝、ダイトは自身の体の好調に驚いていた。
「体が軽い...コウジさんの治癒も関係あるだろうが、何よりこのベッドのおかげだろうな」
そして外に出てみると、再度驚いた。
「日が昇っている...この明るさ、朝なんてとっくに過ぎてるんじゃないか!?」
良質な睡眠を取り、清々しい朝を迎えた気分だったダイトだが、その思惑とは反対に外は強い日差しに照らされていた。
「まずい、約束の時刻に遅れてしまう」
コウジとは昼までに合流するという約束をしていた。ダイトは急いでコウジの住む洞穴に向かった。
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「はぁ、はぁ」
ダイトは息を切らし、汗を流しながら洞穴へと顔を出した。
「おや、おはようございます。予定通り来られましたね」
コウジがにこやかに挨拶をする。
「はぁ、はぁ。おはようございます、コウジ先生。遅刻して無さそうでよかった...」
ダイトは予定通り、という言葉に心底ホッとした。
「お疲れのようですが、早速訓練を始めていきましょうか。まずは訓練場に向かいましょう」
「訓練場?」
「はい。この谷の下の方に道場がありまして、この集落の人間は皆、道場で訓練を行なっているんですよ」
「へぇ〜。他の住人さんと会うのは楽しみだな」
「ああ、すみません。正確には訓練していた、ですね。基本的な武術を学び終えたら、自室や森の中など、各々好きな場所で修行をしているんです。現在は道場を使ってる人は居ないと思います」
「そっか。残念だな」
集落には所々下へとつながる階段が作られており、谷の奥へと進みつつ、下へ降っていった。
「そういえば、ミラージュは?あいつは来ないのか?」
寝坊したかもしれないという懸念で頭がいっぱいになり、ミラージュのことをすっかり忘れていた。もし置いて行ったとなれば、彼女が怒る姿は容易に想像できる。
「彼女は用事があると朝方、伝えに来られました。彼女は実力がありますし、特に修行する必要もないのでしょう。それに、我々のような近接で戦う者と、魔法で戦う者とでは訓練の仕方も違いますしね」
「言われてみればそうだな。あいつの本気は見たことないけど、どのくらい強いんだろうか」
ここに来るまでに魔物を倒している姿は見ているが、いずれもまるで本気を出していなかった。ダイトは封印の後遺症で、相手の力をうまく測れなくなっていた為、ミラージュの力を把握できずにいた。
「シン様ならある程度は分かるのではないでしょうか」
「可能性はあるが、魔術師の力量は見ただけでは判断できねぇってアイツ自身が昔言ってたからなぁ」
「そうでしたか。いずれにしても、彼女が実力者というのは確実そうですね」
「そうだな。なんと言っても、アイツは勇者パーティの子孫だからな」
「...さて、着きました。ここが道場です」
入り口は吹き抜けになっていて、前面が石造りの質素な建物だ。まるで、岩面を掘って作ったようである。
中へ入ると、体の内側に温かみを感じた。
「空間自体は冷えてるのに、体の内から熱を感じるな」
「はい。ここは仙術エネルギーが漂っています。仙術が使えなくても、自分の力をコントロールしやすくなったりと訓練の手助けをしてくれます」
コウジは、ダイトに道場の真ん中に座るように指示した。
「では、瞑想から入りましょう。自分のイメージと動きの差を埋めるのが目的です」
ダイトはその場に座り、目を瞑った。
「今は、ご自身の力が、体から溢れ出して暴れている状態です。溢れ出る力を自身の周りに集め、纏うイメージでコントロールしてみましょう」
仙術エネルギーのおかげか、力の流れがはっきりと自覚できる。コップに小さな穴が無数に空いていて、常に水が漏れ出ている様な感覚だ。
小さな穴ひとつひとつに対して、意識を集中し、力の流れをしっかり保ち、穴から漏れ出る暇もないほど循環させる。
「素晴らしい。封印前には出来ていた事だと思いますので、コントロールは簡単にできていますね」
「ふぅ、ここのエネルギーのお陰だな。それに、コントロールするのも一苦労だ。これを日常的にやるとなると先は長そうだな」
「焦らずいきましょう。急ぐと集中が続きませんからね。丁寧にゆっくりと確実に進めていくことが、意外に最短だったりしますよ」
そうしてダイトはコントロールの練習を繰り返し、その日を終えた。
「お疲れ様でした。もう遅いですし、また明日にしましょう。これからはここに集合ということで。私は先に帰りますね」
「了解、コウジ先生。また明日」
ダイトは一度地面に横になる。
「疲れ過ぎて動きたくねぇ」
自室に戻れば、最高の寝具があるため、そこで寝たいのは確かである。だが、自室に戻るためには階段を複数回登らなくてはならない。今の疲れた体で階段を登ることは、さらに追い込みをかけることになる。
「まさかこれも修行なのか?」
訓練で疲れた後、最後の追い込みをかけるためにわざと谷の奥深く、そして下に道場を作った可能性が頭に浮かぶ。
「流石に、ここで寝るわけにもいかないし帰るか」
動きたくないという体に鞭を打ち、重い腰を上げて帰路に着いた。
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翌朝、気づけば部屋の寝具で寝ていた。帰ってきた記憶も、寝た記憶も無かった。恐らく、帰るだけで限界を超えていたのだろう。無意識下で体を動かし、家に帰ってきていたのではないだろうか。
「...と、いうか寝過ぎてないか!?」
急いで飛び起き、道場へと向かったが、不思議と体は軽かった。
「おはようございます。コウジ先生。結構待ってた?」
「いえいえ、先程来たばかりです。肉体の調子、随分と良さそうですね」
「確かに、体はすごい動かしやすいけど、疲れは取れてないな」
「瞑想だけですから、肉体的には全く疲労してませんね。ただ、精神的にはかなり消耗しているでしょうから、疲れたと感じるのは無理もありません」
「今日も瞑想を?」
「そうですね、ただ、今日からは瞑想の時間を半分に減らして、後半は肉体の訓練もしていきましょう。しばらくは筋力トレーニングをして、慣れてきたら剣も振っていきましょう」
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修行を続けて2週間が経った。
部屋に竹を立て、動きながら剣を振り竹を切る。
「だいぶ動けるようになりましたね。イメージに近付いてきましたか?
「そうだな。前と比べれば天と地の差があるくらいだ。だけど、昔に比べればまだまだだな」
動けるようになった、といえど最低限のレベルでの話だ。
「そろそろ、実践での練習をしてみますか。一緒に集落の外に出て、魔物と戦ってみましょう」
「やっぱ実践が1番早く成長できるからな。コウジ先生となら怖いもんなしだ」
実践はミラージュと一緒だと、スパルタ教育へ成り果て、命の危機すら感じる。コウジ先生ならば1番良いタイミングで助けに入ったり、戦闘中も助言をくれるだろう。
「そういえば、ミラージュは何をしてるんだ」
修行をしていた2週間、一度もミラージュに会わなかった。何度か部屋を訪ねたこともあったが、いずれも不在だった。
「わたしにもわかりません。用事の内容については特に何も言われませんでしたから」
俺の修行に時間がかかると踏んで、他の場所にでも行ったのだろうか。
その時、ドン、と強い衝撃音が聞こえた。
「な、なんだ?」
「...集落の入り口から強い気配がしますね」
続けて、ドン、ドンと何度も音が鳴る。
「人の力が弾け飛ぶ感覚がします。まさか魔王軍が攻めてきたのでは...?」
コウジの顔に緊張が走る。
「いますぐ行こう」
「ええ、飛ばしていきます」
一緒に道場を飛び出したつもりだったが、すぐにコウジが目の前から見えなくなってしまった。
「先生、早過ぎだろ」
修行のお陰で、少しは力を取り戻してきたつもりだったが、コウジとの力の差に驚愕した。
「俺も急ごう」
自分の出せる力を振り絞り、集落の入り口へと向かった。