6話 指導方針
「さて、まずはダイト。お前の力を取り戻す方法だが...」
シンが神妙な顔つきでこちらを見つめる。
「何か悪いことでも見つけたのか?」
「いや、本当に弱くなったなと思って」
自分でも昔との力の差を痛感していたが、人の持つ力を見抜くことに長けたシンに言われると、余計に心に刺さる。
「風力で例えるなら、竜巻だったのが吐息になった感じだな」
「そこまでいくか」
「だってあんた魔物すら満足に倒せないのよ?もっと弱さを自覚しなさいよ」
いつもツンケンしている彼女だが、先程からの言動には静かに怒りが込められている。気がする。
「ま、お前のことは一旦コウジに任せるわ。俺は来たる時に向けて準備を進めておくよ」
「一応身分は隠してるんだが、明かした方が良いか?」
そう、俺はコウジに対して偽名を使っていた。俺自身に悪意がないにせよ、世間的には封印された極悪人というイメージがついているはずだ。時が経っているとはいえ易々と明かすのは控えたい。
「別に明かす必要はないが、明かした方が話は早えだろ。それにあいつは優秀だからな。お前が心配することはねぇ」
「分かった。ありがとな、シン」
「また待ってるぜ。ダイト」
旧友との別れを済ませ、俺たちは洞穴を出た。
「さて、コウジさんのところへ行くか。もう日は落ちてるけど、報告だけはしておこう」
「そうね。話は早い方がいいわ」
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コウジの住まいに行き、俺たちは事情を話した。
「...なるほど。事情は分かりました。ダイト様の修行をつけさせて頂けばよろしいのですね」
「ええ。ただなるべく早い方がいいわ」
「承知しております。力を取り戻す、という事ならまずは基礎的な訓練を行いましょう」
コウジは慣れた口調で話す。これまでも様々な人間に稽古をつけてきたのだろう。
「そうですね。俺も思った通りに体を動かすことが出来ないのがいま一番の課題だと思ってました」
「思考と動きの整合性が取れてきたら、実践練習をしましょう。私どもと手合わせをしていただきます。
それより、ダイト様。貴方様は畏まった言葉遣いをする必要はございませんよ。私ども人類の英雄なんですから、私のような者には砕けた感じで大丈夫です」
コウジが真剣な眼差しでこちらを見ている。彼にとって俺は、いわばシンと同じような立場にいる者だ。上の者に敬語は使われたくないのだろう。
「わかったよ。俺も敬語とかこういうのは得意じゃないから、助かるよ。けど貴方のことを人として尊敬してるのは本当なんだ。だからこれからは敬語の代わりに、コウジ先生って呼ばせてもらうよ」
そう言うと、コウジは少し驚いたような顔をして、口角を緩めた。
「私が先生ですか。ふふ、分かりました。では明日より訓練を始めましょう。お昼までにはここへいらして下さい」
少し、先生っぽい言動になった。彼もまんざらではないのだろう。
「了解した。コウジ先生」
「ところでこの集落、宿屋はあるのかしら?」
ここにくるまでに、ミラージュはキョロキョロと集落を見渡しながら歩いていた。この場所の物珍しさから、景色を楽しんでいるのかと思ったが、宿屋を探していただけみたいだ。
「ここに宿屋はありません。ただ、こうして訪れるお客様の為に、専用の洞穴を用意しています。これからご案内しますね」
「ええ。よろしく。2つね、2つ」
間違っても、俺と同じ部屋には纏められたくないようだ。まあ俺も、夜は1人で静かに過ごしたいから部屋は分けて欲しいところだったが。
でも、あからさまに嫌がられると、ちょっと傷つくな。
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案内された洞穴を進むと、部屋の風貌に驚いた。手入れの行き届いた壁面、高級そうなベッド、ふかふかのカーペット。ここが洞穴とは到底思えない。
「なんだここは...」
1人なのに、思わず声に出てしまった。
シンやコウジの住まいを見ても、とても質素で、寝る為だけの場所という感じだったが、この部屋はまるで違う。広さはともかく、内装は城の部屋と比べても遜色ない。
「この集落はあまり俗世に関与しないので、あまり品のある寝床ではないかもしれません...」
と申し訳なさそうに話していたコウジだったが、内心、あまりの綺麗さに驚くのを期待していたのではないだろうか。
「もはや、住みたいくらいだな」
俺はベッドに入ると、余りの心地よさに、数秒で眠りについてしまった。