5話 武道家シン
「この奥にシン様がいらっしゃいます」
コウジに案内され、シンの住む洞穴へと入っていく。
洞穴の中は特に整備や塗装はされておらず、自然に出来た穴そのものだった。あるのは、寝具と小さなタンス一つのみ。何とも淡白な棲家だ。
そして、寝具の上で瞑想のポーズをしているお爺さんがいた。
「...久しぶりだな。シン」
封印される前に見たシンは、黒髪オールバックに白いハチマキを巻いており、いかにも武道の道を進む見た目をしていた。顔は整っており、野生児という感じがする。高くもなく、低くもなくといったところか。
だが、今、目の前にいるシンは身長は縮み、体格も細い。髪は白髪になり、顔も老け、長い髭が生えている。
同年代の仲間が、俺を残して年老いているのを見ると孤立感を感じる。
「返事がないわね」
「おい、失礼だな」
若かったシンのままの声が、老人の口から発せられた。
「良かった。生きていても話せないんじゃないかって心配したよ」
老人から若者の声がするという違和感は強烈だが、何より元気に話せることに安堵した。
「お知り合いでしたか?」
コウジがシンに尋ねる。
「ああ、しばらく席を外してくれるか?」
「かしこまりました。フェイ様、魔術師様。私は自室におりますので、御用があればお尋ね下さい」
側から見れば、俺は偉人であるシンに親しげに話しかける不審者である。色々と聞きたいことはあるだろうが、彼はシンの気持ちを汲み取り、席を外す選択をした。何と優秀な人物だろうか。
「ありがとうございます。コウジさん」
そうしてコウジは洞穴から姿を消した。
「...さて、ダイト。色々聞きたいことはあるが、まず、どうやって封印を解いたんだ?」
「それは、私がやったのよ」
ミラージュが俺の前に出る。
「お前が?」
「ええ。私はミラの子孫よ。ダイトの封印を解くために代々、解除魔法の力を蓄えてきたの」
「...そうか。色々大変だったな」
「シン、お前は俺のこと、どう思ってるんだ?」
「どうって?アランの事か?あの事件は確かに驚いたが、お前の意志で殺したとは思ってねぇよ。まあ、あの後、お前が自分の意思で殺してないという証拠も出なかったがな」
どうやら、俺が封印されてからも事件についての進展はなかったらしい。
「お前、封印のせいか随分と弱くなったな。この穴に入ってくるまで、お前だと気づかなかったよ」
シンは生き物の気配を感じ取ることができる。気配からは色々な情報を得ることができ、種別、性別や年齢、強さなど大体分かるらしい。
「それは、今の課題なんだ。早く力を取り戻さないと」
「まあそれは、この村で手伝えるな」
「やっぱりね。しかも偉人であるシン様なら手っ取り早く強くする方法とか知ってたりするんじゃない?」
ミラの子孫というだけで、シンとは初対面のはずなのに何故こんなに馴れ馴れしいのだろうか
「あるにはあるが、この体じゃ厳しいな」
「200年も生きているとは思えないほど元気に話せるじゃないか。声も昔のままだ。体もまだ動かせるんじゃないか?」
「必要最低限はな。俺がどうやって長生きしてるか分かるか?俺がこれまで鍛え続けてきた肉体と精神を少しずつ消費することで、生命エネルギーに変えてるんだ」
「エネルギーの変換は仙術の類だろ。シンは仙術苦手じゃないか」
「あの頃は使えっこないと思っていたが、元々エネルギーの変換は出来ていたんだ。他の術は全くだが、この変換だけは鍛え続けたから、70歳ごろにマスターできたよ」
確か、エネルギーの変換なら他の村の者も出来ていたはずだ。シンが長生きなのは、武術を極めた上で、変換ができたからだろう。
「俺をすぐに強くする方法というのは、肉体と精神を消費するから、やりたくないってことか」
「その通り。だがお前なら他の方法でも強くなれるさ。俺が追いつけなかった数少ない人物なんだから」
シンは本当に強者だった。だが、魔王やアラン、俺の方が強いという事実は覆らなかった。
「ところで、なんでダイトを蘇らせたんだ?今更じゃないか?」
「勇者が魔王に負けて死んだからよ。第二の勇者にするべく、こいつを生き返らせたってわけ」
「勇者が負けた?んなバカな」
シンは本当にありえない、冗談を言うなという表情をしている。
「俺はあいつに助言をしたことがある。ここに修行しに来てたからな。確か魔王に挑む前の最終調整とか言ってたな」
「魔王の従者が、実際に勇者達の死体を持って、王都に来たのよ。死体を鑑定してたけど、本物で間違いなかったみたい」
「はっ。アイツで勝てないなら世界は終わりだな」
「今回の勇者はそんなに強かったのか?」
「ああ。何せココにきた段階で別次元に強かったからな。俺は当然として、お前やアランよりもな。アイツなら俺たちが戦った魔王も1人で倒せるだろうな」
「そんなにか!?なら、俺の力が戻っても太刀打ち出来ないじゃないか」
この話が本当なら、ミラージュの言っていた計画は全て破綻することになる。力を取り戻しても勝てない、この時代の強者は勇者のパーティに入っていただろうから、今後仲間にする者達はそれよりも力が劣るだろう。
つまり魔王には勝てない。人類は完全に負けたことを暗示しているのだ。
「アンタ、自分を過信しすぎよ」
ミラージュが余裕そうな顔で話す。
「今の聞いてたよな?勇者はちゃんと強かった。俺より。それで負けたんだから、俺の出る幕はないだろ」
「力を取り戻すってのは第一段階よ。そこから更に強くなって貰うんだから」
「はえ?」
口から気の抜けた声が出た。
「あっはっは、そうだな。コイツはまだまだ修行中の坊主だ。だからと言って今代の勇者を越えられるとは思えんが」
シンは高らかに笑う。
「確かに、今のお前から見たら坊主って言えるくらいの年齢差だけどさぁ。俺、自分の限界まで強くなったつもりだぞ」
「自分の限界って、自分で分かるものじゃないわ。もし今代の勇者が生きていれば、アンタの格上なんだから、助言だって出来たはずよ」
ミラージュが少し怒りながら語り出した。
「つまり、ダイトが魔王と戦ってた時は、格上の存在が居なかったから、上のレベルが見えなかったということか」
「だが、勇者はもう居ないぞ。勇者本人じゃなくても、勇者の強さを理解している人間じゃないと、俺への助言なんて出来ないだろ」
「ここにいるじゃない」
そういってシンの方を見る。
「はぁ。お前、最初からこれが目的だったのか?俺が生きてる事知ってたのか?」
シンはミラージュに顔を向け眉をひそめた。
「知ってる訳ないじゃない。ただ、可能性があるなら、その場合の計画も練るわよね」
ミラージュは、魔王を倒すべく何通りもの計画を考えていたのかもしれない。彼女の思いは本物だ。
「まあ、魔王が侵攻を始めれば、俺だって被害を受ける。それならダイトが魔王を倒すのに賭けて、命を使ってやってもいい」
「...嬉しいが、俺はお前に死んでほしくない」
かつての仲間が、俺のせいで死ぬのはもうごめんだから。
「なにも死ぬわけじゃない。寿命が縮むってだけだ。だが、昔のお前を超えるほどの強化となると、今すぐには無理だ。最低でも、お前が力を取り戻してからだな」
シンがどんな方法で俺を強くしようとしてるのかは分からない。だが、シンは出来ないことは言わない男だ、俺を強く出来る確証があるのだろう。
今代の勇者の話を聞いて、暗雲が立ち込めていたが、打倒魔王に向けて一筋の光が見えた気がした。