1話 封印刑
今、俺は薄暗い洞窟の中、大きな長方形の石に体を縛り付けられている。石には至る所に様々な呪文が彫り刻まれていて、俺を石に縛り付けている鎖にも呪文が彫られている。白いローブを纏った5人の賢者が俺の周りを囲っている。その1人の老人が、俺に向かって刑を宣告した。
「ダイト=グラウェル。貴様を封印刑に処す」
ここは大きな街の外れにある、獰猛な魔獣が巣食う森の中。街の人々はおろか、冒険者ですら安易には近づかない。そんな危険な場所だ。森の中央には大きな洞窟があり、洞窟の最深部を封印の場にしようとしている。
「さあ、4人の賢者達よ。封印魔法を唱えるのじゃ」
先程から話している老人の賢者は「大神の使い」と呼ばれる、世界に1人しか居ない最高位の賢者だ。
他の4人は「神の使い」と呼ばれる賢者。この称号の賢者も数は決して多くなく、各街に1人ずつ存在している。今ここにいる賢者達は、その中でも特に優秀な者たちが集められている。賢者の本業は教会にて司祭の役割を行っている。それと同時に世界でも指折りの魔道士でもあり、勇者の仲間と比べても遜色ない実力があると言われている。
「「インフー、コノモノ、トワニ」」
賢者達が魔法を唱えると、神々しい光が辺りを照らし、俺の周りで渦巻き始めた。
「元勇者の右腕、ダイトよ。何故じゃ。なぜ勇者を殺したのじゃ」
怒りとも違う、憂い顔で老人の賢者が俺に問いかける。
そう、俺は勇者の仲間で右腕とも呼ばれる様な関係だった。
勇者の一味として強大な人類の敵であった魔王を討伐した。その後、勇者を殺した。その罰としてこの世で最も重い刑罰、封印刑が執行されようとしている。
封印刑は生き地獄だ。体が全く動かず、五感が無くなる。だが意識だけは途切れない。また老化する事がなくなる。意識があるのに何も感じない状態で永遠に生き続けなければならない。
「安らかに眠る事すら許されぬ暴挙。お主はしてはならぬ事をした。永遠に懺悔し、生き続けるがいい」
俺の周りで渦巻いていた光は俺を中心に収束していき、同時に石や鎖に刻まれた文字が光を放った。
徐々に俺の意識以外の全てが失われていくのを感じた。視界が暗くなり、無臭になり、無味になり、四肢の感覚も無くなり、自分の肉体と意識が切り離されているような感覚だ。
「魔王討伐により、お主が世間にもたらした平和は、わしらが責任を持って守る。勇者殺し...この一件さえなければ、勇者一行の旅は、誰1人欠ける事なく円満な終わりを迎えられたというのに。さらばじゃ。ダイトよ。」
この言葉を聞き終えた瞬間、俺の感覚は完全に消え去った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本当に何も感じない。唯一許されるのは思考だけ。
俺は「勇者殺し」の事件について振り返ることにした。
まず、この事件が起きたのは一週間前のことだ。魔王討伐が終わり、世界で1番大きな街「サンクチュアリ」の城にて盛大なパーティが開かれていた時だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
他の仲間がパーティを楽しむ中、軽装の男が俺を呼んだ。
「おいダイト。ちょっと外行くぞ」
落ち着いた銀色の髪で、前髪がセンターに分かれている。水色に輝く真っ直ぐな目からは優しさを感じる。容姿端麗、実力最強。この男が勇者アランだ。
「いいけど、なんか用でもあるのか?」
「別に?強いて言うなら外の空気を吸いにって所かな。お前は付き添い」
この男、何をするにも1人でしたくないタイプなのだ。何かにつけて、誰かを付き添わせて行動する。その相手は特に俺なのだが。
城の外に出ると、日は落ち、時間は夜になっていた。
「おぉ、だいぶ暗くなったな」
アランは空を見上げた。
「パーティ始まったの昼だったよな。早いもんだ」
ーーーそう言った瞬間、意識が飛んだ。気がついた時には俺は剣を握っていた。その剣は目の前にいるアランの体を突き抜いていた。
「なっ!?」
剣の刃からは血が垂れ、ポタポタと地面に落ちている。地面は血でいっぱいだった。そしてアランの顔は完全に生気を失っていた。俺はその光景を信じる事が出来なかった。だが事実だけが目の前に広がっていた。
「キャアアア!」「うわあああ!」
女性や男性の叫び声が聞こえた。どうやらここは、城の裏庭のようだった。城の大窓から、パーティ会場に居た大勢の人々が俺を見ている。
「何が起きたっていうんだよ...」
俺はその場に膝から崩れ落ちた。そしてショックからか、再び意識を失った。
次に目が覚めると、俺は教会にある檻の中で拘束されていた。
「誰か!誰かいないか?」
俺は人を呼んだ。
「...目覚めたか。ダイトよ」
左にある扉から、老人の賢者が入って来た。この老人は俺を封印する時に居た、「大神の使い」と呼ばれる賢者だ。薄暗いせいで、顔はよく見えない。
「お主、何であの様なことをしたのじゃ?」
「俺は...記憶が無い。アランと外に出た辺りから意識がすっぽり抜け落ちているんだ」
俺にはアラン殺害に至るまでの記憶が無い。動機も存在しない。
「...そうか」
賢者は少し間を置いて、再び話し始めた。
「お主には、既に封印刑の判決が下されておる」
「封印刑!?」
封印刑は、この国における最高の刑罰だ。死ぬ事は許されず、意識のみで永久の時を生き続ける事になる。
封印は国最高の賢者達によって行われる。封印を解く為には、かけられた封印魔法、その倍の力を持つ解除魔法を使用する必要がある。
国の最高方の賢者が結集して封印魔法を使えば、その賢者達と同様の力を持つ者を同数集め、解除魔法を行わなければならない。この国は世界でも有数の力を持った賢者が集まっている。つまり、この国で封印刑を行えば、解除するのは絶望的になる訳だ。
「この決定が不服か。お主の記憶ではやってない、と思うのも無理はない。じゃが、城の窓から大勢の人々が目撃しておったのじゃ。アランを殺す瞬間を」
殺した記憶はない。だが、周囲の人間達は『俺が勇者を刺し殺した』という現場を目撃しているのだ。いくら俺が弁明しようと、その事実は覆らない。
「一時的な洗脳とも考えられたが、魔王を討伐する程に成長したお主らには効かんじゃろう」
洗脳系の魔法は、ある程度実力が近かいか、相手より上回っていなければ効果がない。魔王が死んだ今、俺たち勇者一味を洗脳出来る者はそういない。
「他の仲間は?無事なのか?」
「生きてはおる。じゃがニーナはあまりのショックで倒れ、他のお主の仲間は看病しておる」
魔法使いのニーナはアランを好いていた。肝心のアラン自身は恋愛に興味がない様であったが、世界に平和が訪れた今、2人の関係が発展していくのは明白だった。そんな時だ。どれだけ辛いか、今まで間近で接して来た俺だから分かる。
「他の仲間には申し訳ないが、これより封印刑を執行させてもらう」
「今からだと!?待ってくれ、何が起きたかちゃんと調べてくれ!」
「調べるも何も、事実としてお主が殺したのは明確なのじゃ。もう刑の執行は覆せんぞ」
俺自身、封印刑になるのは嫌だが、それより何故アランが死んだのか、あの状況になったのか。俺は真相を知らなければ納得できない。
「本当は直ぐにでも封印刑にするはずじゃった。じゃが、お主の仲間達は反抗してのう。一度はそこで保留になったのじゃ」
「だったら」
俺は口を挟もうとしたが、賢者はそのまま話を続けた。
「じゃが、あの場に居た王族や関係者、市民、世界中の人々は納得せん。折角、世界平和が訪れたのに勇者が殺されたとあらば、また混乱を招いてしまう」
世界の人々は、俺たちが魔王を倒すまで苦しみ続けて来た。やっと苦しみから解放された時に不安を植えつけ、混乱を招くのは俺も望ましくない。
「これは、その場にいた各国の王族たちで審議した結果なのじゃ。お主の目が覚めるまで執行を待ったのは、せめてものワシの温情じゃ」
「待ってくれ!俺に時間をくれ!」
「勇者を殺した男、しかも事実はあるのに殺害した記憶がない。そんな危険な男を野放しに出来るか?」
確かに、今の俺の存在は危険なこと極まりない。俺自身も、安全性を証明する事ができない。
「処刑しても、お主らなら復活させる手立てが無いとも言い切れん。封印する事が1番の安全策なのじゃ」
「...そうか」
「...ワシとてお主が殺したのは信じられん。じゃがワシも見ておった。お主が自身の手で勇者を殺す瞬間を」
賢者は後ろを向くと、扉の向こうにいる者達に指示をした。
「これより、封印刑の執行に取り掛かる!まずは封印場所への移送じゃ!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そこから俺は封印され、今に至る。
俺達がもたらした世界平和。それを俺が再び脅やかす可能性があるのなら、この刑も受け入れるしかない。そう俺は割り切った。
もし仮に、俺が世界の敵になったとして、対抗できる人物はどれだけいるだろうか。勇者が死に、その右腕の俺が敵。勇者の仲間である「白魔法使いニーナ」「武闘家シン」「黒魔法使いミラ」。彼女らは、絶対に俺を倒せると言い切れるだろうか。俺たちの一味の戦力は、勇者アランと俺に依存する所が大きい。彼女らも勿論圧倒的な強さを持っている。だが俺たちはそれ以上に強かったのだ。
そう考えると、俺を封印刑にした王族達の判断は正しかったのかもしれない。
ニーナとミラも世界で5本の指に入る魔法使いで、勿論解除魔法も使える。だが、この国の賢者達が束になって使った封印魔法は解けない。俺の仲間たちが封印を解くことも望めないだろう。
封印されてからしばらくの間、俺は出来る限り思考を続けた。考えては辞め、考えては辞めて。永遠にそれを繰り返している。だが、真実は見えてこない。
封印されてから、どれ程時間が経っただろうか。そのうち、意識が麻痺し思考する事もなくなるかと思っていたが、そうでもなかった。正常な思考がいつまでも保たれ、異常になる事すら許されない。
そのうち俺は、考えるのを辞めた。意識はある。だが、何も考えない。実質無意識だ。この永遠の地獄に対して、唯一取れる対処法はこれしかない。俺の人生はここで終わりなのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「起きろ!」
「ぐはっ!?」
突如として、女性の声がして俺の意識はびっと起立させられた。いや、意識だけじゃない。体の感覚が戻ってくるのを感じた。洞窟の湿っぽい匂いがする。岩肌が見える、触れる。水滴の滴る音が聞こえる。
気づけば俺は、封印から解放され、地べたに手をついて這いつくばっていた。周りには俺を縛り付けていた鎖が砕け散っている。
「アンタ、寝過ぎてボケてんじゃないでしょーね」
俺が顔を上げると、白が基調の神聖な衣装を着た女性が立っていた。この服は賢者が着る物だ。女性の顔には、見覚えがあった。
「ミ、ミラか?」
「...私はミラージュ。勇者の仲間の末裔よ」
赤い髪の毛が肩まで伸びた髪型。前髪はセンターで分かれている。美しい目が特徴的で、鋭い目つきの奥に神秘的な赤が輝いている。
「ミラの子孫か?」
「そうよ。私は勇者の仲間ミラ。その子孫。私はミラの孫の孫ね」
黒魔法使いのミラ。勇者の仲間であり、一緒に旅をした仲だ。彼女も同じ様な姿形をしていた。瓜二つとはこの事だろうか。
「そんなに時が経っていたのか」
孫の孫ということは、200年弱くらいだろうか。
「アンタを起こした理由は一つ、世界を救って欲しいからよ」
「勇者殺しで封印された俺が?冗談はやめてくれ」
俺が封印されたのは世界平和の為でもある。世界から見て、勇者を殺した俺の存在は邪魔なのだ。
「アンタが何で勇者を殺したのかは勇者の仲間すら誰も知らなかったから今でも分かってないわ。だけどね、何が理由があったはずだって仲間の全員がアンタを心配してたそうよ」
「それと世界を救う事に何の関係が」
「10年前、魔王が復活したの」
「魔王が?」
「ええ。182年前、アンタ達が倒したはずの魔王よ」
「魔王が現れる時は勇者が現れる時だ。この時代に新しく生まれた勇者が倒せばいいだろう」
魔王と勇者の生誕は因果関係のように繋がっている。どちらかが生まれなければ、片方も生まれない。アランの時もそうだ。魔王生誕と同時代に、勇者アランはこの世に誕生した。それはいつの世も変わりないはずだ。
「負けたわ」
「え?」
「この時代の勇者は負けた。前の勇者ほど力が無かったのか魔王が特別強いのかは知らないけどね」
「じゃ、じゃあこの世界はどうなっているんだ?」
「まだ魔王に支配されてる訳ではないわ。勇者が負けたのは数日前だし。」
「そ、そんな。俺達が救った世界は、また壊れようとしているのか」
「私の祖先は代々、アンタの封印を解ける様に一つの石に力を蓄え続けていたの」
そう言ってミラージュは首元から下げている黒く輝く石を俺に見せつけた。
「絶対にアンタの力が必要になる時が来るって言ってたらしいわ。元々封印された後直ぐに解こうとしてたけど、賢者の封印は強固で、流石に勇者の仲間といえど容易には解けなかったらしいわ。だから子孫に託していったのね」
「あのミラが...」
「正直、世界は魔王に支配されるのは時間の問題よ。勇者と仲間も全滅。もし現状を変える力を持っている者がいるとすれば、アンタしかいないわ」
「俺が...もう一度魔王を倒して世界を...」
「てゆうか、封印解いてあげたんだから、拒否権はないわ。従いなさい」
「なんて傲慢なんだ...」
こうして、封印刑の俺は勇者の仲間『ミラ』の子孫によって封印を解かれ解放された。魔王を倒して世界を救うべく、勇者殺しの俺はもう一度世界に降り立った。
ここまでお読みいただき有難うございます。
昔に1話だけ書いて放置していた作品ですが、投稿を再開しようと思います。今後ともお読みいただけると嬉しいです。