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愛さない約束でしたが  作者: 成瀬
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約束はなかったことに

 さて、妻の生家の問題を片付けたカイロスには、もっと大きな問題が残っていた。


「お帰りなさいませ、カイロス様」


 日に日に愛おしくなっていくこの感情である。愛しているという言葉の代わりに瞼や額にキスをしても、もはや何の慰めにもならなかった。くすぐったそうにカイロスからのキスを受け入れるセレーネに、益々心奪われるだけで、一層苦しくなるだけだ。

 もう結婚もしている関係で、国が決めたことで離婚も簡単にできるものではないのだから、素直に伝えてもいいのではないか。彼女なら、受け入れてくれるのではないか。しかし、嫌がられるかもしれない。もうこんな風には接してくれないかもしれない。でも、それでも彼女は俺のもので、どこにも行かないのだから。と底なしの沼に思考か沈みかける。そんな時には決まって、セレーネからの遠慮がちなキスで引き戻されるのだ。


「カイロス様?」


 なんでこんなに可愛いんだ。

 一瞬でそれだけに思考が埋め尽くされる。なるほど、妻の手のひらで転がされていると部下が言っていたのはいうのはこういうことか、と身をもって知るのである。彼女にならいくらでも転がされたい。とバカなことを考えているカイロスの心など知らないセレーネは、じっと見つめて動かなくなったカイロスの頬に手を当てる。


「もしかして、具合が悪いのですか?それとも仕事でお疲れでしょうか?」


 カイロスの腕に抱かれたままのセレーネは「そうであれば降りますから」と続けるが、カイロスの目には何故か熱が灯り、寝室に連れていかれるのである。セレーネは未だに夫のスイッチが分からないし、この夜もそれを知る事が出来なかった。




 穏やかな夕日が、屋敷を照らす頃。セレーネは庭の花を愛でながらひとりで歩いていた。色とりどりの花は、セレーネが庭師に言って植えてもらった花である。バラやベゴニア、アイビー、ツツジ。いつしか共通する花言葉のものばかりになってしまい、庭師も心得たとばかりにその意に沿った花を植え始めた。

 花に興味のない夫は気付いていないはずだ。意味のある花を植えてもらおうと思ったのは自分の気持ちに気付き始めた時だった。今では、庭に咲く殆どの花が、どこかにその花言葉を持っている。


「愛していると告げれば、あの人は私を遠ざけるのでしょうか‥‥。」


 美しく咲いたバラの花にほんの少しだけ触れた。小さな声で言葉にするだけで、セレーネの胸はぎゅぅっと締まる。


 あんな約束、しなければよかった。こんなにも愛してしまうだなんて、思わなかったんだもの。


 愚かなことだった。期待しなければ傷つかないからと、己を守っていただけだ。傷つくのを恐れて、愛することを諦めたのだと今なら分かる。花言葉に縋るしかないのは、あの時に愛することを諦めた罰だ。涙が頬を伝うのを感じて、バラの花から手を引き、赤くならないように目元を拭った。



「セレーネ‥‥」



 そんな時に、カイロスが自分を呼ぶ声が聞こえて、どくりと心臓が嫌な音を立てる。


「カイ、ロス様‥‥!」


 先ほどの呟きを聞かれたか。そうに違いない。そうでなければカイロスがこんなに驚いた顔をするはずがない。セレーネは焦る。なんて言おう。どうすれば取り(つくろ)えるだろう。そんなことで頭がいっぱいになった時、視界がカイロスの胸で覆われる。


「あ、の‥‥カイロス様、私‥」

「セレーネ」

「は、い」

「先ほどの呟きは、本当か」


 カイロスの真剣な声が鼓膜を揺らすから、セレーネは嘘は付けないと悟る。


「‥はい。カイロス様。嘘はございません。私は、貴方を愛してしまいました。最初の約束を‥‥違えて‥しまいました。」


 セレーネの意思とは関係なく涙が溢れて止まらなくなる。


「もうしわけ、ありまっ」

「愛している、セレーネ」

「ひぅっ!?」


 震える声でなんとか謝罪をと言葉を(つむ)げば、それを遮られて強く抱きしめられた。言葉を発していた途中だったのと、思いがけない言葉が降って来たのとで変な声が出たセレーネは咄嗟に口を(つぐ)む。


「愛している。ああ、ずっとこの言葉を君に言いたくて仕方が無かった。愛している、セレーネ。」


 カイロスは(たが)が外れたとばかりに「愛している」を連呼するが、途中で控えめに胸が叩かれていることに気付くと、腕を緩めた。


「ふはっ、はっ‥はぁ‥‥」

「セレーネ!」


 自分で口を(つぐ)んだのと、更に強く抱きしめられたのとで息が出来なくなっていたセレーネからの救助要請だった。カイロスは慌てて妻をいつものように抱き上げた。


「すまない、大丈夫か?」

「はい、カイロス様‥‥お手数をおかけします‥‥」


 ふぅふぅと息を整え終えたセレーネに、カイロスは待っていたとばかりにキスを降らすが、どうなっているのだと理解が追い付かないセレーネが、カイロスの口元に両手を当てて待ったをかける。


「カイロス様、その、説明なさって?」

「ちゃんとする。だから今は止めないでくれ。」

「私の気持ちが追い付いていませんもの。分からないままは嫌です。」

「‥‥君の言うとおりに。」


 カイロスはセレーネを抱いたまま、温室の中にある東屋へ行き、ベンチへ腰かけると当然のように妻を膝に乗せ、片手で腰を抱いて、もう片方は手を握る。セレーネは何も言うまいとされるがままだ。


「どこから話そうか」

「始めから」


 そうしてカイロスは、愛さぬという約束を言い出した経緯から、愛した経緯を話すことになった。


「先ほどはどうしてお庭に?いつも執務室にいらっしゃるお時間でしょう?」

「一息ついた時に、庭に君が見えたから、一緒に散歩をしたいと思って降りて来たんだ。」

「まぁ‥‥」

「君に声をかけようとした時に、その、呟きが聞こえてしまって。」

「‥‥‥」

「というわけで、これが全部だ。他に聞きたいことは?」

「最初の約束は、破棄されたと思ってよろしいのですよね?」

「もちろんだ。愚かな約束をしてしまった。」

「そうですね。お互いに、愚かでした。でも、もうお伝えしてよろしいのでしょう?」

「ああ、愛している。セレーネ。君だけを愛している。」

「愛しています、カイロス様。ずっとお伝えしたかった。」


 純白を着た時の初めてのキスよりも、この時の方がずっと大切で、大事なもののような気がした。



 愛に乏しかった二人は愛さないと約束しましたが、互いに愛してしまったのでその約束はなかったことになったのでした。

 


思い立ったが吉日、と爆速で書き殴りました。

時系列がふわふわしてて申し訳ないです。

背景も考えていたのですが、初投稿ですし数話程度の短編にしたかったので、入りきりませんでした。


大型犬が懐くまで、って感じのを書きたかったのでこんな感じの話になりました。

気に入ってくだされば幸いです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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