流れ星に誘われて
ここまではR15ですよね?って思ってます。
セレーネは婚約前にカイロスを認知していなかったが、カイロスの方はセレーネを知っていた。
それはセレーネのデビュタントの時だ。他の令嬢たちとは少し異なるドレスはきっと流行の過ぎたもので、髪は下ろしたまま。アクセサリーも着けてなく、化粧っけも全くなければ、表情もない。デビュタントだというのに無い無い尽くしで壁の花となっていた彼女は、戦争も終わったのだからと無理矢理参加させられていたカイロスの目に留まった。
実際、セレーネが着ていたのは妹のおさがりだ。妹がデビュタントに出るというのに、姉がまだというのは体裁が悪い。しかしセレーネのために夜会用のドレスを用意するのは面倒。というアイゼン侯爵と侯爵夫人の思惑から、セレーネの妹に「着なくなったドレスをひとつ、セレーネにあげなさい。デビュタント用のドレスは新しく用意しよう。」と言えば、妹の方はクローゼットの奥に残っていた流行遅れのドレスをひとつ、捨てるようにセレーネに渡した。
夜会用のドレスなど持っているはずもないセレーネは、妹のおさがりを着るしかなかった。髪は自分で結えたが、それをしなかったのは諦めたからである。
これを最後にしようと思っていたのだ。
社交界に出る最初の夜会、デビュタント。貴族の女性として認められる、重要な夜会である。デビュタントに参加する令嬢たちにとっては、結婚式の次に精一杯着飾るイベントでもある。
そのデビュタントの時くらいは、私のことを娘として考えてくれるのではないか。
そんな、淡い期待。これまで幾度となく期待を裏切られてきたセレーネは、疲れ切ってしまっていた。これが、最後。デビュタントですら、娘として扱ってくれないのであれば、もう諦めよう。少しの期待も抱くまい。
こうして彼女は、愛を諦めた。
壁の花だったセレーネが会場から抜け出すのは簡単だった。毎年デビュタントは王城で開かれる。王城なだけあって、中庭は美しかった。その日は月が明るい夜で、セレーネはゆっくりと中庭を歩き、人気のない噴水の所で、足を休めた。背後にある会場からは、楽し気な声と温かな明かりが漏れている。
もうやめよう。これ以上はきっと、心が持たない。
ひとり静かに月を見上げて、憂いの息を吐く令嬢を、カイロスはバルコニーから見ていた。
煩わしい会話を切り上げて、人のいないバルコニーからぼうっと中庭を見ていると、淡い金色の髪の令嬢がひとりでゆっくりと歩いているではないか。王城の警備は万全だが、それでも夜に令嬢がひとりとは‥‥と気にしていると、先ほど目についた壁の花の令嬢ではないかと合点がいく。
噴水の縁に腰かけ、風に靡く髪をそのままに空を見上げる令嬢。ちらりと見えた瞳が星空を映したものだと分かると同時に、自分の婚約者として内々で話が上がっているアイゼン侯爵家の令嬢と気付く。表情の抜け落ちた令嬢は人形のようで、悲しげな雰囲気から夜が似合う人だ。どんな風に笑うのか、とカイロスにしては珍しく女性に興味を持ったが、その後は騎士団関係者に呼ばれ、この夜会でセレーネを再度目にすることはなかった。
そして、このデビュタントが、セレーネが嫁ぐまでに出た最初で最後の社交界だったのである。領地の屋敷でセレーネに会った時、カイロスが一瞬驚いたのは、軽く化粧をしたセレーネがデビュタントで見かけた時以上に美しかったからである。
カイロスとセレーネの結婚式は、王都で盛大に行われた。帝国の皇族も招き、国中が祝福ムード一色。式後の披露宴も王城で行われ、王都のタウンハウスに戻る頃、二人はくたくたになっていた。しかし侍女たちは別だ。これからが本番と言わんばかりにセレーネを磨き上げた。疲れ切っていたセレーネはリリーとエリカを筆頭に盛り上がる侍女たちのなすがままで、気付けば真っ白なネグリジェに着替えさせられていた。
そこで初めて気付いたが、既に寝室の前まで連れてこられてしまっていた。リリーに促されて寝室へ入れば、当たり前のような顔をしたカイロスが待っていた。
セレーネは困惑していた。愛さないという話だったので、すっかりそういう行為もないかと思い込んでいたのだ。実際、これまでカイロスとの接触といえば、エスコートくらいである。今日の結婚式で初めてキスをしたのだ。
しかし、妻として役目を果たす、とセレーネは言った。つまり、後継者を産むことも、彼女の役目である。「そうか、それなら」と数秒で脳内を整理して、カイロスに近づいていくのだった。
「まさかとは思うが、こういったものは無いと思っていたか?」
「‥‥はい」
揶揄うような口調でカイロスが言うので、セレーネは少しばかりバツが悪い。コクリと頷いたセレーネの返答に、カイロスは笑いを漏らした。
「心の準備までは待つが?」
「いえ、今、しましたので。」
「そうか」
カイロスはセレーネを抱き上げて、ベッドへ下ろした。細い細いと思っていたが、セレーネの予想外の軽さにカイロスの方が怖気づきそうだった。壊してしまわないか、と。
「痛いですか?」
「多少は。痛ければ、俺の肩に爪を立てればいい。」
あまり表情を動かさないセレーネが、少しだけ物怖じいた様子を見せる。カイロスは安心させようと無意識に彼女の頭を撫でた。それから、カイロスは自分を見つめる星空の瞳に吸い込まれていった。