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愛さない約束でしたが  作者: 成瀬
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花が咲くように

 カイロスが領地の屋敷に滞在したのはほんの一週間だった。その間にカイロスはセレーネへ公爵夫人となるための教師を付け、結婚式の準備をするためのお針子を呼んだ。結婚式のためのドレス以外は執事のエリックに任せて良い、とセレーネに告げると、カイロスは王都へ行ってしまった。


 彼は公爵でもあるが、同時に騎士団総督という職にも就いている。これは先の戦争による功績の結果だ。第一~第五まである騎士団には、各騎士団長がいるが、総督はその騎士団長たちの上に位置する、騎士の中で最も位の高い職である。王城に常駐しないといけない訳ではないが、居た方が良いことは間違えない。公爵家の領地は王都から比較的近いが、それでも馬なら二日、馬車なら四日はかかる。戦争は終わったが、緊急事態がいつ起こるかもしれないし、騎士団内の書類で総督が最終決裁者の案件も少なくはない。

 そういった理由で、カイロスは社交シーズン外の時も殆どを王都で過ごし、領地についての仕事は書類を家令に持ってこさせるような生活だった。



 領地に残されたセレーネは、カイロスが付けてくれた教師から授業を受け、結婚式の準備を進める日々を過ごしていた。セレーネは侯爵家の令嬢であったが、最低限の教養とマナーのみしか施されていなかった。セレーネは毎日心の中でカイロスに感謝していた。実際、カイロスにとってはなんてことない事だったが、セレーネにとっては夢のような事だった。

 公爵に頼まれ教鞭(きょうべん)をとったのは、元々カイロスの教師していたヘーレ夫人だ。王子の教育をしていた夫人となれば、公爵夫人となるセレーネの教育に不足はない。ヘーレ夫人は厳しい人だが、決して間違ったことや過激な教育はしないからこそ、カイロスは信頼していた。そんなことまで聞いてはいなかったセレーネだが、夫人の教育について行こうと必死で勉強するので、夫人は内心セレーネを気に入りながらも、半年と限られた時間の中でセレーネに与えられる最大限の教えを授けていくのだった。




 カイロスは五か月ぶりに領地に戻って来た。

 もう結婚式まであと一ヶ月を切っている。婚約してからも王都に留まるカイロスを心配した部下たちに「今から婚約者様と不仲になるつもりですか!」「結婚前後と出産前後の態度は墓に入るまで!妻は忘れないものですぞ!!」「団長たちもいるのですから!」と暇を出されてしまったのだ。


「お帰りなさいませ、カイロス様」

「‥ああ。変わりないか、セレーネ。」

「はい。」


 ほんの少し、笑みを浮かべたセレーネ。カイロスは彼女の顔色が良くなっていることに気付いた。身体も、骨と皮だけのようだった五か月前より明らかに健康的になっている。未だに細すぎるのは否めないが、それでも大きな変化だろう。

 屋敷も、心なしか明るくなった気がした。着替えに自室に行けば、そこから見える庭が、色とりどりの花で溢れていた。前まではもっと殺風景だったが、と考え、セレーネが女主人として屋敷に来たからかと思い至る。


「顔色が良くなったようだ。」

「みなさんに良くしていただいているためでしょう。ヘーレ夫人をお呼びしていただき、ありがとうございます。」

「他にやりたいことや欲しいものはないか。」

「ございませんわ。結婚式の準備も(つつが)なく進んでおりますし。」

「それはなによりだ。」


 二人の夕食は、五ヵ月前と変わらなかったが、セレーネの方は笑みを浮かべられるようになっていた。表情が乏しかったが、ヘーレ夫人の教育と、リリーとエリカとの会話、穏やかな公爵邸での生活がセレーネを人間に戻していった。


「君は変わりないと言ったが、随分と表情が変わったようだ」

「‥‥変、でしょうか」

「いいや。今の方が良い。」

「でしたらそれは、カイロス様のお陰です。」

「俺か?」


 五ヵ月ぶりに会ったのに?という言葉は飲み込んだ。それを把握しているエリックは、良く飲み込みましたとカイロスに目配せしたが、セレーネは気付いていない。


「はい。このお屋敷に私が居られるのも、着るものと食べるものを与えてくださっているのも、ヘーレ夫人をお呼びしてくださったのも、侍女を付けてくださったのも、全てカイロス様ですから。私が、良い方向に変わったのなら、それはカイロス様のお陰です。」


 ありったけの感謝を瞳に乗せたセレーネに、カイロスは息をのんだ。美しい、と素直に思った。

 恨み言を聞かされるかと思っていたが、こうも感謝を伝えられるとは。カイロスは意表を突かれ、同時にセレーネという人を知る機会を五ヵ月も無駄にしたことが、もったいなく思えた。



「セレーネ。明日、時間はあるか?」

「はい。」

「では、我が領地を案内しよう。城下の近場のみになるが、まだ屋敷からは出ていないだろう?」

「はい、お屋敷から外にはまだ‥‥。よろしいのですか?」

「なにがだ」

「お忙しいのでは、と」

「構わない。そもそも俺が誘っているのだから。」

「嬉しいです。」

「街に行くのが?」

「それもありますが、カイロス様と出かけられるのが、嬉しいですわ。」


 セレーネの返答に、カイロスは満足げに頷いた。この時初めてセレーネは、カイロスが満足した時の表情を覚え、五ヵ月前に名を呼んだ時に見せた表情もこれだったかと思い出した。



 こうして、カイロスが領地の屋敷に戻ってきたことにより、二人は少しずつお互いを知っていくのだった。

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