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愛さない約束でしたが  作者: 成瀬
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星空の瞳の令嬢

オリジナルは初めてです。

勢いで書きました。

よろしくお願いします。

 男女の愛は抱かぬように。


 それは、公爵が令嬢に向けて放った言葉だった。


「君の事は人として尊重し、妻として接する。しかし、男女の愛は抱かぬように。」

「承知いたしました。貴方様の妻として、不足の無いよう最大限努力してまいります。」


 令嬢は普段の会話と変わらぬトーンでそう返事をした。

 「国に命じられて婚姻を結ぶ事になったが、このお方で良かった」と、令嬢は心の中で安堵の息をついた。




 

 17歳のセレーネはアイゼン侯爵家の長女で、隣国である帝国皇家の血を引く、メテオ王国内では唯一の人間だ。セレーネの祖母が帝国の姫だった。その血を継ぐ証拠のように、セレーネの瞳には星空を切り取った煌めきがあった。瑠璃色の中に光の加減で黄金が光る。将に帝国皇家由来の瞳だった。


 そんな血筋のセレーネが、王弟であるカイロス・ラズワルド公爵に嫁ぐ事になったのは、数年間に渡った戦争が関係していた。


 現在のルーウェン王がまだ第一王子だった頃、メテオ王国は帝国とは反対側の隣国であるバーン公国と戦争になった。その戦争で、帝国の支援を受けたのである。お陰で戦争には勝利し、損害も最低限に収まった。

 戦略で功績を上げたルーウェンは、終戦後に王位を継承した。ルーウェンが王となりすぐに手を付けたのは、帝国へ感謝を表し、また友好の意を示す事だった。その一環でセレーネに白羽の矢が立ったのは、王国も帝国も、現在婚姻していない王族が男性しかいなかったからである。セレーネの瞳が、帝国皇家のものであるということも、大きな理由の一つだ。

 しかし、セレーネはメテオ王国の貴族でもある。帝国へ友好を示す意図としては弱い。そういった理由があり、既に王妃のいるルーウェン王ではなく、その弟のカイロスとの婚姻となったのだった。



 カイロスはルーウェンとは5歳違いの兄弟で、ルーウェンが智将であるならカイロスは武将であった。幼いころから剣や槍の才能があり、その道を究めた武人となった。ルーウェンも体格には恵まれていたが、カイロスはルーウェンよりも更に大きく、逞しかった。十代前半から騎士団へ入ったことで、その才能は開花し、若くして騎士団長の座に就いた。バーン公国との戦争では、公国で最も強い武将を討ち取った。それが公国が白旗を振る理由となったので、終戦後は王となったルーウェンより公爵位を授与され、25歳の若さで騎士団総督を命じられることになった。


 騎士や平民の中では英雄のカイロスだが、メテオ王国内の貴族からは戦闘狂として恐れられてもいた。王族でありながら、戦争へ(おもむ)き、あろうことか先陣を切り、敵の将を討ち取った。貴族からは理解されず、あれは戦いが好きだから、人を殺すのが楽しいから、恐れもせずに戦争に参加したのだ。そんな噂は有名だった。



 貴族からは恐れられていたカイロスとの婚姻だが、アイゼン侯爵は二言で承諾した。というのも、セレーネの存在はアイゼン侯爵にとって邪魔だったのだ。セレーネの母はセレーネが10歳になる前に亡くなっており、アイゼン侯爵は愛人だった女とすぐに再婚していた。そして元愛人だった現侯爵夫人には、セレーネより一つ年下の娘がいた。侯爵はセレーネではなく、妹の方に侯爵家を継がせたいと考えていたため、セレーネがカイロスと結婚して侯爵家を出ていくことは願ってもいない好機だったのだ。



 そんな侯爵家で育ったセレーネは、あの家から出られるならどこでもいい、と思っていた。誰一人味方のいない侯爵家で、彼女はただ息をする人形だった。最初こそ、期待したし、努力した。泣き言は言わないから認めて欲しいと、できれば娘として愛して欲しいと。けれど、それは全部無意味だった。セレーネは妹が捨てたドレスで出ることになったデビュタントを最後に、期待することを止めた。だから、ラズワルド公爵家へ向かう馬車の中で願うのは、"痛いことが無ければいい" ただそれだけだった。





 セレーネが持っているカイロスに対する情報は乏しかった。王弟殿下で、騎士団総督で、公爵。戦闘狂で、戦争では敵の武将を倒すほどに強い。それだけ。セレーネはカイロスの姿を見たこともなかったので、暴力を振われることが無ければいい、と願うばかりだった。


 社交シーズンではなかったため、王都のタウンハウスではなく、セレーネは公爵領へ(おもむ)いた。馬車に揺られて数日、セレーネを迎えたのは、公爵家の執事であるエリックと、使用人一同だった。


「ようこそお越しくださいました、お嬢様。使用人一同、お嬢様のご到着を心待ちにしておりました。長旅でお疲れでしょう。すぐに休めるよう、準備は整ってございます。」

「‥‥お出迎えありがとうございます。セレーネ・アイゼンです。よろしくお願いします。」


 白髪の執事、エリックは好々爺(こうこうや)然とした優しい笑顔を浮かべてセレーネを部屋へ案内した。侍女長のアンナと、セレーネ付きとなる侍女のリリーとエリカのみを紹介し、公爵は明日の夜に戻ることを伝えるとアンナと一緒に部屋を出た。数日かけてやってきたセレーネを気遣ったのだ。屋敷の案内や、公爵家の説明は明日でよいだろうと判断したのだ。既に陽も傾いているため、夕食を摂っていただいた後は、湯浴みと就寝だけである。


「お嬢様、ご夕食はいかがなさいますか?」

「お部屋で取ってもよろしいかしら」

「勿論でございます!お運びいたしますね!」

「苦手なものはございますか?」

「苦手なものはないわ。ただ、あまり多くは食べられないから、少な目にしてもらえる?」

「承知しました。」

「承知しました!」


 落ち着いているのはリリーで、元気な方がエリカである。

 好意的な二人にセレーネはそっと胸をなでおろした。温かい食事に、花の香りの湯に浸かったのはいつぶりだろうかと思いながら、セレーネはふかふかなベッドで眠りについた。



 リリーとエリカは、セレーネの荷物の少なさに驚愕(きょうがく)していた。侯爵家のご令嬢と聞いていたよね?とお互いに無言で目を合わせた。令嬢が一人で持てるほどのボストンバッグひとつ。それがセレーネの荷物全てだった。質素なワンピースが3枚。最低限の下着。高価なアクセサリーは、彼女の目と同じ色のペンダントがひとつ。それだけ。

 セレーネが眠りについた後、二人は侍女長のアンナと執事のエリックに、セレーネの荷物の少なさを報告をしなければならなかった。


 エリックは一瞬だけ深刻な顔をしたが、すぐにいつもの好々爺(こうこうや)の表情に戻る。


「旦那様が用意していたドレスがありますから、明日はそちらを着ていただきましょう。侍女長、あのドレスはお嬢様のお部屋のクローゼットに用意してありますね?」

「はい。入りきる分は用意してあります。リリー、エリカ、お嬢様のお部屋に入らなかった分は別の部屋に置いていますから、付いてきなさい。用意している分でお気に召さない場合は、そちらから持っていくように。」

「はい」

「旦那様はすごいですねぇ!」


 さすが旦那様~!とエリカが手を合わせて尊敬の眼差しを宙に向ける。リリーはそんなエリカの言葉に頷いた。行きますよ、とアンナの声に二人がついて行くのを見送ったエリックは、ふむ、と主人であるカイロスの様子を思い出す。


「なるほど。旦那様はお嬢様が侯爵家でどのような扱いを受けていたのかご存知だった、と‥‥。」


 表情の乏しかったセレーネが、この屋敷で少しでも笑ってくれればいいのだが。今日初めて会ったが、孫ほどの年齢のセレーネに対して、エリックはそんなことを思わずにはいられなかった。





「私、こんな素敵なドレスは持ってきていないのだけれど‥‥?」


 翌朝、セレーネが困惑するのは当然だった。しかしリリーとエリカは手を止めることなく、セレーネを着替えさせていく。


「旦那様が準備しておられたのですよ~!」

「お気に召しませんか?」

「気に入らないなんてとんでもないわ。ただ‥‥」

「わあ!お嬢様とっても素敵です!旦那様ってばドレスのセンスも良かったんですねぇ!」

「エリカ、不敬だわ。お嬢様、とてもお綺麗ですよ。」

「髪も結いましょう!リリーは髪を結うのすっごく上手なんですよ!私はお化粧しますね!」

「あの‥‥」

「お嬢様の金色の髪はとても綺麗ですから、半分は下ろしますね。」

「お化粧も少ぉしだけ、血色を足す程度で十分です!色白で羨ましいです~!」

「‥‥‥‥」


 セレーネは椅子に座らされてされるがままだった。最初は驚いていたものの数分もすれば、二人がキャッキャとセレーネの周囲を動きまわるのを、セレーネも楽し気に見ていた。エリカが「できましたよ!」と声をかけ、セレーネが鏡に目をやれば、貴族の美しい令嬢がそこに座っていた。

 綺麗に結われた髪と、血色の良い頬に、可愛らしい色の唇。間違いなく自分自身なのだが、たったそれだけで見違えるようだとセレーネは感嘆した。


「‥‥嬉しいわ。ありがとう。」


 素直に出てきたその言葉に、驚いたのは自分だった。嬉しいと思ったのも、誰かにお礼を言ったのも、本当に久しぶりだったのだ。母を亡くしてから、嬉しいと思うような出来事はひとつもなかった。



 軽い朝食、屋敷の案内、昼食、屋敷の案内、ティータイム、屋敷の案内。

 広い公爵邸は一日ではすべて歩ききる事が出来ない程だった。そうしているうちに陽が沈み、公爵が帰って来た。セレーネは少しばかり緊張しながら、使用人一同と共にエントランスで公爵を出迎えた。


 セレーネは特別小柄というわけではないが、与えられた食事が少なかったので、かなり細い。背は同い年の令嬢たちとは同じくらいの高さだ。そんなセレーネが見上げるほど、カイロスは背が高かった。セレーネの頭がカイロスの鳩尾あたりにあるし、セレーネの身体はカイロスの片手で一周できるだろう。鍛え上げられ隆々としたカイロスの筋肉が、一層彼を大柄にしている。


 大柄で精悍な顔つきの公爵に、セレーネは一切の動揺を見せずにカーテーシを見せた。


「お初にお目にかかります、公爵様。王命にて参上いたしました、セレーネ・アイゼンでございます。」

「カイロス・ラズワルドだ。顔を上げて、レディー アイゼン。」


 促され、セレーネは姿勢を戻しカイロスと目を合わせた。一瞬、カイロスの目が大きくなったが、すぐに元の表情に戻る。それが何を意味するのか、セレーネが分かるはずはない。カイロスは、すぐに着替えてくるから夕食を共にするよう伝え、エントランスを後にした。



 二人の夕食は、弾むような会話は無かったが、気まずくなることも無かった。


「公爵様、お部屋もドレスも用意してくださり、ありがとうございました。」

「妻に迎える人のために、当然のことだ。足りないものがあればエリックに言うといい。」

「ご配慮くださりありがとうございます。十分すぎるほどでございます。‥‥足りないのは、私の方ではないですか?」

「どういう意味だ」


 カイロスは眉間にしわを寄せる。彼の見た目でその表情は、パーティであればその場にいる令嬢を怖がらせただろう。しかし表情の乏しいセレーネの顔色は(内心は不興を買ったかと肝を潰していたが)変わらなかった。


「私は、血筋こそ帝国皇家の血を引いてはおりますが、それだけです。公爵様の妻として必要な教養も、容姿も、家格もありません。」

「それは過小評価が過ぎるのでは?レディー アイゼン。しかし‥‥教養に不足があるのならば、学べばよかろう。エリック」

「はい、承知いたしましてございます。」

「明後日までだ。」

「かしこまりました。」

「公爵様‥‥?」


 ひとりだけ会話から置いて行かれたセレーネが首を傾げる。カイロスはいつのまにか眉間のしわを解いていた。


「既に婚約はしていて、半年後には夫婦となるのだ。俺のことはカイロスと呼ぶように。セレーネ。」

「はい‥‥カイロス様。」


 素直に名を呼んだセレーネに、カイロスは満足げに頷いてみせた。


 二人の婚姻は、国が決めたこと。二人の感情で破棄することはできないものだ。痛いことが無ければいいと、それだけを願っていたセレーネにとって、カイロスが見せた穏やかさは、久しぶりに感情を揺さぶるものだった。期待すれば裏切られるのだから、もう何にも期待しないと決めていた彼女のささやかな願いは、簡単に叶えられ、思っていなかったものまで降って来た。

 自分を人間として扱ってくれるカイロスは、セレーネが「結婚相手がこの方でよかった」と思うに十分すぎる相手だった。

 


「セレーネ。結婚することとなったのだから、君の事は人として尊重し、妻として接する。」


 食後の紅茶に口を付けたカイロスが、改まった口調で言った。


「しかし、男女の愛は抱かぬように。」

「承知いたしました。貴方様の妻として、不足の無いよう最大限努力してまいります。」


 人として、妻としての対応は期待しても良いが、愛は期待するな。この時のセレーネにとっては、何ともわかりやすくありがたい言葉だった。期待しても良いものと、期待してはいけないもの。期待しないことは得意だ。それが"愛"であるのなら、なおさら。家族の愛すらも忘れてしまったセレーネは、これまでの会話のテンポと同様に返事をするだけだった。



 執事のエリックだけが、心の中でため息を付いた。


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