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部活のうざかわ後輩が、今日も告白された事を俺の所まで愚痴りに来るんだが

作者: せつなぱーかー




心臓がうるさい。今にも飛び出して破裂しちゃうんじゃないかってほど暴れ回って、でもこの胸の中に収まってる。


それは、この気持ちも同じだ。



目の前に立つのは、たった1人の大切な後輩。

肩口ぐらいまで伸ばした山吹色の髪に、ぱちりとした大きな瞳。身長は小柄な方だがそれがまた小動物的な可愛さを秘めていて、スタイルも決して悪くない。



春風が暖かい頃に出会った彼女との関係は、北風が身に染みるこの12月まで続いていた。


世間では、今月末にはクリスマスなる日がある。

その特別な日を、大切な人と過ごしたい。そう、多くの人は考えるらしい。


正直、俺には何故そう思うのかはまだよく分からない。




目の前に立つ後輩にも、俺が今から何をしようとしてるのかは伝わっているようだ。

慣れてるだろうに、彼女の頬は赤い。

しきりに髪を触りながら、視線がずれたりこっちを見たりを繰り返してる。



「えっと、秋菜。俺と____」



今、俺は彼女に言わなければならない事がある。言葉にすればたった2文字。英語にしたってアルファベット4文字しかないその言葉には、だけどそれ以上の重みがある。


こんな状況になっても、人間とは素直になれないようで、そんな単語を伝える為にも言葉を巡らせる。なんて言えば伝わるだろうか、どう言えば表せるのだろうか、と。




あぁ、どうしてこうなったんだっけ?





 * * *





寒さも本格的になってきた12月の頭、放課後。

日当たりも微妙で校舎の隅っこに位置する我らが文芸部室には暖房なんて気が利いた物は無く、防寒具とヒーターが無いとやっていけないほど寒い。



「あ、そうだ先輩。聞いてくださいよ〜」


「そんな事よりヒーターを独占するのをやめろ。俺が死ぬだろうが。」



……だというのに、唯一の熱源ことヒーターの正面を独占しているのは我が部唯一の非幽霊部員、一つ下の一年生である遠崎 秋菜だ。

整った容姿と反比例するような小悪魔を内に秘めた後輩。

そんな見た目だけは良い彼女は、マフラーに口を埋め、上目遣いでこちらを見てくる。



「何言ってるんですか。そんな事したら私が凍え死にますよ。私の為に死んでくださいっ♪」


「……わ、訳の分からん事を言うんじゃない。」



ぐっ……ドキッとしちまったじゃねぇか!

惑わされるな俺、寒いもんは寒いんだよ!



「ふふっ。先輩、顔赤いですよ?もしかして、十分暖まったんじゃないですか?」


「い、いや、別にそんなんじゃねーし。まだ寒いし。」



堪らず顔を逸らす。

横目に見てみれば、秋菜はくすくすと笑みをこぼしている。



「ならそうですねぇ…。私のこと、抱きしめてみます?暖かいですよ?」


「っはぁ!?」



そう言って彼女は両腕を突き出してくる。



「な、お前、何で突然そんな事……!」



思わず椅子から立ち上がってしまう俺。


にやにやと見守る秋菜。


うがっーー!!



「ぷぷっ…、先輩慌て過ぎじゃないですかぁ。やーい、せんぱいのへたれー。」



ここが攻め時とばかりに煽ってくる秋菜。

くそう、調子に乗りやがって…



「………紳士的と言ってくれ。それに、俺は口先だけで恥ずかしがりな後輩に配慮してるだけだ。」


「……おや、先輩に私以外の知り合いがいたとは。驚きですねぇ。誰なんです?」



お前だよ。

事あるごとに色々やらされたが、お前も結構照れてたのちゃんと見てんだからな。



「んで、聞いて欲しい事って何だよ。早く言えよ。」



このままじゃ旗色が悪い。どうにか話題を逸らさないと。



「まぁ、私は出来た後輩なので、話を聞く気になった先輩に免じて下手くそな話題転換に乗ってあげますね?」



ふふん、と胸を張ってドヤってくる。

どうやらバレてたらしい。

だがこれ以上要らぬ反応をしてこいつを喜ばせるわけにはいかない。

なので、俺は無言で続きを促す。







「実は私、今日告白されたんですよ。」








「……はぁ」


「あれ?なんか反応薄くないですか?」


「この流れ何回目だと思ってんだよ。」



そう、この後輩様は外見と普段の態度だけは良いのでそれはもうモテるのだ。

こうやってこいつが告白されたのがどうとか、愚痴ってくるのも一度や二度ではない。

忘れもしない4月の中旬、色々あってこいつに文芸部部長にのみに伝わる極秘事項を知られてから、日常生活でのストレス発散役として俺はこいつに使われているのだ。



「で、今回は誰なの?一年?それとも上級生か?」


「えーっと、二年生でしたよ。藤野…さんでしたっけね。」



藤野……藤野……?うーんどっかで聞いたような……



「……悩んでる所申し訳ないですけど、先輩と同じクラスらしいですよ。」


「あぁ!そういえばいたなぁそんなやつ。」



藤野……下の名前は何だっけ。クラスでも割と中心にいるお調子者だ。確かサッカー部に入ってたはず。

直接絡みが無いから忘れてたぜ。



「直接関わりが無くても、クラスメイト、それも同性の名前を忘れてるって相当ですよ?」


「うっせぇ。俺は友好関係は狭く深くなの。」


「へぇ〜〜?ふーん?そーなんですかぁー」



秋菜はによによと笑ってる。

うん?これは嬉しかったりする時の反応だ。それもかなり。

……何こいつ、めっちゃ機嫌良いんだけど。

何を調子に乗っているのか、ご機嫌な後輩はへにゃりと口元を緩ませた。



「えへへ。せまく……ふかく、ですよね?せーんぱいっ」



あれ、さっき俺は何を……


……

…………。


あっ!?しまった!



「あっいやあの、えっとだな、違うんだぞ?」



考えろ考えるんだ俺!

もう俺の弁明が、怖いくらいの笑顔を浮かべてる秋菜に届くとは思えないけど、やらねばならんのだ!



「あー……、そう!別に狭くねぇから!お前以外にも知り合いぐらいいるから!」



あぁもう!流石に見苦しすぎるだろこれは!

またからかわれる!



「……にゅふふ」



秋菜は隠し切れてない笑みを浮かべた口元をマフラーに埋める。



「私と深い仲なのは、否定しないんですね?」


「………ぐっ……」



茶化すでもなく、笑うでもなく。

静かに、それでいて嬉しそうに彼女は漏らした。


予想外の反応に、ちげぇし!と叫びたい衝動が喉元で止まる。




……まぁ、確かにこいつが1番話してる時間長いし。

だから、俺が明確に否定しなかったのにそれ以上の意味はない。

他意は、ないのだ。本当に。







 * * *







「それでその何とかって先輩なんですけどね。」


「あぁ、まだその話続いてたのか。」


「要約すると、『クリボッチはなんか嫌だしフリーなら付き合わない?』みたいなノリで告白してきてですね。」



あー……うん、それは残念に。

不機嫌そうに頬を膨らませながら、秋菜は愚痴ってくる。



「……確かにあいつ、今朝はやけに騒いでたな。恋人と過ごすクリスマスがどうのって。」



教室の隅っこでスマホ弄ってた俺が覚えてるんだから、それはうるさかったのだろう。



「全く、なーにがイヴだけでも、ですか。そんな気軽に付き合う気はありませんし、そもそも下心丸見えなんですよ」


「まぁ、そんなイベント事の前になって付き合おうなんて言われてもなぁ。」


「そんなに寂しいんですか?クリボッチって。」



こっちに疑問の視線を向けてくる秋菜。



「いや、何でさも当然のように俺がクリボッチ扱いされてるんだよ。そりゃ去年は1人だったけど。」



正直な所、意識してなきゃクリスマスなんて気付いたら過ぎてた。

相変わらず補修期間と称して学校には行かなきゃだったし、家ではソシャゲのクリスマスイベ周回で忙しかった思い出しかない。



「……あぁ。今年は、クリボッチじゃないですもんねぇ、先輩?」


「…………別に、寂しいわけじゃないけどな。」



そう、俺達にはクリスマスの予定が既にある。



「またまた〜。可愛い後輩と聖夜を過ごせて嬉しいって、素直に言っていいんですよ?」


「お前が俺名義で勝手にホールケーキ注文したんだろうが!お陰でクリスマス商戦で発売されるゲーム買えねぇじゃねーか!」


「ゲームより私に使った方が有意義だと思いません?」


「その手にはもう騙されんぞ。貢がないからな?」



こいつが一人暮らししてる俺の部屋に訪れるようになってそこそこ経つが、まさかネットでケーキが予約できるとは。

いや、何も見ずに番号入力した俺が悪いんだけど。


……まぁ、確かに他にも出費の理由はあるんだがな。それはこいつには教えられない。




「まぁまぁ。ちゃんと腕によりをかけた料理も用意しますから。」


「あー………うん、それはありがとう。」


「どういたしまして。期待しててくださいね?」



そこは期待してる。だってこいつの作る飯が美味いのは事実だし。



「それで、ここからが本題なんですけどね」


「あぁそうなんだ。」



やっとか。無駄に脱線したせいで負わなくてもいいダメージを負った気がする。



「私、その告白聞いてて思ったんですけど。告白のセリフってどんなのがいいのかなぁって。」


「はぁ。」



うん。至極どうでもいい。

しかも嫌な予感がする。

そして残念な事に、ニヤついてる秋菜の顔は俺の予想が間違ってない事を示していた。



「先輩って、一応文芸部ですよね?最低限の語彙力はあるでしょうし、せっかくなんで今から私に告白してみてくださいよー!」


「……はぁ?」



またおかしな事を言い出したよこの後輩は。確かに俺は文芸部部長だけども。それを言ったら君も文芸部でしょうに。



「あぁ、心配ならしなくていいですよ。私、告白されるのは慣れてるので。先輩が傷付かないように振ってあげますから。」


「しかも振られる前提かよ。」


「まぁまぁ、先輩の中の私への想いを口にするだけでいいんですよ?」


「うざい。静かにしてくれ。」



と、とても素直に俺の気持ちを表現したんだが。



「ほら、素直になって『秋菜ちゃん大好きー!』って!」


「誰もやるって言ってないよな!?あと、素直に言ったら語彙力云々はどうなるの!?」


「そこはまぁ、自分で考えてくださいよ。ほーら、はーやーくー!」


「だからやらないって。俺は嘘の告白とかしない主義なの。」


秋菜は俺の言葉が聴こえないとばかりに『はやく』コールを続ける。

だがここは俺も断固拒否、徹底抗戦の構えだ。

先輩としての意地ってものを見せてやろう。




「………あ、なるほど。さては先輩、陰キャ丸出しの告白しか思い付かなくて困ってるんですね?」


「は?」


「いえいえ、皆まで言わなくて結構でーす。あーあ、普段から読書の何たるかとかを私に偉そうに説く癖に、告白の言葉の一つも浮かばないんですよね?」


「………」


「残念ですけど、今日の所は図星を突かれて口籠った先輩を見れただけ良しとしましょうか。ねぇ?」


いつの間にか近づいて来ていた秋菜が、覗き込むように目線を合わせてくる。

こちらをじっと見てくるその瞳は、目を逸らすことも許さないような暴力的なまでの魅力を秘めていて__



「あ、煽った所で無駄だからな。」



__頷きそうになった直前、意識を取り戻した。


こいつのあからさまな煽りに乗せられたが最後、向こう1週間はこのネタで揶揄われるぞ。

乗るな俺、戻ってこい。その先は地獄だぞ。



そんな俺を見て秋菜は、こてりと小首を傾げる。



「あ、逃げるんですね、先輩」




「やったろうじゃねぇか!!!」






 * * *





「あ、遠崎。きゅ、急に呼び出して悪いな…。」



所変わ……らず文芸部室。違うのは立ってるかどうかだけ。

相変わらずヒーターは独占されてて寒い。



「いつも通り秋菜って呼んでくれていいですよ、先輩。それで、一体何の御用でしょうか?」



秋菜は今来ましたーみたいな澄ました顔で返事を重ねてくる。ホント、猫被るのは上手いなこいつ…。



「えっと……その……お前に、伝えたい事があって……。」


「……ぁ…、は、はい。」


「………………」



俺が今から告白(振られる前提)をする事は当然だが秋菜も分かってるからか、流れ自体はスムーズだ。

一歩ちょいぐらいの間隔を空けて俺の前に立つ彼女。頬は赤くなってるし、妙にそわそわして落ち着きがない。

………あれ、なにこのガチ感。やば、こっちまで緊張が移ってきた。


心臓がバクバクうるさい。おかげで思考がまとまらない。


あれ、何で俺はこいつに告るんだっけ?

あぁもう!とにかく言ってしまおう!それで終わるはずだ!



「えっと…、秋菜。俺と……その、…付き合って、くれ。」



「あ、えと……その、……はい。よろしく…お願いします。」



「…………………」



「…………………」



お互い真っ赤になって、見つめ合う俺達。




「……………いや振って?」



「あっちがっ……!い、今のはせんぱいが悪いんですよっ!!」



秋菜はあたふたと手を振り回しながら責任を俺に押し付けてくる。



「今のはどう考えてもお前だろうが!なんだよあのガチ感!!」


「先輩こそなんですか!声の詰まり方まで完璧じゃないですか!!」


「完璧も何もこちとら告白なんてした事ないんだよ!!」


「私だって普段はこんなにキョドらないですよ!勘違いしないでください!!」


「はぁーっ!?」



恥ずかしさを紛らわすように口論を続けること約一分。ようやく頭が冷えてきた気がする。

それは秋菜も同じらしく、顔を真っ赤にして息を整えている。


「はぁ…はぁ……。おほん。そもそも、何ストレートに告白してるんですか。語彙力云々はどこに行ったんですか。」



やべ、すっかり主旨忘れてた。



「あー…。うんじゃあ改めて秋菜。」


「はい。」



また目の前の後輩に向き直る。



「えっと……毎朝味噌汁を作ってください?」


「え、私も先輩も朝はパン派なので。ごめんなさい。」



振られた。



「おう…。なんだろうこの複雑な気分……」


「……先輩、朝はご飯派だったんですか?今度用意する時はそっちにしましょうか?」


「あ、いや。俺はパン派だからいいよ別に。」



そもそもこの問答は前にした事がある気がする。

……ん?というか、今のって……



「全く。もうちょっと考えてくださいよ。はいじゃあ、先輩の告白テイク2!」



いきなりだなオイ!?まだやんの!?



「あー……っと、月が、綺麗だなー…?」


「死にたくないです。」



振られた。



「死にたい……。なんで俺はこんな目に遭ってんの…?」



なんで同じ相手に複数回も告白して振られなきゃならないんだ…?



「……というか、やはり先輩はそれの意味知ってたんですね。」


「え?」


「………前に月見した時。めっちゃ言ってたじゃないですか。」


「…………さぁ?」



げっ。そういえば9月あたりに2人で月見した時、そっちの意図無しに俺が言ったやつに秋菜が反応してて、それが面白かったからつい連呼した時の事だろう。



「確信犯!確信犯じゃないですか!」


「証拠を出したまえよ証拠を!」


「うわっ、開き直りましたよこの人。」



秋菜は呆れたような表情でこちらを見てくる。



「大体、月見してて『月が綺麗』以外に何て表現すりゃいいんだよ」


「もっとこう…。感動の余り踊り出すとか、俳句を詠むとか……?」


「いつの時代の人間だよ俺は。」


そもそも俺が即興で出せる月の和歌なんて、道長の『望月の〜〜』ぐらいしか無いぞ。

ボロボロに欠けてるよ、俺の心のお月様。



「………はぁ。結局、先輩のボキャブラリーは壊滅的、ということが分かりましたね。」



全ての元凶である後輩は、むーっと少し不満げな表情をしている。

燃え尽きて死にかけの俺とは対照的に、不完全燃焼らしい秋菜。



「酷い目に遭った…。全く、人生初の告白をなんでこんな事で消費してしまったんだ。しかも3回も振られたし。」


「……そう、ですねー…」



あれ、妙に歯切れが悪い。

いつもなら、『むしろ私みたいな可愛い後輩に告白できたなら嬉しいと思わないんですか?』ってぐらい言ってくるのに。 

何かあるのだろうか。……うーん分からん、何だろう。


などと考えてるうちに。すっかり元に戻った秋菜が声をかけてくる。



「というか先輩。私、今日の告白に何て返事したかをまだ聞かれてないんですけどー?」


「え、何、聞いて欲しいの?」



そこに浮かんでるのはちょっとばかり拗ねた表情。

こいつ、結構な構ってちゃんだからなぁ。



「いーえ。べっつにー。ただ、先輩としてはその辺気になるんじゃないかなーと。」


「いや、断ったんだろ。」


「……先輩のくせになんでそんな言い切れるんですか。」


「いや、ほら。付き合った初日の放課後を他の男と過ごす程軽い気持ちでそういう事しないだろ、お前って。それにさっき散々愚痴ってたのが何よりの証拠だろ?」


「……それは、私が重いって言いたいんですか?先輩サイテーです。私に対するデリカシーってものが足りてないです。……鈍感。」



うぐっ。


ぷいっと拗ねた表情のままそっぽを向かれた。

そりゃまぁ色々と察しが悪いことぐらいは自覚してるよ、おかげさまで。



「あーあ、せっかく嫉妬する先輩が見たかったのにー。全く、こんな余裕ぶった人に育てた覚えはないんですけどねぇ。」



育てられた覚えもないけど原因はお前だよ。

これだけやられたら慣れもするっての。



「……別に、俺はお前の彼氏でもないんだからそんな事言う権利は無いだろ。」



そう言って俺は、秋菜に背を向けるように椅子に改めて座る。ちょっと気まずくなって、顔を逸らした。


「…………」


秋菜は何も言わない。

ただ、俺の方に視線を向けたまま、沈黙が続く。



そりゃ、誰も気にしてないとは言ってない。




「………まぁ」



……ただ、直接聞くのが小っ恥ずかしかっただけだ。



「こうして2人で話してられる時間は、俺はまだ続いて欲しい……と思う。」



秋菜からの返事は無かった。

でも、感じるその空気感が、彼女が多少なりとも求めてる回答をできたのかなと思えた。



まるで返事の代わりのように、きゅっと首元に腕が回され、背中を暖かい感触が包んだ。



「なっ!?……あ、秋菜…?」



耳の後ろから聞こえる吐息、近づいた事で感じる甘い香り。

そして何より、意外と「ある」感触を思わず意識してしまう。

そんな不意打ちに、重ねるように囁くような声がした。



「私と先輩に恋人が出来ても……、こうしてられるといいですね?」



……それって。


俺も秋菜も、流石に恋人がいるのにこんな場所で2人でこんなことしようなんて考えはしないだろう。

だけどもし。もし、その相手が____



まるでそんな俺の思考を中断するかのように、チャイムが鳴り響いた。

部活動終了を告げるチャイム。つまり、時間切れだ。


密着していたはずの秋菜は気が付いたら離れていて、自分の荷物を纏めていた。



「ほ、ほら先輩。今日は私が鍵を返却しに行きますから。とっとと出てください。」


「お、おう……。」



活動終了、と言ってもやってたのは雑談なので、片付けなどは必要ない。

真冬なので窓も閉め切っているので、ヒーターの電源と照明を消すぐらいだ。


手早く部室を出ると、宣言した通り秋菜が鍵を閉めた。


「それじゃあ先輩。先に行ってていいので、玄関で待っててくださいね。」


「お、おう…。じゃあ任せた。」


……うん。つまりこれは一旦仕切り直そうという事だな。

何となく秋菜の顔が見れない。普段は、そんな事ないのに。


固まってる俺とは違って、秋菜は早足に廊下を歩いて行く。

そして、階段を降りる為に角を曲がって姿を消し__


ひょっこりと、顔だけ再度現れた。



「……あの、先輩。」


「どうした?」



誰もいない廊下なので、声を張らなくたって聞き取る事ができる。



「私は……別に語彙力ないとしても、ありきたりだとしても……ちゃんと、伝えてくれる方が嬉しいです。

……………それでは今度こそまた後で!」



そう言って、階段を駆け降りていく音だけが残った。



「何のことだよ、なんて聞けねぇよなぁ……。」



……さっきと同じぐらい赤くなってたな、あいつ。

何がって、そりゃあ今日の議題だろう。そんな事ぐらい、流石に分かるさ。


とりあえず荷物を背負う。移動しよう。

この寒い中、後輩を待たせるわけにはいかないからな。



「いや、鍵返すのにそんなに時間かからないだろ…。どうすんだよこれ…。」



空いた手で火照った顔を抑える。

日はとっくに落ちたのに、身体はむしろ、熱いぐらいだった。









初投稿作です。読んでいただきありがとうございます。

元々長編としてこの2人のラブコメを出会いから書こうと色々練ってたんですけど、クリスマスネタを思い付いたので試しに短編として投稿してみました。


初投稿なので色々と至らない点はありますが、誤字報告やアドバイス等、是非!

もし感想や評価を頂ければ、とても嬉しいです!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 初投稿でこんな素敵な物語を書ける何て凄いですね。続きが出たら絶対読ませて頂きますw
[良い点] 秋菜可愛いですね。小悪魔だけどけっこうピュアな感じが可愛い。 告白一発目のガチ感、二人とももう両想いなのでは。ていうか朝食とかケーキの件とか、カップルというかほぼ夫婦というか。 今回は…
感想一覧
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