7.決着
「ロイ!」
草むらに倒れた影を探し、草をかきわける。
横たわる銀髪と、そこに覆いかぶさる獣。
「いってぇ……」
先に動いたのはロイの方だった。
上半身を起こすと、かぶさっていた獣がやわらかく転がった。
「ロイ! 無事!?」
「いてーよ……。あーあ、手が爪でやられてるわ」
腕にひっかき傷があり、血がにじんでいる。だがにじむ程度で、傷は浅い。
「……そいつ、死んだのか?」
かたわらに横たわるのは狼。目を閉じて意識がない。
父親がのっそりと近づいてきた。
「気を失ってるんじゃないか。血が出ていないだろう?」
アランはそっと狼に触れ、体をあらためる。
血は、しっぽの周辺に少量ついているだけだった。
父親がうっすらと笑う。
「いい腕だな」
アランは赤面し、うつむいた。
「これでなんとかなったのか?」
ロイが問うと、彼はうなずいた。
「魔力は中和されたはずだ。この狼も、しばらくたてば目を覚まして正気に戻るだろう」
ロイはナイフを手に、さっと立ち上がった。狼と距離を取る。
「じゃあさっさと戻んぞ! こいつが起きて、またおそわれたらたまんねぇ」
「あ、うん。でもあの小屋の人に報告しなくていいのかな」
「ああ? またかよお人好し! ならあんただけいけよ。俺は帰る」
「えっそれは困る! えーっと、どうしよう……」
「私も、もう帰った方がいいと思う。弾はないんだろう? 君は充分仕事をした」
父親の静かな声は、アランに落ち着きを与えた。
かがんで、自分の荷物を背負う。
横たわる狼をそっとひとなでし、ロイの後を追った。
町までは難なく戻ることができた。
父親は、町まで一緒に下った。
彼だけでも転移で戻るよううながしたが、「もう魔力がない」と言い、ろくな装備もないままでひょいひょいついてきた。
彼の言うことが本当かどうかは、判断がつかなかった。
「ありがとうございました。本当に。またあらためてお礼にうかがいます」
「それはやめてくれ。きりがない。礼ならナイルに言っておいてくれ」
彼のきっぱりした物言いは、本気でそう思っていると感じさせた。
彼と別れて依頼主の元へ行く。
ロイは愛想と、憐憫の情をかき立てるような物言いを駆使し、危険手当を割り増しさせた。
アランは口を挟む隙もなかった。
当初の予定通り、報酬の半分をロイに渡す。
その後ロイに促され、飯屋に入った。
葡萄酒をそれぞれに、大皿料理を二皿頼んだ。久しぶりの酒と料理にアランの顔がほころぶ。
(ナイルもいれば良かったんだけど)
まだ寝ているのだろうか。近いうちに会いに行かなければならないだろう。報酬の半分はアランがあずかっているので、そちらも渡す必要がある。
ロイは慣れた手つきで肉を切っている。
アランは首元からスカーフを外した。
「これ、ありがとう。洗って返すから」
「あ? いらねーよ。ボロボロじゃねーか」
アランは苦笑する。ロイの言う通り、汚れや破れが全体的にある。草むらの中を移動したので、枝などがひっかかったのだろう。有難くいただくことにした。
「ロイは、この後どうするの?」
「部屋帰って寝る」
「いや……それもそうなんだけど、明日以降の話……」
ああ、とロイはつぶやく。
葡萄酒のカップをもてあそびながら、しばし沈黙。
「……とりあえず、もう少しあたたかくなるまではこの辺にいる」
「そっか。良かった」
アランは笑顔で付け合わせのポテトを頬張った。
ロイは旅人だ。いつまで同じ所にいられるかわからない。けれどしばらくは大丈夫のようだ。
ロイがおかわりした葡萄酒を飲み干し、料理もきれいに空になったところで席を立つ。
「ごめん。折半でいいかな? ほんとならおごりたいところなんだけど」
アランは苦笑いしながら袋の硬貨を数えると、ロイは懐から紙幣を取り出した。
「いらない。貧乏人から取る趣味はない」
それを店員に渡すと、さっさと店から出て行った。
「え……ちょっと! ロイ、おつりー!」