5.彼の疑惑
息を切らせて二人に追いつくと、青年がロイに詰め寄っているところだった。
「その袋の中を見せてくれ。うちにあったものがまぎれているかもしれない」
「何のことですか? あなたへの荷物を出しただけで、入れたものなんてありませんよ」
青年は、勢いよく行ったわりに冷静な口調だ。しかしけわしい表情は変わらない。
ロイは困ったような表情で言う。
「もう一度戻って確認してみたらどうですか? 勘違いかもしれませんし」
「魔石が外に出ればわかるようになってるんだ! 勘違いなわけ———」
青年はそこでハッとしたように口をつぐんだ。
(……魔石?)
魔石は、魔力を蓄えるための石だ。
魔術師がそれに魔力を込めれば、それ以外の者でも込められた術を使うことができる。
とはいえ魔石自体が高価であるし、そもそも魔術師が貴重だ。一般に出回るものではない。
(貴重なものが、なくなったのか? オレたちがいた間に?)
そんな貴重なものなら、どこかわからない所しまってあるだろう。少なくとも、アランはそれらしきものを見た覚えはない。ロイは部屋の中を熱心に見ていたようだったが———。
アランは立ち止まり、二人と一定の距離を取ったまま立ち尽くす。
(まさか……そんなことないよな?)
あんなに狭い部屋で、何か違うことをすればすぐにわかるはずだ。しかも滞在していた時間はほんのわずかだ。
ロイが背負っていた袋を降ろし、口を広げた。青年がのぞきこむ。
その様子に、アランはほっとする。やましいことがないからこそ、堂々と見せることができるのだ。
中を確認した青年は、元通りに袋の口を閉め、「申し訳なかった」と謝罪した。
ロイは表情を緩めると、小さくうなずいた。
その時。
少し離れた前方、木の間から何かが飛び出してきた。
「まずい……!」
ロイが腰からナイフを抜き取りかまえる。
そこには一頭の狼がいた。
まだ至近距離ではないが、立ち止まり、二人を見ている。
アランは銃をかまえ、天へ先を向けた。
引き金をひく。
ガァンという音が長く響き、鳥のはばたく音が聞こえた。
ロイがアランを振り返ったが、アランはすでに斜め前方へ銃身を向けてかまえている。二人からはそれる方向へ。
狼は一瞬ひるんだが、すぐにこちらへ向けて走り出した。
「逃げろ!」
アランは銃をかまえたまま、二人に言い放った。が、狼の方が早い。銃で狙えば二人に当たってしまうかもしれない。
「アランさん!」
聞き覚えのある声と同時に、顔前に子供の顔が現れた。
そのまま首にしがみつかれ、とっさに引き金から手を離す。
次の瞬間、あたりが真っ白になった。
「痛っ」
背中に衝撃をうけ、アランはうめいた。
腹部にやわらかい重みを感じながら目を開ける。
目の前に、見知らぬ少年の顔があった。
「うわっ!」
思わず上半身を起こすと、腹部から重みが移動する。黒髪の後頭部。
「えっ、ナイル!? どうした!? ちょっと!」
ごろりと横に転がり、目をつむったまま寝ころんでいる。胸元が上下しているのが確認できた。
「あー大丈夫大丈夫。寝てるだけ。そのうち目ぇさますから」
きれいな顔に似合わぬ低く荒い口調で、少年が言った。
アランはこちらを見下ろす少年へ目を向けた。
大きくはつらつとした目。ウエーブがかった金髪が耳の辺りまでかかっている。細いががっしりとした手足から、活発さがうかがえる。服装は冬だというのにかなり薄着だ。年はアランより少し下くらいだろう。
「君……誰?」
アランが探るように問うと、少年は頭をかいた。
「あー、そうか……。あんたの方は知らないもんな……。こいつの兄だ」
ナイルを指差し、言う。
「えっ、似てない」
思わず言ってしまい、慌てて靴をつぐむ。少年はニコリと笑った。
「よく言われる!」
その姿は明るく、冷静なナイルとは正反対だ。けれど人を惹き付ける笑顔は、どこか似ている気がした。
アランは周囲を見回す。
広い、整頓された部屋である。
木製の戸棚は扉がつけられ、中には食器が並んでいる。床には敷布、かたわらの暖炉は赤々と燃え、ソファや机が置かれている。窓には所々木彫りの置物があった。雰囲気も気温もあたたかく、居心地のいい部屋だった。
視線を隣にうつす。
ナイルは目を閉じたまま、身じろぎもしない。
「……ナイルは、魔術師?」
ぽつりと独り言のようにアランは言った。
突然現れたナイル。白い光。そして今の見覚えのない場所。
うーん、と少年は頭に手をやった。
「こいつには、ほとんど魔力はない。けど、すごい勉強して、転移だけは使えるんだよな。でも無理してっから、使った後はしばらく起きられない」
「そうか……」
アランは眠る子供をながめる。
転移。魔術にうといアランでも知っている高等技術。習得にも使用にも相当の負担になることは想像できた。
アランはそっとナイルの頭をなでた。起こさないように少しだけで手を離す。自分の手を何となくながめて、ハッとする。
「銃! ロイ!」
思わぬ大声が出てしまい、慌ててナイルを振り返る。
いまだ微動だにしない。
「そんぐらいじゃ起きねーから」
少年があっさりと言った。よくあることのようだ。
まるで緊張感のない様子に、アランは先程までの出来事がうそのように思えてくる。
「あの……オレの銃、知らない?」
「あれは向こうに残ってる」
ナイルが現れた時に、手を離してしまったからだろう。なくなったわけではなく、ほっとする。
「戻らないと……。あの山まで、ここからはどのくらいあるの?」
アランの問いに、少年は苦い顔で頭をかいた。
「とてもじゃないけど、歩いて戻れる距離じゃない」
「ええっ!? そんなっ」
アランは立ち上がると、窓辺に寄った。
そこに見えるのは、広大な牧草地と広い空。
「……どこ、ここ」
町でも村でも見たことのない風景に、アランは呆然とする。
そこへ、のっそりと大柄な人物が現れた。
茶色い短髪に、がっしりとした顔の輪郭と細い目。体にぴったりとした服は猟師のようだが、そのわりには筋力がついていない。
「親父」
少年のつぶやきを聞き、アランは本日二度目の感想を持った。
(似てない)
父親は、アランの方へ近づくと、腰を落とし、目を合わせた。
「ナイルが世話になっている。迷惑をかけてすまない」
アランは窓辺に向けていた体を反転し、父親へ向き直った。
「お世話なんて、こちらの方がかけてます! ナイルは良き仲間です!」
父親はうっすらと笑うと、アランの腕をとり、一緒に立ち上がった。
「私が君を元の場所まで送ろう。ルポ、頼む」
父親は少年に目を向けた。
ルポは眉を片方下げた。
「えー? おれ、場所正確にできないけど」
「私がコントロールする。銃があちらにあるんだろう?」
「ああ、そっか。なるほど。わかった。じゃあそれで」
ルポは納得したようだが、アランは事態が把握できない。
「あの……送るって、どうやって? 銃が何か関係ありますか?」
二人はきょとんとした表情でアランを見、次いでルポが笑って言った。
「親父も転移の魔術が使えるんだよ。だから、それで元の場所まで飛ばすってこと」
「ええっ!?」
たいしたことがない風に言っているが、相当大変なことだ。魔術を使える者がこんなにそろっているなんて。
「私も行ってフォローする。大丈夫だ」
父親がそう言ってくれたが、アランの驚きはそこではない。
しかし今は、ロイ達の様子を確認するのが先だ。
「お願いします」
アランは頭を下げた。