4.目的地へ到着!
その後何度かの休憩をはさみ、目的地に着いた。
樹林帯を人工的に切り開いたその空間に、小さな小屋があった。屋根には煙突があり、細く煙が上がっている。人がいるのだと分かり、アランはほっとした。
ロイはドア付近まで来ると、窓から中を確認した。
「……入らないの?」
「急には入らない。むこうも警戒してるだろうしな、こんな所じゃ」
アランもロイの背後からのぞきこんだ。
小さなテーブルと二脚の椅子。向こう側の壁際に棚があり、さまざまなビンが置かれている。食料や薬らしきもの、よくわからない石などもあった。人の姿は見えない。
「寝てるのかな?」
ベッドは見当たらないので、死角にある位置に置いてあるのかもしれない。
ロイは振り返ると、耳元でささやいた。
「一応、弾入れとけ」
アランはぎょっとしてロイの目を見る。
「念のためだよ」
ロイは表情をやわらげて、小声で言った。
三回ノックし、ロイが声をかけた。対外用の、明るい口調の声だ。
しばし待つが、返事がない。
再度ロイが声をかけたところで、背後から気配がした。
「……何をしている? 誰だ?」
アランはとっさに銃に手をやった。
振り返ると、ひょろりとした青年が立っていた。
山で会うにしては薄手の服装で、アランとあまり差がない。けれど彼の方が、服にすり切れがあったりと、粗末な格好をしている。表情は疲れているようだった。
(この人が、家の主か……?)
アランの疑問と同時に、ロイが言った。
「こんにちは! こちらの家の方ですか?」
にこりと笑うロイを見て、青年は一瞬目を見開き、次いでこくりとうなずいた。
ロイはアランを押しのけ、男性の前に立った。
「それは良かった! 荷物を届けるよう依頼がありまして———」
にこにこと愛想良く事情を説明するロイに、アランは呆気にとられてたたずんでいた。
中に入ると、彼はアラン達に椅子に座るようすすめ、自身は茶の用意を始めたようだった。
とはいえ、椅子は二脚しかなく、ロイは自分はいいからと固辞し、ブラブラと室内の様子をながめている。
アランは銃を壁際に立てかけ、しっかりロックをした。かごはテーブルの脇に置いた。
青年は木のコップを三つ盆に乗せて運んできた。立ち歩いていたロイが、それに合わせて戻ってくる。茶は独特のにおいがした。
「薬草茶だ」
青年は言いながら一口飲んだ。
例を言い、アラン達も茶を飲む。味は独特で、慣れるには時間がかかりそうだった。
「それで、荷物はどこに?」
「あ、はい。ここに。主に衣類なんですが」
アランとロイは自分の袋から出し始める。
コート、ズボン、手袋など防寒アイテムが八つほどと、野菜や肉などを干したもののビン詰めが少々。それから封筒。封がしてあり、おそらくいくらかの紙幣が入っていると思われた。
「確認の上、受け取りのサインをお願いできますか?」
アランはナイルから預かった紙を取り出し、机に置いた。書面には、依頼主、依頼内容、荷物の内容が書かれており、末尾には日付と署名欄が確保されていた。
字はいつもより丁寧なナイルの字だ。
青年は紙面をながめると、じっとアランを見た。
「何か、不明な所が?」
「いや、しっかりした文書だと思う。君が書いたのか?」
「いいえ。仲間の一人が。今はいないですけど」
「そう」
それきり青年は黙ると、書面にペンを走らせた。羽ペンで、そこそこ値の張りそうなアイテムだ。
書名をしてもらった書類を受け取り、アランはほっと息をついた。一段落ついた安堵感で、周りを見る余裕が出てきた。
スペースの割に物が多い。棚の他に、木箱などもいくつか積み上げられている。窓や天井には、植物とおぼしき物が吊られて、カラカラに乾いていた。
ロイは変わらず熱心に室内の様子を見ていた。
「あの……ここでの生活は大変ではないですか? 特にこの時季は食料もないですし」
アランが言うと、青年は意外そうに目を見開いた。
「まぁ……楽ではないけど、仕事柄、山にいる方がいいから」
「そうですかー。何のお仕事ですか?」
「アラン」
質問を遮るようにロイが言った。
珍しい名前呼びにびくりとしてアランが振り返る。
ロイは真顔で言った。
「もうそろそろ行こう。天候が崩れる前に」
「あんた、余計なことに首つっこむんじゃねーよ」
青年の家が見えなくなった所で、ロイが言った。
アランは苦笑する。
「ごめん。やっぱり聞いちゃいけないことだったかな」
「わかってんなら気をつけろ」
誰もいない山奥で一人でする仕事というのは、かなり特殊な物だと想像がつく。
周りに害を及ぼすかもしれない危険なもの、もしくは機密に関わるものという可能性が高い。青年の場合は、後者なのではないかとアランは思う。学者なのかもしれない。
軽くなったかごを背負い直し、念のため銃もしっかり持って歩く。
帰りは下りなので、行きよりは時間がかからないはずだ。身体的にも精神的にも楽な気持ちになった。
「おい! ちょっと待て!」
ふいに後ろから声がして、アランは足を止めた。
先程の青年がけわしい顔でこちらに向かってくる。アラン達が渡したコートを羽織っているが、急いで着たのか微妙によれている。
「どうしたんですか? 何か忘れたことがありました?」
アランが聞くと、青年は一瞬言葉に詰まる。が、けわしい顔のまま言った。
「あんた……うちにあったもの、持って行ってなんかいないだろうな?」
「え?」
アランはぽかんとする。
なんのことだかさっぱり分からず青年を見上げるしかない。
青年は気まずげに視線をそらした。
「そうだよな……あんた、そんな感じじゃないもんな……」
つぶやき、ハッとして顔を上げた。
「あいつか!?」
言いながら、アランの背後に目を向ける。
アランは自分の後方を振り返った。そこにいるはずのロイの姿がない。
青年はアランを押しのけて道を下り始める。その早さは並ではなかった。
「ちょっ……え? 何!?」
アランは青年を追って、自分のできるだけの速さで下り始めた。