2.分け前会議
「今度の仕事は届け物の依頼なんだ」
アランは職業斡旋所から得た情報を話しだした。
依頼主は町に住む年配の女性。
山の奥に住む息子に届け物をしてもらいたい。
その息子が受け取った証拠になるものを持参し、女性の元へ戻れば報酬が支払われる。
「自分で行けばいーじゃねぇか。そのばーさん」
「もう年で山へは厳しいんだって。特にこの時季は」
「ならせめて時季ずらせよ」
「ロイさん! ちょっと確認したいことがあるので、僕話していいですか!」
文句を言うロイに割り込み、ナイルが言った。ロイは不機嫌ながらも、言われた通りにナイルへ譲った。
「いくつかあります」
言いながら、自分の皮袋から黒板とチョークを取り出した。
「まず、場所はどこか。品物はどういうものか。それから、証拠品は具体的にどういうものか。いつまでに届ければいいか。報酬はいくらか」
質問項目を黒板に書いていく。スラスラと書かれた字は達筆だ。
アランもかろうじて読み書きはできるが、とても人前で見せられる字ではない。
ロイは腕を組み、小さく眉をひそめて黒板の字とナイルを交互に見ている。
「……それによってルートをどうするか、装備は何が必要か考えないといけません。それから、報酬の分配率も」
「5・4・1」
ロイが簡潔に口をはさんだ。
アランは意味が分からずきょとんとする。
ナイルが苦々しげに言った。
「あなたが5……半分の取り分ですか?」
「そう」
「ああ! そういうこと!」
アランは合点がいった。しかし、その率は不公平だ。
「1はナイルってことだよね? それは少な過ぎ! 2か3はあげようよ」
「じゃ、5・3・2」
「なんでですか! アランさん減ってますよ!」
「いいよ。オレは正直、ロイとナイルがいなきゃどうにもならないし」
「4・4・2!」
「ざけんな。主戦力がなんでお人好し素人と一緒なんだよ」
「ナイル。ロイは確かに主戦力だから、一番もらうべきだと思う」
三人の話し合いの末、ロイ5、アラン3.5、ナイル1.5の分配率になった。
ロイは話は終わりとばかりにあさってのほうを向くが、ナイルが引き戻す。
「まだですよ! 次は仕事の内容についてです」
先程書いた黒板の項目を指差す。
アランは持参した紹介状を開き、二人に見せた。
場所は町から出て西へ行ったところにある山の頂上近くの家だ。山と言っても日帰りで往復できる程度で、雪はいまのところ降っていない。品物は主に衣類。獣もいるが、人がいればそうそう出てくることはない。期限は今日を除いて三日後までに。
「証拠品については、受け取ったと一筆書いてもらえばいいって」
アランが話終えると、すぐさまナイルが聞いて来た。
「衣類はどのくらいの量ですか?」
「あ……ごめん。聞いてない。一人分だから、そんなにならないと思うけど……」
「本人は確実にいるんですか? 不在の時間とかないですか?」
「ごめん、わからない……」
二人のやり取りを、ロイは他人事のように聞いていた。
結局その日は時間がなくなり、後日依頼主の元へ詳しく話を聞きにいくことになった。
「俺はいかなくていいよな? 明日適当な時間にここ寄るから、そん時くわしいこと聞かせてくれ」
そうロイは言って、寒い寒いと文句を言いながら帰っていった。
アランは店主に、仕事を抜ける許可を取り、翌日ナイルとともに依頼主の元へ向かった。
年配の一人暮らしの女性で、杖をついてゆっくりと歩いている。
(これじゃ、あの山に着くまでは相当かかるな……)
アランはお茶を入れてくれる女性を手伝いながら、そう感じる。
「ありがとう。ごめんなさいね。お客様に……」
「いえ、こちらこそいきなり来てしまった上にお茶までいただいて……」
ぺこぺことナイルと二人で頭を下げると、女性は笑い声を上げた。
「いいのよそんなこと。でも驚いたわ若い人で」
三人でテーブルをかこみ、お茶を飲む。
食器が高そうで、アランは割らないかと気が気ではない。
隣のナイルは女性の話に相槌をうちながら、慣れた様子でティーカップからお茶を飲んでいた。
「じゃあ、早速仕事の話なんですけど……」
アランが切り出し、ナイルに視線を向けると、まかせてとばかりにうなずいて紙を取り出した。しっかりした木ペンを手に、女性へ話し出した。
女性は最初驚き、アランの方へ視線をやっていたが、徐々にしっかりとナイルへ目を向けるようになった。
ナイルは昨日話していた確認項目をテキパキと尋ね、紙に書き込んでいく。
ひととおり確認が終わり、ナイルはアランに不足はないかと確認してきた。
アランには不足だったようには思えず、むしろ自分が気付かなかった部分も聞いていたように思う。そう伝えると、ナイルは照れたように小さく笑った。
「しっかりしてるのね。今、おいくつ?」
十才です、と答えるのを聞き、アランは初めてナイルの年齢を知った。
(やっぱり村の子供とは全然違うな)
体型は村の子供の方が少し発達しているが、考え方や行動はナイルの方がずっと大人だ。
「えらいのね。お兄さんのお手伝いしてるのね」
女性にそう言われ、アランは笑顔で答えた。
「すごく助かってます」
女性の家を出た後、アランはナイルと別れて店に戻ることになった。
ナイルは準備のために家に帰るという。
「色々調べるので、戻ります。また夕方前に店に行きます」
「大丈夫? オレも何か手伝うことない?」
前回もそうだったが、頭脳労働に関してはナイルにまかせっきりだ。
正直、アランには苦手な部分なので助かるが、、子供に負担をかけ過ぎな気がする。
ナイルは笑いながら首を横に振る。
「大丈夫ですよ! これが僕の役割です。僕は実際の仕事には行けませんから、それまでにできる限りのことをします」
そう、とアランは笑い返すが、心中は複雑だ。
ナイルが無理をしているとは思わない。ただ、ナイル自身もわからないうちに負担になっていることはないかと心配になる。
「さっき……今回の依頼主のところに行ったとき」
ナイルが珍しくうつむきかげんでぽつりと言った。少し頬が赤く見える。
「すごく助かってるって言ってくれて……うれしかったです」
上目遣いにほほえむナイルに、一瞬目を奪われる。
きれいな子だとは思っていたが、笑うと益々目をひく。将来はさぞかし女性が集まってくるだろう。
(いや、男女問わずかも……)
ナイルの未来を想像し、アランはぞっとした。
「ナイル! いくら頼まれたからって、ほいほいついていったらだめだよ! ちゃんと、信頼できる人かどうか確認してからだよ!」
「え? あ、はい、もちろん……アランさんは信頼できる人だと思って一緒にいますけど……?」
「オレのことはいいから! 他の人のこと!」
「あー、……ロイさんですか? まぁ確かにあの人は……」
「ロイは大丈夫だよ。いい人だから!」
「……アランさんが何を心配してるのか、今わかった気がします」