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1.はじまりはじまり

 村の朝は早い。

 アランはのそのそとベッドから降りると、服を着る。

 外はやっと日が昇ったばかりで肌寒い。せめてもと襟を立てた。

 

 寝室を出て、小さな台所に向かう。

 かまどに薪をくべて、火をつける。

 温まるのを待つ間に、庭にいる鶏から卵を二つ、樽から鍋へミルクを二人分注いだ。室内に戻り鍋をかまどにのせ、卵を割り入れミルクと一緒に煮立たせた。

 

 それが温まる頃、父が起きだす。

 昨日の残りの平たいパンと、ミルクの朝食を食べる。

「今日も行くのか」

 父が手元のパンを見ながらつぶやく。

 アランは努めて明るく答える。

「行ってくる。人手が足りないらしくてさ」

「そうか……。あまり無理はするなよ」

「わかってるって。父さんこそ、畑やり過ぎないようにしなよ。オレもおばさんもいるんだから」

 おーと父は生返事をすると、ミルクをすすった。


 アランは町へ着くと、まっすぐに目的地へ向かう。

 村から徒歩で一時間ほど。森や林を抜けた先、壁に囲まれて町はある。

 壁の内側は、村とは全く違う活気にあふれている。

 

 走る馬車、通りを行き交う人々、軒に連なる商店、荷を積む者降ろす者、かすかに香るパンのにおい。

 服装も、アランの着ている地味で薄手のものとは違い、色味があり、丈夫そうだ。特に靴は、底のしっかりした物が目につき、アランはじっと見てしまう。

(金が貯まったら買えるかなあ)

 つらつらと考えつつ、アランは歩いた。

 

 ほどなくして、目的地に着いた。

 レンガ造りの建物は、その近辺ではかなりの大きさだ。通りに面しているので表庭はないが、裏にはちょっとした広場があることをアランは知っている。

 アランは表から声をかけた。

「おはようございますー。今日もよろしくお願いしますー」

 明朗な声は、中にしっかりと届き、はーいと返事がした。

 足音の後、目の前のドアが開いた。


「アランさん! おはようございます」

 現れたのは、子供だ。

 中性的な顔立ちに、全体的に細く小柄な体。けれどぱっちりした目や質のいい短い黒髪は、健康さを物語っている。

「おはよう。ナイル。でも、早くない?」

 アランは少し意外そうに聞いた。約束では、昼頃に会うことになっていたはず。

「今日はおじさんを手伝うことになったんです」

 ナイルの表情は変わらないが、口調が弾んでいるのをアランは感じ取る。

「そっかー。じゃ、オレも負けないようにがんばらないとな!」

 アランの言葉にナイルは、がんばって手伝います、とまじめな顔で言った。


 アランは店主の指示に従い、荷造りを始めた。

 山と積まれた品物——主に穀物や野菜——を麻袋に入れ、計量し、所定の位置に積む。ナイルはその数量・種類等を記録していく。

(相変わらず、しっかりしてる)

 ナイルの仕事ぶりに、アランは感心する。

 

 ナイルの年齢は多分十才位だろうアランは推測している。

 学校へ行っているという情報、にも関わらずこうして度々手伝いに来ているということは、低学年。高学年になると遠方にしか学校はなく、寮生活になるからだ。

(まあオレは行ったことないんだけど)

 アランは学校へは行かず、教会で計算や読み書きを習った。村では大抵がそうだったし、中にはそれすらもできない子もいたので、アランは不満に思ったことはない。ただ、違いを感じるだけだ。

 

 ふと、ナイルと目が合った。

 ナイルは小さく笑い、また記録に戻った。

 アランとナイルは、以前ここの店主の依頼仕事の時に知り合った。

 それは大口の仕事で、何人かの日雇い者達が集まっており、その中にアランもいた。店主の手伝いに来ていたナイルと、労働者の一人とのちょっとしたイザコザを仲介したのがアランだった。

 その縁で、人手が足りない時は、優先的に声がかかるようになった。


 午前の仕事が終わり、昼休憩に入る。

 アランは裏口に回った。冷気を感じ、首をすくめる。襟を立て、服の前をきっちりしめ、風の当たらないひなたを探し、そこに座った。

 近くからスープの香りがした。

 アランが持参した昼——パン、チーズ、干し肉——を取り出したところで、ナイルが現れた。両手に椀を持っている。

「アランさん! これどうぞ」

 椀から湯気が立ち、中には野菜たっぷりのスープが入っていた。

 アランがありがたく受け取ると、おばさんからです、とナイルは言い、アランの隣に座った。

 

 ナイルはフーフーとスープを冷まし、慎重にすする。熱いのか一瞬顔をしかめ、けれど二口目にはほっとしたような表情になった。

 アランもスープを飲む。寒い外気に熱い液体がしみる。

 しばらく食事に集中し、アランが干し肉をおすそわけした後、ナイルがぽつりと言った。

「……あの人、来ますか?」

「来るよ。大丈夫」

 アランは明るく笑う。ナイルは不安げなままだ。

 その後食器を少量の水で洗い、中へ返却し、しばらくぶどう水を飲みながら体を休めていると、その人は現れた。


「やあ、おまたせ」

 端正な顔にほほえみを浮かべ、青年が立っていた。

 銀色の短髪に、スラリとした体。しっかりした生地の服に毛皮のついた防寒着。腰には短剣がつるされている。紐のついた大きめの皮袋をななめがけしていた。

「ロイ! ありがとう、来てくれて」

 立ち上がるアランに続き、ナイルも立ち上がった。

 けれど二人の表情は対照的だ。

 うれしげなアランに対し、ナイルは怒っているような無表情。

 

 ロイは周りをぐるりと見回し、人がいないことを確認すると、皮袋をドサリと地に置いた。

「なんでよりによって外なんだよ」

 笑顔を一変し、不機嫌顔でロイが言う。

 アランは苦笑した。

「ごめん。中は商品があるし、ここの方が落ち着くから」

「こんな寒いところが落ち着くって? よっぽどいい服着てんだな。そうは見えねーけど」

(この人も相変わらずだなー)

 

 ロイとはナイルに会う前、大人数の仕事の時に知り合った。

 その際のロイの器用さや武術の腕に感動し、その後なんとか縁をつなげ、チームを組んで仕事をすることになった。

 なかなか曲者だとわかったのは、初回の仕事が終わった後だった。

 そこで縁が切れるかと思ったが、なぜか今回につながっている。

(たぶん、ナイルのおかげだろうなあ)

 初回の仕事で、ナイルに手伝ってもらったのだ。戦力にはできないが、事前の情報収集などで随分助けてもらった。

 詳しいことは全く分からないが、ナイルは特別な子供のようだ。育ちの良さは、言動などからアランにも推測できる。ロイはそれ以外の何かを察しているようで、ナイルとの縁をつなぐためにアランと一緒にいるのだろう。

 

 ナイルは、ロイに無表情の顔を向けた。

「ロイさん。なぜいちいち和を乱すような言い方をするんですか? しっかりした物言いもできるのに、なぜ?」

「しっかりする必要がある時はする。今は別にいいだろが。ガキんちょと、ちょっと運動神経いいだけの素人しかいねぇし」

「ありがとうー」

「アランさん! ほめられてませんよ!」

「運動神経いいって」

「ちょっとだけな」

「だから何でいちいち人が不愉快になるようなことを!」

 そんなやりとりをしばらくした後、車座になり本題に入った。

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