#9
「では今から家に行きますので馬車を貸して下さい」
「は?俺は行かないよ」
「それは解っています。ただ荷物を運ぶには馬車が要りますよね」
バタバタバタ
「えー嫌だよーこんな所で寝たら風邪引いちゃうよ、死んじゃうよ。無理ー」
ハァ子供が駄々をこねるように手足をばたつかせている。それと僕達はそんな場所で野宿させられているんですけどね。
「家の馬車で持って来れば良いじゃん」
「仕事で使ってますので、多分空きの馬車は無いと思いますよ」
「俺の家の馬車も親父達が使ってると思うぞ」
「そうだ。これ貸してあげる」
見た目が地味な茶色の鞄を受け取った。
「その鞄、名前もデザインも糞ダセーけど、食料なら数か月分は余裕で入るから」
「嘘つくなよ、こんな小さい鞄に食料が数か月分も入るわけねーだろ。小人用の食料か?」
「えっお前小人見た事あるの?」
「だー見た事ある訳ねーだろ、例えだ例え、真顔で聞くな馬鹿にしやがって糞」
クデロペが文句を言いながら鞄に手をいれた瞬間、クデロペの顔が強張り鞄の中をごそごそしている。何か変な物でも有ったのかな?
「何だこれ。底がねーぞ、アマネそこのスコップ取ってくれ」
鞄の底が無い? 穴でも開いてるのかな。
鞄にスコップを入れると鞄より長いスコップがスーッと入って行った。
「クデロペ何したの? 手品? 僕にも見せて」
鞄の中を覗くと暗く中が見えない。手を入れると確かに底が無い。スコップも入った、鞄が破れているわけではない。そうか普通の鞄じゃなくて魔道具か。
「この魔道具の名前は何と言うのですか?」
「あんまり言いたくねーんだけど、これは『かなり入ります』って糞ダセー名前だ」
おっと、まさかそんな名前だとは思いませんでした。名前と言うより説明?
「おおーすげーどんどん入るぞ。師匠これくれ」
「えー僕も欲しいです。下さい」
「アホか、やる訳ねーだろ。名前もデザインも超絶ダセーけど便利だから使ってるわ」
便利どころの話じゃない。物凄い鞄だ物流の常識を一変させる恐ろしい物だ。
「これは何処で手に入れたのですか?」
「作った」
「はい?」
よく聞こえなかった、作ったって言った? な訳ないよね。
「だから『かなり入ります』は俺様と知り合いで作ったの。でそいつがこの名前とデザインじゃなきゃ嫌だって駄々をこねたんだよ」
は? なんて物を作ってるんですか。凄すぎる師匠も知り合いの方も。 それに師匠に駄々をこねる人が居たんですね。
「じゃあ作ってくれ」
「僕も作って下さい。お願いします」
「嫌だー。面倒くさーい、早く行けー」
ビシッ ゴロゴロ
ビシッ ゴロゴロ
デコピンで吹き飛ばし話を終わらせようとした。
「痛っ! これ父さんに見せても良いですか?」
「良いけど無闇に見せびらかせない方がいいよ。危ないからね」
「ありがとうございます。それでは行ってきます」
山を駆け下りて草原を走り家が有るスタンリの街へ向かって走る。
「師匠はとんでもない物を作れるんですね」
「とんでもない? 確かに物がいっぱい入って便利だけど、そんなに凄いのか? 師匠も危ないとか言ってたけど」
「危ないってもんじゃないよ、この鞄は何処にも出回ってないし、こんなに物が入る鞄が有るなんて知られたら持ち主を殺してでも手に入れようする人が出でもおかしくないよ。それだけ凄い鞄なんだよ」
「そりゃ危ねーな」
返事を聞く限り、クデロペはこの鞄を便利なだけと感じ、物凄い物とは感じてないようだ。僕が気を引き締めてこの鞄を守らないと。
馬車を引かずに走るのはとても楽だ。いつもは師匠を乗せた重い馬車を引きながら走っているから、余計にそう思う。
道中、魔物や盗賊などと出会う事も無く、スイスイ走りスタンリの街へ到着した。
「僕は食料とお酒を家かうちの店で調達します。クデロペはどうします?」
「俺も一度家に帰ってみるわ、後からお前ん家に行くから」
「みーつーけーたーーー」
遠くの方で声が聞こえ、砂埃を上げながら青いドレスを着た女の子がこちらに走って来る。
「げっ」
「うわっメイだよ」
爆走して向かって来る金髪の女の子はメイ・シャルデ・グリュンデル。彼女はこの国に居る四侯爵の1人グリュンデル侯爵のご令嬢で僕の2歳年上。僕とクデロペの幼馴染。グリュンデル侯爵より貴族、商人、冒険者の子供ではなく友として接して欲しいと言われている。
ダダダダダダー。
「とう」
パチーン、パチーン
メイは僕達に飛び掛かり左手で僕の頬を、右手でクデロペの頬をビンタした。これはメイのいつもの挨拶で、僕達は避けない。
「なっ、アマネは頑丈だから良いけどクデロペ何でアンタも痛がらないのよ」
「だって痛くねーもん。俺達は修業で毎日、お前のビンタの一万倍痛えビンタとかデコピンを喰らってんだよ」
腰に手を当てふんぞり返りながら答える。
「くっ、とりゃ」
ボコ。
「ば が お ば え ぞ ご は」
メイはクデロペの股間を蹴り上げた。クデロペは股間を抑え蹲って悶絶している。
「クデロペー大丈夫ですかー? 油断しすぎですよー」
でもこれは痛いですよね。蹲るクデロペの腰をトントンと叩いてあげる。
「修業してるわりには脆いわね。フッ」
メイは鼻で笑う。
「鍛えれるかーこんな所。アホ令嬢」
蹲りながら僅かに復活したクデロペが文句を言う。
「また屋敷を抜け出した来たの? 護衛も付けずに街中を歩くのは危ないって何度も言ってますよね」
「へっ。アマネは相変わらず口うるさいわね。これでも喰らえ」
両頬を引っ張られる。
「ごべんばざい」
「で、あんた達2人は婚約者の私と遊ばずに修業なんかしてるのよ。分かってる? 私もうすぐ王都の貴族学院に行くのよ。なかなか会えなくなるのよ」
「もうすぐって貴族学院行くって少し先じゃねーか。それに婚約者って、お前グリュンデル侯爵にそんな事絶対に言うなよ。聞かれたら俺達処刑されるわ」
「そうですよメイ。いくらグリュンデル侯爵が普通に接するように言われても、身分を考えないとメイは貴族のご令嬢、クデロペは冒険者の息子、僕は商人の息子」
メイは目をパチクリさせた。
「えっいつも2人は婚約者だってお父様には言ってるわ。そうね……確かにお父様は笑顔でしたが目は笑っていませんでしたね」
「頼むからやめろ、言うな」
うわー僕達、冒険に出る前にこの世を出されるんじゃないの。
「大丈夫よ何の問題も無いわ。お父様は私に甘々なので問題ないわよ。それにアンタ達2人は手始めよ。どんどん夫を増やして私は一妻多夫制で生きて行くの。ほーっほっほっほっほ」
手を口に当て高笑いをする。
「メイ、貴族学園に言ったらあまりアホな事言わない方がいいよ。グリュンデル侯爵にも迷惑かかるよ」
僕達がガックリと肩を落としたところでメイの護衛とメイドが迎えにやって来た。
「お迎えが来たぞ、俺達も荷物を取りに戻っただけだから。じゃあな、行くぞアマネ」
「うん。またねメイ」
「ちょっと、2人共待ちなさいよー」
護衛とメイドの人に軽く挨拶をしてメイに捕まらないようダッシュでその場を去った。