#4
『ねえねえ、今日家の中で肝試ししない?』
えー、楽しそう!
ノートに書かれた新しいメッセージに私は心が躍る。
『夜になって親が寝静まった頃に起きて、一人で家の中を探検するの! 楽しいでしょ! サキが用意したとびっきり怖い肝試しだよ☆
あ、でもこの事は親には絶対内緒よ? 知られたら監視の目が厳しくなっちゃうから。こういうのは隠れてやるからこそ面白いものだもん。
じゃ、今夜楽しみにしてて!』
わあ、サキちゃんが用意して今からドキドキしちゃう。
私は興奮を抑えられなくて思わずベッドの上ではしゃいだ。と、ドアの向こうから「ひかりー! 朝ごはん出来たわよー!」とお母さんが呼んでくる。私はハッと冷静さを取り戻し、「はーい」と返事をしながら急いで着替えた。
お母さん達には絶対内緒。
サキちゃんの言葉を心の中で復唱する。なるべくお母さん達にバレないよう頑張ろう、と決めたが、彼女の事を考えると思わず顔がニヤケてしまうのだった。
実は私は、座敷わらしと友達である。
私はずっと、座敷わらしなんて絵本の中の存在でしかないだろうと思っていた。いたとしても、こんな都会の家に棲みついているのも変だなって。そんな認識が崩れたのは、から一ヶ月くらい前の事。
ある朝起きると枕元に見覚えの無い紙が置かれていて、開くと手紙だった。私がビックリしたのは、その差出人がこの家に住む「座敷わらし」だった事だ。
『はっじめまして! 我が家へようこそ。アタシ、この家に長らくお邪魔させてもらってる座敷わらしですっ! サキちゃんって呼んでね。
最近やってきた君の事がずーっと気になってて、でもアタシ、ワケあって人間の前に姿を見せられないから、手紙で失礼させていただきました。話したかったら、手紙書いてアタシにちょーだい! 一階の納戸の隙間に入れといて欲しいの。じゃ、よろしく☆』
はじめは戸惑うばかりだったがだんだん好奇心が湧いてきて、私も手紙を書いて出した。紙がちょっと汚れていたから、使ってないノートに書いて納戸のドアの隙間に入れておいた。
『お手紙ありがとう! 私ひかりって言います、よろしくね。これからたくさんお話しよう!」
それから、私と座敷わらしの奇妙な交流が始まった。
サキちゃんは私にどうしても守って欲しい事を伝えた。それは、この交流の事を絶対にお母さん達に言わない事。サキちゃんの事も。どうしてって聞いたら、『あの夫婦は嫌いなんだよ』ってちょっと不機嫌そうな返事をしたの。よく分からなかったんだけど、取り敢えず納得した。
サキちゃんとの会話(っていうより、文通っていうのかな)はとっても楽しくて、それから私達はほぼ毎日ノートを送りあった。相変わらず顔を見せてもらう事は出来ないみたいだったけど、サキちゃんの事を想像するといつも胸がワクワクする自分がいた。
「ひかり、今日は随分と楽しそうね。何か嬉しい事でもあったの?」
「あのね、今日サキちゃんに――うぐっ、うぐっ」
「‥‥‥え?」
お母さんの表情が変わったのが分かった。私は必死にむせているフリをしてごまかす。お母さんが「大丈夫?」と心配そうに背中をさする。
「う、うん‥‥‥大丈夫だよ」
「そう、じゃあ話を戻すけど、そのサキちゃんって人は誰?」
「え、んんっと‥‥‥学校の友達だよ。そうそう! あの今度の週末、サキちゃんって友達から遊びに誘われてて」
「どこに?」
「どこにって‥‥‥えっと、イオンで買い物」
「本当? 本当に学校の友達?」
「本当だって!」
どうしたんだろう、何だかお母さんの顔が怖い。いつもとは違ってどこか動揺している様子だ。
「母さん、何をそんな慌ててるんだ。普通に友達と遊ぶだけなんだしいいじゃないか」
お父さんがお母さんをなだめてくれる。お母さんは「そうね」と落ち着くと、何も言わずに食事を続けた。食卓は急に会話がなくなり、空気が重たくなるのを感じた。
どうしちゃったんだろうと心配しながら、私も食事を続ける。頭の中にサキちゃんの事が思い浮かび、私は不安になってしまった。
ひょっとしてサキちゃん、何か良くない事情でも抱えているのかな?
でもノートはもう出してしまったし、今からサキちゃんに確認する手段はない。私はその後ベッドに入る時まで、お母さん達から妙な視線を受け続けた。特に何か聞かれたわけじゃないけど、お父さんと二人でヒソヒソと話していたり、どこか不穏な雰囲気だった。
ベッドの中で、私は今夜の肝試しの事を考える。私がボロを言いかけてしまったせいで、何か不吉な事でも起こらないだろうか? 何だか上手く寝れなかった私は、目をぱっちり開けたままぼーっとしていた。
真夜中になり、家の中が静寂に包まれた時。
ウトウトし始めていた私は、ドアに何か挿し込まれるような音に気付き目を開けた。続いて「コン」という小さなノックの音。私はガバッと起き上がる。
ドアの方へ近づくと、あのノートがドアの隙間から入れられていた。サキちゃんだ! と声に出しそうになるのをぐっと抑えて、私はノートを開いた。
『お待たせお待たせ、座敷わらしプレゼンツ、恐怖の肝試しの時間だよ〜! アタシがここに書いた指示に従って家の中を移動してね』
いつものサキちゃんの字を見て、私は何だか心が安心するのを感じた。
ドアをそーっと開けて、私は部屋の中を出る。一階への階段をそーっと降りて、玄関のところまで行く。電気は絶対につけない。サキちゃんの指示に従って私が辿り着いたのは、納戸だった。
普段は鍵がかけられている納戸だが、戸に触れると鍵が開いているのが分かった。サキちゃんへのノートをいつもこっそり出していたところだ。前から気になっていたけど、もしかしてここがサキちゃんの隠れ家なのかな‥‥‥?
不安とワクワクを同時に感じながら、私はそーっと納戸の中に入った。
バタン
後ろから音が聞こえて私はビクッとなる。振り向いても、そこにあるのは闇ばかり。手を伸ばすと、戸が閉まっている事に気付いた。
ビックリして戸を開けようとするが、上手く開かない。私は閉じ込められてしまった。
「う、嘘でしょ⁉︎ 助けて! 助けてーっ‼︎」
戸を叩きながら私は一生懸命叫ぶ。遠くの方から「どうした⁉︎」とお父さんの声が聴こえる。次の瞬間。
バリバリバリバリーン‼︎
どこからか鋭い音がした。ガラスが割れる音だろうか。お母さんの悲鳴が聴こえてくる。私は何が起こっているのか分からなかった。
「助けてーっ‼︎ 助けてーっ‼︎」
私は必死に叫んで、戸を叩き続ける。だがお母さん達には聴こえていないらしく、それどころか、私の声をかき消すかのようなものすごい音が聴こえてくる。「ガッシャーン!」と物が壊れる音、「ドンドンドンドンドンドン‼︎」と何かが叩きつけられている音、お母さんやお父さんの悲鳴。
サキちゃん! これが肝試しなの? 私怖いよ、やめて‼︎
私は泣きそうになりながら念じる。叫ぶのも辛くなって、耳をふさいで周りの音を聞かないようにする。
どれくらい経っただろう。やがて音が聴こえなくて、私はふと顔を上げた。頰が涙で濡れている。
辺りを見渡しながら、この部屋が凄く汚い臭いのするのに私は気付いた。カビ臭いっていうか、残飯臭いっていうか。どこからかハエの音も聴こえてくる。私は身震いした。
「ひかりちゃん」
女の子の声が聴こえた。私はハッと反応する。「サキちゃん⁉︎」ととっさに声が出ていた。
「ふふっ、大正解〜」
戸の向こうからご機嫌な声。間違いない、サキちゃんだ。
「アタシのとっておきの肝試し、楽しんでくれた?」
「‥‥‥そ、そんな、楽しむどころじゃなかったよ! 何よこれ!」
「ああ、ごめんね、ちょっと刺激が強すぎたかな。よしよし」
とうとう耐えられなくなって声を上げて泣いてしまう。戸の向こうからサキちゃんの声が慰めてくれる。私は泣き叫んだ。
「一体何が起こったの? お母さんは? お父さんは?」
「いやー、アタシがちょっとイタズラしたんだ。そしたらアイツら超怒りやがってさ。遊んでたら何か動かなくなっちゃった」
「えっ? どうして? 何でえ⁉︎ 私の、お母さん‥‥‥大事なお母さん、お父さん‥‥‥」
「は? 何それ」
急に声がトゲトゲしくなる。私は一瞬驚いた。
「アンタはあの女の腹から産まれたんじゃなくて、施設から引き取られたんだろ? あんな奴らに家族愛も何も無いじゃん。何言ってんの?」
「‥‥‥へ?」
「それにアイツら、本当はアタシの親なんだけど」
サキちゃんの言葉に、私は思わず息が止まりそうになった。
「え? サキちゃんの親? どういう事?」
「とぼけんじゃねえよ、クソが‼︎‼︎」
戸に強い衝撃を感じる。私は飛び上がる。サキちゃんは凄い勢いでまくし立てた。
「アタシが今までどんな思いしてきたのかも知らないでアンタ、よく呑気に生活出来るもんだよ‼︎ アタシなんかね、そこの汚ねえゴミ溜めみたいな物置の中でね、それこそわらしどころかタチの悪い悪霊みたいな扱いをズーーッと受けてきたんだから、あのクルクルパーな夫婦どもに‼︎」
「え? え? えっ?」
「教えてやろうか‼︎ アイツらがアンタを選んで引き取ったのはアンタが可哀想だったからじゃ無い! 顔が好みだったんだ! 可愛い顔のアンタ娘にすりゃ自分達の顔も立つからわざわざアンタを選んだ‼︎ そしてアタシを捨てた‼︎‼︎ アイツらは打算の事しか考えてねえんだよ‼︎‼︎‼︎
まあアイツらの魂胆はあながち分かんなくもねえさ! アタシがキモかったからな‼︎ アイツらロクに言葉も選ばないで全部ストレートに吐き出しやがった‼︎ アンタは失敗作だ‼︎ 頭が良くたって顔がグロいからヤダって‼︎‼︎ アタシアンタなんかより100倍も1000倍も勉強してるってのに、アイツらは何も分かんないでアタシを捨てた‼︎ そこにずーっとずーっと閉じ込めてたんだああああっ‼︎‼︎ ああああああああああああっ‼︎‼︎‼︎」
「さ、サキ、ちゃん、落ち着いて」
「うるせえ黙れこのクソアマが‼︎ ゴミが‼︎‼︎ 汚物があっ‼︎‼︎ アイツらがアンタに目ぇ付けてたりしなかったら、こんな事にはならなかったかもしれないのにいっ‼︎‼︎ 殺すぞオラァっ‼︎‼︎‼︎ あ゛あああああああああああああああああああああっ‼︎‼︎‼︎」
「私が大事にしてあげるっ‼︎」
私はほとんど無意識のうちに叫んでいた。戸を叩くのが止まる。私は息を吐きながら続けた。
「私が大事にする。全力で。あなたの顔が気持ち悪いとか、そんな事全く気にしない。だって私達は友達でしょ?」
「‥‥‥‥‥‥」
「あなたが私に手紙をくれたのも、純粋に私と話したかったからでしょ? 私、あの手紙もらって、ものすごく嬉しかった。文通とかした事なかったし、サキちゃんと話しているのが何よりも楽しかった」
「‥‥‥‥‥‥」
「サキちゃんにもうこれ以上辛い思いはさせない。私が約束する。だから、もう、やめよう」
最後の方はかすれたような声になる。私はうつむきながら戸の向こうで黙っているサキちゃんの事を考えた。
「無理」
サキちゃんがボソッと言った。
「アタシはじめからアンタの事好きじゃなかったから。早く頃合い見つけてこんなキモイ文通終わらせたいなってずっと思ってたもん。これでようやくケリつけられるからせいせいしてるわ」
サキちゃんの言葉に私は何も言えなかった。
「それに、アンタがアタシの顔を見てひるまれんのが一番嫌だしね。アンタが嫌悪しないわけないもん、アタシ分かる。顔だけはどうにもならないってもう分かってるの」
‥‥‥アレ?
サキちゃんの話を聞いていて、何か焦げ臭い臭いが辺りに立ち込めているのを感じた。ふと下を見てギョッとする。火がついていた。私は飛び上がった。
「サキ、ちゃん‥‥‥?」
「アタシね、もう耐えられなくなったの、生きるのが。もうこれから生きていける自信ないんだ」
サキちゃんの声が心なしかか細かった。
「でもまあ、良かったよ。最後アンタに言われてアタシ、初めて心が軽くなった気もするよ、ありがとね」
「‥‥‥‥‥‥」
「これでアンタがちゃんと死んでくれたら完璧だけどね。まあその心配はないかな」
「‥‥‥え?」
私は耳を疑う。火がどんどん辺りに燃え広がっていく。サキちゃんが笑った気がした。
「じゃあね、ひかりちゃん。死ぬまでずっと一緒だよ」




