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mad  作者: ataru
3/7

#3

 ある日俺は、奇妙な家を見つけた。

 一見するとどこにでもあるような普通の一軒家だ。二階建ての家で玄関や外構は綺麗にされており、見ると芝生の庭や駐車場もある。新築とまではいかないがそれなりに立派な(たたず)まいだ。

 俺が気になったのは、その家の玄関のドアが――(わず)かに開いていたのだ。

 ドアの向こうに見える闇に目が釘付けになる。見たところ電気がついている様子はない。人がいるかどうかは分からないが、今なら、あそこから中に入る事が出来る。

 深く考えるでもなく体が動いていた。なるべく足音を立てないように敷地に入り、ドアの陰に隠れて中の様子をうかがう。

 静かだ。今なら入れる。

 俺は付近に誰もいないのを確認してから、素早く家の中に入ってそっとドアを閉めた。


 金を探しに街を彷徨(さまよ)うようになったのは少し前の事からである。

 勤めていた工場が破産して、俺は首を切られた。慌てて他の職を探したが、高卒止まりの奴がポンと正社員に就ける訳もなく、俺はバイトやらパートやら雑用やらの仕事に追われた。だが俺みたいな奴への社会の風当たりは強いモンで、気付けばバイトも全部辞めてしまい、今は無職である。

 貯金はまだあるにはあったが、仕事を見つけない事には生活の安定は望めない。でも何だか次の職を探す気力も失せてしまって、俺はただ当て所なく街中をウロウロする事が多くなった。

 部屋の電気はつけないようにして、俺は忍び足で進む。廊下の突き当たりにドアがあって、開けてみるとリビングだった。一人暮らしなのか家具や小物は最低限の数しか置かれていない。でも部屋は綺麗に掃除されているようで、床には埃一つ落ちていない。

 それにしても、やけに静かだ。本当に誰もいないのだろうか。玄関のドアを開けっぱなしにして外出なんて、不用心なものだけど。

 念のため音を出さないように注意しながら、そっとドアを開けて部屋に入った。

「‥‥‥あ?」

 そこにあったものに、俺は思わず口をあんぐり開けた。

 小さなテーブルのような台があって、そこに一枚の紙が置かれていた。何か書かれている。何だこれ、と奇妙に思いながら、俺はそのテーブルに近づいた。


 私はここで人を殺しました


「は???」

 俺は突然の言葉に面食らってしまう。


 ナイフで刺しました 遺体はどう処理して良いか分からなくて この家に放置しています


 ここで貴方に会えた事を光栄に思います 突然の事で申し訳ないのですが これから貴方に遺体の処理をしてもらいたいのです


 俺は続きを読まずくるりと玄関へ戻ろうとする。でもそこで俺は妙な事に気付く。閉まったドアが開かない。

「‥‥‥くそ」

 鍵穴らしきものは見当たらない。まさかオートロックなのか。

 窓の方に走って開けようとする。でもどの窓もビクともしない。窓は全て()め殺しのものだった。

「‥‥‥っ」

 今更ながら頰を汗が伝う。俺はどうしたらいいか分からずあのテーブルの方へ戻った。紙にはまだ続きが書かれていた。


 処理といっても 警察に通報して欲しい訳ではありません 私はこの事をあまりおおごとにしたくないのです


 お手数ですが 貴方には私の指示に従って貰おうと思っています まだ向こうに説明書きがありますので 読んで下さい


 前方を見ると、そこには床の上にまだ何枚か紙が置かれていた。

 俺は唇を噛んで、もう一度辺りの様子を見渡す。

 部屋の中はごく普通のリビングだ。家具の色は白に統一され、フローリングの床は埃一つ落ちていない。窓の外のベランダからは眩しい太陽の光が注がれている。普通の住居だ。

 食卓の椅子とかで窓ガラスを割ればそこから脱出出来るかも、と考えたが、すぐに首を振る。状況が状況だ、窓を割って逃げるところを誰かに見られでもしたら、もっと面倒な事になるだろう。そして間抜けな事だが、携帯は‥‥‥料金不払いが祟って使えなくなった。

 ふと俺は、天井の上から何か機械が取り付けられているのを見つける。監視カメラだった。

 俺はため息をつく。どうやら強行突破は無理なようだ。この手紙(のようなもの?)を言われた通り読んでいくしかないらしい。

 とんでもない家にお邪魔しちまったな、と頭を掻きながら、仕方なく手紙を読んでいく事にした。


 まず こういう事になった経緯をお話しします

 私には夫がいました 夫は同じ職場の同僚で仕事もよく共にし 仲を深めるうちに結婚しました

 夫は仕事が出来て収入も高く 人が良くて他の同僚達からも慕われ でも彼は妻になった私の事をとても大事にしてくれました


 へえ、旦那さんがいんのか。俺には妻どころか友達だっていやしないから、羨ましいったらありゃしない。


 夫と私はいつも愛し合っていました 新婚旅行はグアムに行きました 仕事のない休日には 二人で他愛ない事を話し合い 笑い そしていつも一緒にいました


 仲睦まじい夫婦なんだな、と感心する。それにしても随分出来た旦那さんの様だ。俺もあやかりたいモンだよ。


 でも周りの人は決まって言うのです その人からは離れなさいと


 お? ちょっと風向きが変わってきたな。


 そんな人と一緒にいても 何も幸せにならない と口を揃えて言うのです 私は反論しました 違います この人は誠実な人です 一緒に居て不幸になるような人などではありません と でも皆は首を横に振るばかり


 ほう、夫に事情でもあったのか。皆から離れろって言われてるからに、何かヤバイ事があったんだろうな、と言う事は読み取れる。

 向こうにまだ紙が置かれていたので、そっちに向かう。


 同居する親にも相談しました 夫の両親は目を見開いて 息子がそんないわれを受けているなんて と心底驚いている様子でした

 ところが反対に 自分の両親は顔を曇らせるのです 何か理由があるのかと詰め寄ったところ 親は声をひそめて話します

 実はね あの男はね どうも他の女の人とくっついているらしいのよ


 あーーー、浮気か。昼ドラでよく見る展開だな、と俺は苦笑する。


 父親によると 仕事帰りにたまたま夫の姿を見かけたとの事でした その時彼は 若い女性と腕を組んで楽しそうに歩いていたらしいのです

 夫が帰ってきて、私は彼に問い詰めました 私の知らないところで何かやっているの と でも彼は口を堅くして 答えようとしません 仕方ないので 強引に携帯を奪って中身を見たら たまげました 知らない名前の人の着信記録があったのです


 どう言う事なの と泣いて喚いても 夫は黙ったまま とうとう堪えられなくなって 私は台所から包丁を取り出し 夫に襲いかかりました その腹に思いっきり 包丁の刃を突き刺してやったのです


 やってしまった と思いました 夫は泣きながら言葉にならない息を吐き その場に倒れます でもそこで 私は奇妙に思いました 彼の体から 血が一滴も流れないのです


 ん???

 俺は目を疑う。読み直してみたがこの文で間違いないようだ。でもにわかに信じられない。()()()()()()()()()()

 何だ何だ、旦那さんはプラナリアの化身とかだったのか。


 おかしい 夫はたしかに死んでいる でも血は噴き出ない

 驚愕しながら 私は包丁をしきりに振るいました でもどうしてでしょう 彼の体から 血が出ない


 何事かと二階から親達が降りて来ました 二人を見て口を押さえます あなた あなた一体 と言葉が震えています

 違うの 殺すつもりじゃなかったの と弁解しましたが 遂に私を指差して 警察に連絡してやる とまくし立てたのです 私は何が何だかわからぬまま 親達にも包丁を振るってしまいました


 そしたらまた変な事が起きました 彼等の体からも血が一滴も零れない たとえめった刺しにしても 腹を切っても 何もやっても 血が出ない 私は気がおかしくなりそうでした


 俺だっておかしくなりそうだよ。

 気付いたら歯ぎしりが止まらず、冷房はついていないのに体じゅうが寒い。

 考えてみたらおかしかったんだ、と俺は今までの事を思い出す。文脈的にリビングで刺したようだが、どこを見渡しても血の痕が見当たらない。いや、そもそもこの家、6人も住んでいるような形跡もスペースもない。

 視界が揺らいで来そうだった。


 訳が分からなくなって 私は包丁を放り出しました その時 左手首に僅かな痛みを感じました 放り出した拍子に切ってしまったようなのです 真っ直ぐな傷口からは赤いものが滲み出ていました

 震える手で包丁を持ち直し もう一度手首を ちょっとだけ切り裂きました 傷口が広がり赤い液体が出てきます 怖いくらい赤かった 私は悲鳴を上げました


 長くなって申し訳ありません 分かっていただけたでしょうか この通り 私は狂ってしまったようなのです 今まで私が信じていた世界は 実は現実でも何でもなかったようなのです

 でもまだ 目の前の事実を受け入れられない だから だから私は せめてもう一度確かめたいと思ったのです 私の信じていた事が正しかったのか

 その為に 私はこの手紙を書きました 玄関も敢えて開けたままにしました 外に出るのは怖かったし これなら誰かここに来てくれるだろうって

 貴方には遺体の処理もお願いしたいのですが それ以上に 私に確かめさせて欲しいのです 貴方を


「もうやめてくれ‼︎‼︎‼︎」

 気付いたら俺は声を張り上げ、手紙の束を引っ掴んでグシャグシャにしていた。

 何処からかドタバタと足音が聞こえ、俺は我に返った。やっぱり何処かに潜んでいたのか。俺は慌てて隠れる場所を探す。だがなかなか良さそうな場所が見つからない。

 リビングのドアがバンと開いた音がしたのと同時に、俺はクローゼットの中に飛び込んだ。

 しまった、足出しちまった。

 頭隠して尻隠さずではないが、これはマズイ。急いで足を引っ込めようとしたが、その動きが止まった。

 見えてしまったのだ。クローゼットの中に仕舞われていたものが。

 目の前に滑稽(こっけい)な顔が見える。遺体かと思ったら違った。人形だ。カーキ色の毛糸で編まれた頭にボタンの目が二つと茶色の糸で縫われた口。胴体には青い服が着せられ「19」というナンバーが記されていた。見ると奥にも似たような人形が置かれて、いや、無造作に積まれているようである。男の人や女の人、様々だ。

 俺がビビったのは、そいつらが――ズタズタに切り裂かれていたからだ。

「うわああああああああああああああっ‼︎‼︎‼︎」

 悲鳴を上げ、しまったと思った時にはもう遅かった。

 左足が何か硬いものでぶっ叩かれる。バン! バン! と鋭い痛みを覚え、俺は飛び上がる。その瞬間ドアが開け放たれ、俺は何者かに体を掴まれ、強引な力で引きずり出された。

 体勢を立て直す間もなく、俺は凄い勢いで床に叩きつけられる。全身に痛みが帯びる。

「かかった」

 女の人の声が聴こえた。

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