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G.S 星降る街の冒険者  作者: 柳雅
6/28

起.4


 食事時から少し外れて、食堂に足を運ぶ人も少なくなると薬茶を啜っていたティルトスがゆっくりと口を開き始める。



 「そろそろ人波も薄れてきたからいい頃かな。これから話すことは強制ではないし、ギルドを通した正式な依頼でもない。数年の付き合いを持つ冒険者の友達からの頼みだと思って欲しい」



 カチャッと湯呑が机へと置かれる際に、茶托とぶつかり小さく音が鳴った。

 あれほど溢れていた喧騒も、充満していた肉の焼ける匂いも既に薄まり、少なくともダグラス達が腰を掛ける空間には彼が好む苦々しい茶葉の濃い香りが漂っている。


 綺麗に片づけられた机の上には彼の物を除くとゴウダが頼んだ巨大なビアマグと果実酒が注がれた二杯のマグがそれぞれの手元に置かれているだけであり、物理的に四人の視線が交わる間を妨げるようなものは何も置かれてはいない。


 彼の言動に思い思いの休息を取っていた三人は、乱れていた姿勢を整えると瞬時に真剣な眼差しを送る。

 その様子に満足したティルトスは机の上に一枚の丸めた羊皮紙を取り出すと、横へと転がして中身を露わにした。



 羊皮紙の初めには貴族の物だと思われる焼き印が施されており、それに重ねるように漆黒の線が模様を描いていた。

 達筆すぎて読み解くのが難しいその文字を、目を細めて眺めていると隣から驚嘆の声があがる。



 「これはレイウマール家の家紋……か?」


 「正解だよ。これはグラシア地方の東部を治めるレイウマール辺境伯の直筆なんだ。ここまで来ればあらかた察しがついていると思うけど、僕たちはこの間の依頼で彼の方が抱える私兵団の数名と合同で森の調査をしていた」


 「それはご愁傷様で」



 全ての貴族に当てはまることではないが、その中の多くの者が身分を隠して冒険者ギルドへと様々な厄介事を運んでくる。

 大方は領地内に発生した魔物の駆除や不安要素を抱える地域の調査であり、冒険者の仕事から逸脱はしていない。

 それ故に、彼らが身分を隠して依頼を発注させたとしても、難易度と報酬が釣り合っているのならば冒険者ギルドはある一定の場合を除いてそれらを拒否することはできないのだ。


 ではなぜ貴族は身分を騙るという行為をしてまでも、冒険者へ依頼を発注するのか。

 それは面目上の問題があるからだ。


 貴族は少なからず私兵と呼ばれる軍事力を有してはいるが、魔物を狩猟する能力は低い。

 それは仕事の内容の多くが街の警邏や野党などの排除に傾いているからである。

 故に本来の業務の中で取れる訓練の時間は二足で行動する人種に対する戦闘の方法に比重を置き、それ以外の技術は蔑ろにされてしまうのは仕方のないことなのだろう。

 その私兵で魔物を討伐することが出来るのならば何も問題はないのだが、仮に失敗してしまった場合において事実を隠し通せずに噂が立ってしまえば、あそこの貴族が抱える私兵は役に立たないなどといった自身の名誉を著しく損ねる行為に繋がってしまう。


 魔物と戦うのには人を相手にするのとは別の技術と訓練が必要となる。

 踏み固められていない足場に見通しの利かない深い森林地帯での戦闘。

 あるいは山岳に足を取られながらなどの異常な環境に適応しながら人よりも能力の高い個と戦う技術。

 それは冒険者を除いては傭兵か、闇の中に潜む決して表の世界で口に出してはいけない集団しか有してはいない。


 宿屋の親父がわざわざ自分の調理場でパンを焼かずに、街で営業しているパン屋から大量に仕入れているように、自分たちの不得意な事に資金を割くよりは専門にしている集団に依頼する方が必要となる経費を削減し、下手を打ったとしても相応の金額を支払えば自身の所有物が傷つくことがない。


 故に貴族は名を騙る。

 それだけであるのならば、危険はあるが金払いの良い依頼だとも言えるのだが、彼らは基本的に己の身内の言葉でしか正誤を図ろうとしない。

 それは依頼を受注した冒険者が相手でも同様で、彼らが仕事を果たしたかどうかを確かめる術として、私兵を数人同行させるという形式を取る。それが冒険者にとって迷惑な事この上ないのだ。


 ある程度の実力を持ったものならば良いのだが、大抵の場合が重鎧を纏う足場の悪い道を自由に進むことが出来ない者が派遣されてくる。

 本来ならば二日で済む道程を五日掛けて踏破するという事もザラであり、それでいて小規模の夜営に対する知識も持たない事が多い。

 夜に活動する獣を警戒するために、大樹の枝で一晩を過ごそうかと冒険者が考えた矢先に、私兵が大量の資材を用いて盛大な炎を生み出そうとしたといった話は酒場で話される愚痴として尽くことがないほどだ。


 だからこそダグラスは口元を強張らせながらも僅かに歯を見せ、ティルトスに憐みの視線を送っていたのだが、彼はそれを一笑に附すと一度閉じた口を再び動かす。



 「君がそう捉えてしまうのも仕方のないことだとおもう。現に僕が知り合いの冒険者に同じ報告をされたのなら、同じ行動を取ってしまうことだろう。いや、それ以上に嫌悪の念を表したかもしれない」


 「だが、あいつらは普通の貴族のお抱え兵とは違っていた」


 「ん?それはどういうことだい」


 「信じられないだろうけど、レイウマール家の私兵は派遣された三人が全員、こちらの言う事を素直に聞いてくれたんだよ。それに装備も鉄製のプレートアーマーではなく、革製の胸当てに身体をすっぽりと覆う暗色の衣を纏っていた」


 「……実は貴族様って言うのは嘘っぱちで、本当は悪党の手先でしたーってオチか?やばいことをやらされてないだろうな?悪事の片棒を担ぐのは嫌だぞ」


 「その点は大丈夫だよ。この羊皮紙に書かれている紋章は本物だ。というかこんな品物を偽造出来る悪党がいるのなら、僕たちには手が付けられない存在だから逆に素直に従うべきだとはおもうけど」

 「そいつは違いない」



 声にはならない小さな空気が漏れるような笑い声をダグラスとティルトスの二人はいじらしくも顔を見合わせながら零す。



 「それで、東部の権力者がティルトスに何の用があるんだ?見たところ貴族様の個人的な依頼書だろ」


 「彼の方は僕とその仲間に森林地帯の更なる調査とある植物の採取を依頼されたんだ。君も見たことがあるはずだが、……この草花だ」



 服の内側から口を革紐で固く締められた、使い込まれていない新しい革袋を取り出すと、ティルトスは机の中央にそれを置いた。

 大きさは掌で包み込むことが出来るほど。花としては標準的な物だと推測できる。


 だが、ただの花にここまで厳重な包みをするものだろうか。

 貴族が欲しがる植物がそこらに生えている物ではないのだろうが、薬効の高い植物であっても積んできた花柄から上、特徴的な部位を持つのならばそれだけを持ってくれば事が足りるはず。


 注意を向けるのと同時に、視線が集まった事を理解したティルトスは静かに革袋の口を縛っていた紐を解き抜く。

 麻や木綿布と異なり、ある程度の固さをもつ革袋は口の部分を緩ませたまま自立をしている。


ダグラスとモッカは椅子から腰を浮かすと、その口から中を覗き込む。

 光の差し込まない革袋の中には暗闇が待っていると思っていたのだが、その期待は裏切られた。


 革袋の中には白い花が綺麗なまま咲いていたのだ。

 袋が倒れなかったのは僅かではあるが、丸められた土が引かれており、この花がそれに根を張っていたからだった。


 だが特筆すべき点は花の保存方法などではない。


 その花は確かに見覚えがあった。

 いや、この街の住人ならば誰もが見たことのある花である。


 名前は【輝星花】

 ある一定の周期で花を咲かし、真っ白な花弁を開くことで有名な二年草だ。

 その周期は星降り祭りと重なることから、星を降らせる輝きを持つ花とも呼称されている。いつもならばまだ蕾であるはずのそれが、革袋の中では悠然と花を咲かせているのだ。



 「星降り祭りの開催が早まったのは、お前たちがこの花を見つけてきたからか」


 「そのことに関しては間違いはないのだけれど、問題はそれだけではないんだ。いまから袋の口を少し塞ぐから、そのままのぞき込むような体勢でよく見ていてほしい」



 そっと小さな二本の腕が革袋の口を掴むと、覗き込むことをしてようやく花の姿を捉えられるほどまでに閉めていく。

 変化が起こったのはその瞬間からであった。



 「これは……」


 「光ってる?加工した魔力石みたいにそれ自体が発光しているというの?」



 それは季節の終わりに降る雪のように儚げで淡い物であった。

 吹けば消えてしまう、触れば失われてしまうほどの光度しか持ってはいないように思えるが、ただの白い花であるはずの【輝星花】は確かな明かりをその内側に灯していた。



 「ここまで来れば、僕がどうして君たちを呼んだのかは理解してもらえていると思う」



 ダグラスとモッカが普段の締まりのない顔から獲物を見つけた冒険者のソレへと変化したのを察したティルトスは、それ以上はいう事はないと言わんばかりに革袋の口を紐で縛り、懐へしまい込む。


 確かに、ダグラスはこの花の本質を魅せられた瞬間に、彼が欲している行為の全てを理解した。

 これだけの情報を見せられて、意図が掴めない者は冒険者となるべきではないとまで言い切ることが出来る。



 「何時、街を出るんだ?」


 「予定では明日の早朝。集合は門の開く三十分ほど前としている」


 「している。ということは、他に誰か付いてくるのか?」


 「あぁ、この街ではあと一人、残りは辺境伯が設けてくれるキャンプで二人が合流することになっている手はずだ」


 「用意がいいんだね。それだけ旨味のある話なの?」


 「報酬は調査に協力してくれるのなら一人当たり金貨十五枚。群生地を見つけられた、あるいは一定数の収穫を得ることが出来たのならば同額を出すと話されたよ」


 「それは気前が良すぎるな。確かにこの【輝星花】には価値があるとは思うが、それほどまでなのか?」


 「これが取り込んだ光量分を溜め込み、暗所で僅かに発光をしているような物ならば、報酬はこれよりもずっと低かったはずだよ。だけどこいつは」


 「魔力を取り込んで発光している。ということか?」


 「ダグラスの言う通りなんだ。魔力を取り込み成長する植物は多くあるけれど、魔力を用いる植物は発見されていない。まだまだ研究が必要な段階ではあるのだけれど、予想の範疇だけで言うのなら魔石の代わりとなる物を作れるかもしれない」


 「魔石の代用品を、植物が?」



 思わず呆れを含んだ口調で疑問が口から洩れてしまったが、ダグラスは思考の奥ではその可能性が高まりつつあるのを感覚的に察していた。


 魔石とは、主に魔物の体内で生成される結晶を指す。

 純粋な魔力が蓄積し、固まることによって石のように固い物質へと変化して生じるとされるそれは魔術師の手によって最適な加工を施されることにより、様々な効力を持つ魔道具へと形成される。


 主な魔道具を挙げるのならば、少量の魔力を加えることにより、中位魔術師が扱う炎を生み出すことが出来る【火杖】や魔法を発動する際に媒体として利用することで効果を高める事のできる【助法具】。傷の洗浄や毒が内包する人を蝕むように力を命を与えられた魔力を浄化させる【解毒】に最も近しい物としては街の大通りなどに街頭代わりに用いられている【光源】などがある。


 これらの魔道具は冒険者だけではなく、神官や軍人、果てには執政を行う者にまで普及している。

 その利便性から需要も多く存在するため、質の高い魔石ともなれば拳大の大きさの物でも上位魔術を内包することが出来る品物もある。


 その価値は王都に家が購入できるほどとも言われているのだが、そのような魔石は滅多に取れることはなく、冒険者が狩猟する魔物から産出される低純度な魔力を内包する物を大量に消費することを前提として作成されている魔道具が多い。


 ちなみに迷宮の核も分類的には魔石とされているが、先に挙げた質の高い魔石とも比べることが出来ないほどの性能を秘めているために、一般的には出回らず大国が己の国の威信を掛けて高額な入札合戦を行う事もあるほどで、その価値はもはや貨幣では表すことすら出来ない。



 「可能性としてはあるくらい、だけどね」


 「それじゃなんだ?俺たち冒険者はおまんまが食い上げられる原因を自身でつくれっていうのか?」

 「そこまではいかないと思うよ。魔物の肉も素材も欠かせない物だし、この花自体に低級な魔石と同等の魔力を注ぎ込む事は出来ないほどに魔力の吸収及び保持能力は低い」


 「……だが、魔石とは異なり、人間の手で大量に生産することは出来るかもしれない」


 「そう。今日のダグラスは冴えてるね。また大量生産したそれを乾燥させたり粉末状にしたり形を変化させることで魔石と同等の効果を持たせることもできるかもしれない」


 「魔石が安価で手に入るようになれば、私たちの身を護るのも楽になるよね。【守護】の魔道具は必ず一つは持っていたい物だし、体力を回復する魔法を封じた物が手に入るようになれば、魔物との戦いも楽になる」


 「とどのつまり、俺たちが安全に金を稼げるようになるのなら反対する意義はないな。仮に大量生産の後に魔石が掃いて捨てるような存在になったとしても、その頃には老いて冒険者を引退していると思うし」


 「調査だけで金貨十五枚という破格なのは、それに見合うリターンもレイウマール家に齎すことも考えられる故、か。金貨十枚もあればこの街に小さな家を買うこともできる」



 まだ手に入れてない金の勘定をするなとよく言われるが、思い描く未来の姿がより近い物として提示されてしまえば、自然と思考は深い沼へと堕ちていくのは人間としては自然な事だろう。


 夢を見るなどといった性分を持たないダグラスでさえも、いまこの場においては腕の中にある実態を持たない硬貨をニギニギと握りながら転がして何に使うかを想起してしまっている。

 現を抜かすことは怠慢や怠惰に繋がるが、未来を仮組みする行為は希望の薄い世界で前を向いて歩みを進めるのに必要なことなのだ。


 既に場の雰囲気はティルトスが持ってきた依頼を受ける一点で決まっており、もう暫くすれば四人が腕を取り合うという【星を運ぶ山鳥】の中では普段通りの光景が見られるはずであった。

 だが、時機が良いのか悪いのか、彼らの意識を現へと戻したのは繋ぐはずであった腕から伝わる人の温もりやしっかりと掴ませた際に感じる握力ではなく、新たな入店者を告げる扉鈴の奏でるチリンチリンという鉄が球体の中で弾け飛ぶ音であった。


 既に人がまばらになる時間帯での来訪者に、ダグラスを含めた四人は無意識に視線を音の鳴る方へと集めてしまう。



 「四人組、二人は獣人で一人は小人族。……どうやら貴方達で間違いは無さそうね」



 瞳を通して脳が映し出す景色には、見事な光沢を持つ金髪を蓄えた目鼻立ちの良い女の子がこちらに不敵な笑みを浮かべながら仁王立ちに似た体勢で満足げに頷いていた。



 「【不動のゴウダ】さんに【狩人】のモッカさん。【小さな賢人】のティルトラさんに……あと一名。お初にお目に掛かります、わたくし鉄ランク冒険者で【疾風】と呼ばれております、ヒューラ・レウラ・ローラと申しますわ。此度の依頼にご同行させて頂く事になりましたので、ご挨拶をと思い伺わせていただきましたの」



 まだ女性と称するには幼いその金髪は、僅かにフリルのついたスカートを摘まむと、どこへ出しても恥ずかしくない見事な礼を見せ、名前を呼んだ三人へと屈託のない笑顔を振りまいた。


 そんな彼女の仕草に対して、心の中の空虚さを引きつった笑顔では隠し切れないほどに大きな不安を覚え、ダグラスは誰にも気付かれないように口元を覆った掌の内側で小さくため息を吐くのであった。






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