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G.S 星降る街の冒険者  作者: 柳雅
5/28

起.3

 

【星を運ぶ山鳥】は、ダグラスが身を置いている宿の名前である。


 外観は三階建ての如何にも宿屋然とした造りではあるが、よく見れば長いこと雨風に打たれたことによって変色した壁板やネズミの開けた穴などが至る所に開いている。

内側から補修新たに板を打ち付けたり、外壁その物を別の素材に張り替えたりといった涙ぐましい努力の痕が垣間見えるが、老朽化の波には逆らえてはいない。


 だが、昼時になると防ぎきれていない穴から漏れる匂いによって、ふらふらと吸い寄せられるように客の足が増えていく。


 水を弾くほどに熱された鉄板の上で焼かれる肉には軽く塩とアザの花から抽出した油だけを用いたあっさりとした料理は肉体労働に勤める冒険者からの支持は厚い。


 肉自体はたいしたものではなく、冒険者が持ってくる低級な魔物の肉を用いているようだが、下処理として肉の繊維を軽く刃で裂いているので嚙み切れないといった事はない。

 また肉を焼いた後に出る汁を使い、イネという植物の種子を脱穀した物を大量に投入してただ炒めるだけの料理も付属して出されるので腹持ちが良い。


 付け合わせには独特な甘みと苦みを持つカールとえぐみの強いロセという被子植物を千切りにして少量の塩と僅かな刺激を感じる鼻抜けの良い香辛料と共に混ぜて数日置いた物がメインである肉が出来るまでの繋ぎとして小皿に山を作るほどに盛られている。

 口に含むと舌にピリピリとした感覚が走るのだが、塩辛さもあり、酒が良く進む。


 いろんな食堂を回ったこともあるのだが、安価で腹いっぱいになりたいのならば、【星を運ぶ山鳥】で昼を取るというのが稼ぎの悪かった過去から多少は裕福になった今までの定石となっている。


 後ろでヒクヒクと鼻を動かしている獣面を掌の側面で叩いて正気に戻させると、ダグラスは本日三度目となる宿の扉に手を掛けて開けていく。


 ギギィとさび付いた金具が上げる悲鳴の如き開閉音も、よく言えば趣があり、悪く言えばただ立て付けが悪い為に鳴る不愉快な音だ。

 冒険者ギルドのそれと比べても、開閉の際に必要な力の加減も異なっている。

 整備が十分に行き渡っているそれと比べてしまうのは扉も心外だとは思うのだが、毎度途中で変に引っかかり、押すというよりかはこじ開けるという表現が正しいと感じてしまうほどの力を籠めないと開かないというのは如何な物であろうか。


 扉を開けてすぐに目に飛び込んでくるのは大量の煙だ。

 木々が燃えて煤を巻き上げる黒煙ではなく、肉を焼く際に水分が共に蒸発することによっておこる白い煙だ。

 食堂にある窓は全て全開にされているし、調理場から外へと繋がる扉を閉めてはいない。それでも建物の中に籠るというのは、大量の肉を焼いているのに足して単純に換気が間に合っていないからなのだろう。

 


 「ダグラスさん、おかえりなさい!お客さんが来てますよ?」



 配膳を手伝っていたミリィがこちらを見つけてカラッとした笑顔を浮かべる。

 両手には十分に焼けた肉を乗せた幅の広い皿を持ち、手首を固定しながら運ぶ事でさらに両腕に一枚ずつ、計四枚の料理が盛られた皿を同時に運んでいた。


 そんな彼女の後ろに付きつつ、案内された机の奥には見慣れた二人の姿があった。

 一人はミリィと同じくらいの背丈しかないが、全体的に等身が低く、簡素化した人形のような体格をしていることと耳がピョコンっと長くとがっている事から、小人族であると推測が出来る。


 頭の形よりも大きなかぼちゃを半分に切り取って中身をくりぬいたような帽子を目深にかぶり、そこからちょろりと覗くのはオレンジの入った茶色の短い髪の毛。

 丸みを帯びた輪郭を隠すかのように、丈を余らせたぶかぶかな衣服は全体的に暗色で纏められている。


 彼は机の上に置かれたカールとロセの塩漬け千切りをフォークで突いて食べていた。すぐ近くにもう一皿が置かれていることから、二人分を食べるつもりなのだろう。


 代わってもう一人は足りない身長を倍加させて付け足したかのような巨体を持つイカツイ顔をした男。

 顔全体を覆う髭と髪の毛は獣の鬣のように長く、換気口から風が流れるたびにふさふさとたなびいている。

 全体的に赤味が刺した色調を持ち、力強く反り立つ獣人特有の頭頂部に生える耳はモッカの物のように項垂れるような柔軟さはないが、代わりに力強さを見ている者に抱かせる。


 人間種の大人が腰を掛ける椅子であっても、彼の巨体からすれば子供用にも思えるほどに拙い造りとなっていた。

 腰を掛けているというよりは地面に尻を預けているような光景であり、そこから垂れ提げられている尻尾はモッカの野原に生える背の高い草のしなやかさではなく、鞭のような強靭さを想起させた。



 「おう、ダグラス!ちょうどいい時にきたな!」



 体格のいい方が先にこちらに気が付いて声を掛けてくる。

 尻尾がぶんぶんと、まるで箒で床を掃くように振るわれていることから、本来待っていたのは自分たちではなく、前を歩くミリィが持つ焼けた肉の塊なのだろう。


 実際にミリィが机の上に料理を置くと、その勢いはさらに強くなっていた。

 先に挨拶を済ませようと思っていたのだが、知らない仲ではないのだし、なにより食事を楽しみにしている人に対してお預けをさせるほど意地の悪さは持ち得ていない。


 ダグラスはただ苦笑いを浮かべると、体格の良い方の対面に位置する席に座る。

 小人族の前にはモッカが座り、さっそくミリィに対して酒の注文を出していた。



 「では、お二人の分も持ってきますね」



 ミリィは未だに二枚の皿を抱えながらも、小さく頭を下げて会釈をするといそいそと次の机へと去ってしまう。

 注文は朝のうちに済んでいるので間違いは起こらないのだが、なんだか素っ気なくされたみたいで僅かな寂しさが込み上げてしまうのは何故だろうか。



 「すまんなぁ、ダグラス。余りの良い匂いにお前たちが来るまで待ちきれんかったわ」


 「いいんですよ、ゴウダさん。飯を食いながら話すことを気にする奴なんて冒険者にはいねぇっすから」


 「そうか?なら遠慮なく食べさせて貰うことにするわ。詳しい話はティルトスから聞いてくれ」



 ニカッと快活な笑顔を浮かべて、体格の良い獣人の男―ゴウダ―は目の前に置かれた二枚の巨大な焼けた肉にフォークを豪快にさして口へと運ぶ。


 人の掌よりも大きな肉も、ゴウダの顔の前では小さく見える。

 一枚目を軽く三口で全て口の中に含むと、口を閉じているのにも関わらず対面に座るこちらにまで聞こえてくるほどの大きな咀嚼音を立てながら幸せそうに頬を緩める。


 幸せそうなゴウダを横目に、小人族の方は小さく嘆息を吐き出すと突いていたフォークを皿の上に置いてダグラスの顔を見上げるように視線を上げた。



 「やぁ、ダグラス。何時ぶりだっけ?その変わらない様子を見るとどこか落ち着くね」


 「だいたい曜日が一周回ったぶりかな。ティルトスも変わりがなさそうで安心したよ」



 森の樹々が醸し出すような古臭くも懐かしさを感じる穏やかな笑みを浮かべるティルトスは机の上に置かれている食器を端に寄せると、椅子の手摺に肘を立てて両手の指を組む。



 「変化が無いというなら、この宿も変わらないね。油で変色した床に染み付いた匂い。君はまだここに宿を取っているのかい?」


 「あぁ、昔から変わらずな。昼間はこんなんだけど、通常時は落ち着いていて居心地がいい。床が滑りやすいのと部屋にまで臭いが入り込んでくることを除けば良い宿だよ」


 「君みたいにまだ若いのであれば耐えられるのだろうけど、僕はちょっと厳しくなってきたよ。ただでさえ依頼で外に出回るときは携行食の他には魔物や畜生の肉の丸焼きしか食べられないからね。正直に言うと、この匂いと味には飽きている。美味しそうに食べられるゴウダの気が知れないよ」



 ふぅっと息を吐き出しながらティルトスは俯いて首を振る。


 傭兵とは異なり、仕事の期間が定まっていない冒険者にとって主な食事とは固く焼いたパンに干し肉に水分を抜いた果実の肉や種子である。

 新鮮な野菜などは野草の知識がある者ならば道中で幾らか収集していくことが出来るのだが、時間を取られることや荷物が嵩張る事を嫌うので積極的に行うことはない。


 中でも特に肉は魔物を解体して素材を手に入れる際に必ず一定量の供給が見込まれる為に、主食となる事が多い。

 ティルトスとゴウダは十日ほど外へ出回っていたこともあり、街で買っておいた携行食は食い尽くし、代わりに肉を食べていたのだろう。

 であるのなら彼がこの場所に充満している匂いに対していつにもなく辛辣な物言いをしてくるのには納得がいく。



 「確かに、連続して肉ばかり食うのは辛いよな……。俺だって依頼から帰ってきたら柔らかくて甘いパンが恋しくなるし、無性に野菜が食いたくなることもある。村に居たころは野菜なんか食べたくないって愚痴を吐いていたのにな」


 「人間種に近い奴らはそうなのか?俺は野菜なんぞ食いたくはないから肉ばかりのほうが嬉しいんだが。モッカだってそうだろ?」


 「私は野菜も嫌いでないけどね。どちらかしか食べれないってなれば、やっぱりお肉かな?あ、砂糖菓子があればそれが一番食べたいかも」



 二枚目の肉を食い切ったゴウダが口元を指で拭いながら会話に混ざり込む。

 残された皿には肉汁すらも残ってない事から、おそらくではあるが飲み干したのだろう。


 それでも彼からすれば物足りない量だったようで、服の上から腹を摩りながらも口は寂しそうにもごもごと動いていた。



 「砂糖菓子だぁ?あんな甘ったるいもん良く食えるな。確かに甘いもんがほしくなることはあるが、あれは一つ口に入れただけで半年は食べたくないと思うくらいに甘すぎる。獣人種の中でもそういう違いはあるんかね?」


 「お菓子系はどちらかと言うと男女間の差という感じがするけどね。僕は甘茎を割って中の甘い樹液を吸うのは好きだけど、砂糖の塊を食べるのはあまり好きではない。ミリィさんやダグラスはどうだい?」


 「俺はあれば食うし、なければ別に困らない程度だな」


 「私は砂糖菓子自体を食べたことがないです」



 先ほどと同じように両腕に皿を四枚乗せたミリィは、大きい眼を優し気に細くしながら応えると、机の上に全ての皿を並べて置いた。


 二枚はダグラスとモッカの物と思われる焼いた肉の塊であったが、残り二枚は小さい粒がしっとりと多くの水気を孕みながらも楕円形に膨らんでいる物が装われている。


 まるで粟や潰した麦のようにも思えるそれは米という物で、グランディア大陸の南方から中原のリディアを通して広まった新しい作物である。

 大量に育てるには多くの水が必要となるらしいが、土中の魔力を多く吸収することにより粒の膨らみが大きく育ち、潰して煮た粟や麦とは異なった柔らかくもホクホクとした食感を楽しめる。


 特に炒め物の主な具材として用いれば他の具材から出た出汁を吸い込み、種子の固さが僅かに残りながらも豊かな風味を小さな一粒一粒に封じ込めるのと同時に口当たりが良くなる。


 街で手に入るようになってまだ日は浅いが、その全てを宿の親父さんが組合を通して買い占めているために、米が食べられるのは【星を運ぶ山鳥】だけである。

 それを目当てに来る客もいるくらいだ。

 もちろん大衆に知られてはいないために、取引量も少ないが、それ故に価格も抑え目であるからこそ買い占める事が出来ていると親父さんは話していた。


 そんなどうでもいい情報はともかく、ミリィが砂糖菓子を食べたことがなかったというのはダグラスにとっても初耳である。

 日々の食事よりも高価であると言えばそうなのだが、銅貨で購入できる範囲の菓子なのだ。

 子供たちが良く食べる小麦と砂糖を卵と一緒に混ぜて油で揚げた丸菓子を三回ほど我慢すれば、安い物ならば買える程度の値段である。


 

 「ダグラス、次の星降り祭りでミリィさんに砂糖菓子を買ってあげなね」


 「いや、なんだ、その……すまない。俺も初耳だった」


 「あ、いえ!大丈夫ですよ?買えないくらい困窮しているわけではないので……。ただお菓子類を食べるのなら、お店の風穴を一つ塞ぎたいって思ってしまうわけでして。それにダグラスさんには日頃からお世話になっていますので、これ以上の迷惑を掛けるなんてことはしたくないです」


 「駄目だよミリィちゃん。男がその気になっているのなら全力で甘えたほうが両方の為なんだよ?というわけで、次の星降り祭りでは高級な砂糖菓子を二つおねがいね、ダグちん」


 「なんでモッカまで乗っかってくるんだよ。稼ぎはお前の方が多いだろうが……」


 「なあティルトス。お前の分の焼き飯も俺が食っていいのか?」



 話の流れを切るように、ゴウダが自分の分の焼き飯を既に胃袋の中に収めてそのままの形で残っているティルトスの焼き飯を、視線がもし何らかの魔法的力を持っていたとするならば穴が開いてしまうほどに眺めていた。



 「これは僕も食べられるから駄目だよ。欲しかったらもう一皿頼めばいいじゃないか」


 「ラガード族は出された食事は追加で注文しちゃいけないんだ。お前たちの言葉でいう、なんだ?ハシタナイ、だっけか?それに当たる行為なんだと」


 「それこそ今更だと思うけどね。まぁどうしてもお腹が空いてきたしょうがないっていうのなら、表通りに出ている気が早い出店で何か買って食べればいい」


 「星降り祭りで気になっていたんだが、今年のは随分と早く行われるんだな?もしかしてティルトスの話したい事もそれに纏わる事なのか?」


 「それは食事をし終わった後にゆっくりと話そうか。さっきからゴウダの視線がそっちの肉に向いてしまっているからね。この机から食べ物がなくならないと落ち着いて話すこともできないでしょう?」



 ティルトスは皿に山盛りにされた米へとスプーンを入れて口へと運ぶと、横に座るゴウダの厳めしい顔付が情けない物へと変化して項垂れる。


 そこまで腹が減っているのかと、ダグラスは呆れながらも少しだけ冷めた肉へとナイフの刃を通し、一口の大きさに切り分けたそれを口の中へと放り込んで噛みしめる。


 適当に振りかけられた塩の他に、強い香りの放つ何かが喉を通り戻す吐息に混ざり込み鼻腔を通り抜ける。

 自分の好みに味付けされた料理に満足して舌鼓を打ちながら、ミリィへ贈る砂糖菓子をどんな物にしようかと考えながら視線を流してみると、すでに他の机へと配膳をするために移動していた彼女と不意に目が合った。


 逡巡するうちに、どちらからとも言わずに小さく声を漏らしてから頬を緩ませる。


 別に深く考える必要はない。贈りたいと思ったものが見つかったのなら、贈ればいい。自分にとって彼女は既に妹のような存在なのだから。







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