9話 初対面の印象は大切
勝ったわたしはローレンシアの元に近づく。
強かったなぁ、ローレンシア。
「ありがとうローレンシア。おかげでとっても楽しかったよ」
わたしはローレンシアに手を伸ばす。
「こちらこそ、ですわ」
それに応じたローレンシアの手はフィラちゃんと同じようにちょっぴり固いものだった。
ああ、やっぱり努力してるんだなぁ。
こつこつ努力する人っていいよね。ご主人様の資質もありそうだし。
まあでも、肝心のローレンシアからはわたしのご主人様になれそうな感じはしないんだけど……。
でも他の人のご主人様にはきっとなれると思うんだよね。
金髪縦ロールのお嬢様とか、もう生まれながらに遺伝子レベルでご主人様っていうか、ご主人様になるために生まれてきたっていうか、そんな感じするし。
だからローレンシアの今後をわたしは応援してるよ!
内心で応援するわたしの前で、ローレンシアは軽く口ごもる。
ん? どうしたのだろうか?
「や、約束通り、わたくしはリューネさんの召使いになりますわ……!」
「……あっ」
そう言えばそんな条件で戦ってたんだった。
気持ち良すぎてすっかり忘れてたや。
でも誰だって槍でグリグリされたら忘れちゃうよね、仕方ない。
まだちょっと興奮が収まりきってないもん。
「いや、それいいや」
わたしはローレンシアにそう告げる。
ローレンシアは意外そうな顔でわたしを見た。
最初からそんなのいいよって言ってたんだけど、この子決闘を控えて視野が狭くなってたからなぁ。
きっと聞こえてなかったんだろうね。
……っていうかわたしにはもう不本意ながらもイヴっていう召使いがいるし、もうこれ以上増やしてたまるか!
わたしは召使いが欲しいんじゃないからね! わたしが欲しいのはご主人様!
「で、でもわたくしは負けたのですから、リューネさんに何かを差し出しませんと……。うやむやにするのはよくないですわ」
ローレンシアはきちっとしてるなー。
普通そんな自分の不利になるようなこと言わないよ?
真っ直ぐというか何というか……良い人。
うん、わたしやっぱりこの人好きかも。
「じゃあさ、友達になってよ」
「……わ、わたくしと、友達? い、いいんですの?」
「うん、お願い。駄目かな?」
わたしのお願いに、ローレンシアは見る見るうちに瞳を輝かせた。
「も、もちろんバッチコイですわ!」
「なんかその受け答え全然上品じゃないわね」
フィラちゃんの突っ込みに、ローレンシアは唇をもごもごさせる。かわいい。
「つい我を忘れてしまいました……。リューネさん、謹んでお受けいたしますわ」
「じゃあローレンシアだから……シアちゃん。うん、シアちゃんかな。よろしくね、シアちゃん!」
「シアちゃん、なんという甘美な響きでしょうか……! わたくし感激ですわぁ……! しかもこれでフィラリスさんに続いて、友達二人目ですわ!」
シアちゃんは両手で頬を隠し、くねくねと身体をくねらせる。またもやかわいい。
そしてどうやらシアちゃんも友達少ない組のようだ。
まあまだクラス分けも決まってないからね。
「ちなみに今フィラちゃんは友達何人?」
フィラちゃんは思い出す様に上を見ながら指を折り始める。
「あんた、ローレンシア、イヴ……三人ね」
「なんだ、わたしと一緒か」
……あれ? わたしたちの交友関係、狭すぎ?
まあわたしは友達の数なんてまったく気にしてないけど。それよりご主人様探しが優先だし。
「はい、治ったよ」
わたしはシアちゃんの腕から手を離す。
かすり傷は、全て痕も残さず消え去っていた。
こんな可愛い子に傷を負わせたままじゃ、わたしは罪悪感でいっぱいになっちゃうからね。ちゃんと治してあげなきゃ。
「ついでに槍も治しとくね」
わたしは傘に戻ってしまったボロボロの槍に触れる。
ぽわっと柔らかい光が傘を包み、やがて元の槍へと無事に復元させることに成功した。
「すごい……ありがとうですの」
「いえいえー。友達だからね」
わたしが手を左右に振りながらそう言うと、シアちゃんは「と、友達……」と言って嬉しそうにする。
「ねえねえフィラちゃん、シアちゃん可愛過ぎない?」
「ローレンシアはまあ、控えめに言って超かわいいわね」
「ぺろんぺろんしたくない?」
「それはあんただけよ」
わたしだけかぁ。
そんなこんなで決闘も無事に終わって帰り支度を始めたわたしたちに、遠くから声が投げかけられた。
「おーい」
その人影はこちらへと小走りで近づいてくる。
鱗粉が舞っているのかと見間違えるほど鮮やかに輝きを放つ白銀の髪、あれは……イヴだ!
「あれ、イブじゃない。どうしたのよ」
「なんか運動場でリューネが何かやってるって聞いたから、気になって見に来たんだ。何してたのキミたち?」
「今丁度シアちゃんと戦ったところだよ」
「戦う? なんで?」
「ああ、それはね――」
フィラちゃんがここまでのいきさつをイヴに説明してあげた。
それを聞いたイヴは、目を丸くしてシアちゃんを見る。
「ローレンシア……キミ、ボクと友達になりたかったの!?」
「そ、そうですわよ。せっかく縁あって同じ部屋になれたのですし、お友達になれたらと……」
その言葉に、イヴは心底驚いた顔をする。
「ごめん。部屋に入るなりかけられた最初の一言目が『ごきげんYo! 元気かYo! わたくしはYo! 元気だYoooooo!』だったから、てっきりヤバい人かと思ってた……」
え、なにそのイカれた第一声は。
「いやいやイヴ、それはいくらなんでも作り過ぎよ。ねえローレンシア」
「そ、それはその……最初は砕けて接した方が馴染み易いと本で読んだもので……」
「……え、本当にその挨拶したの?」
それは怖がられるよ! わたしだって見るからにお嬢様な人が初対面でラップかかましてきたら怖いもん!
「す、すみません。わたくしどうしたらいいかわからず……」
しゅんと俯いてしまうシアちゃん。
そんなシアちゃんの頭に、イヴが優しく触れた。
「でも、そういうことならボクの方からもよろしくお願いするよ」
そう言って爽やかに笑うイヴ。
なにちょっと、イヴがイケメンすぎるんですけど!
こんなことされたら、シアちゃんどうなっちゃうの!
「……」
おお、真顔で泣いてる……。
無言でただただ涙を流すシアちゃん。ちょっと怖い。
「これは、夢なのでしょうか……。一日で二人も……。一日で二人も友達が……」
「うんうん、気持ちはわかるわよローレンシア」
フィラちゃんがしみじみ頷いている。
すごい実感がこもった言葉だね。
「まあでも、全員友達になってハッピーエンドだね!」
「とっても嬉しいですわ!」
「ボクも嬉しいよ。あんまり友達多いタイプじゃないから」
イヴは過去のこともあるし、人と距離を置いちゃうのもある程度仕方ないと思うけどなぁ。
でもそんな中で同室の子と友達になれたのは、イヴにとって間違いなく良いことだ。
「ちなみにイヴは友達何人なの?」
「ローレンシアとフィラリス……二人だね」
「え、ちょっと待って、わたしは?」
わたしひょっとして、イヴの友達の中に入れてないの!?
そ、そんなぁ……。
それはそれでちょっと興奮しなくもないけど、でもやっぱり寂しいよぉ……。
悲しがるわたしの前で、イヴは微笑んで言う。
「だってリューネはご主人様だから」
……だから、わたしはご主人様じゃなーっい!