最終話 いつまでも
それから数日後。
わたしはいつものように、学園の校舎で授業の開始を待っていた。
とはいえ、まだ授業まではそこそこの時間がある。
わたしはぐてんと机に身体を乗せながら、ダラダラと過ごしていた。
「暇ねえ」
「暇だねぇ」
隣のフィラちゃんと、顔を合わせ、そんなことを言いあう。
「おしゃべりでもしてましょうか」
「え、おしゃぶり?」
「何でそうなるわけ?」
あれ、違った?
呆れた顔をするフィラちゃんは、机から起き上がる。
そしてファサッと髪を掻き上げた。
うわ、なんか今良い匂いしたっ!
わたしは釣られて起き上がり、フィラちゃんに近づく。
「ねえねえフィラちゃん」
「ん?」
「くんかくんかのすーはーはーしていい?」
「何そのテンポのいい気持ち悪さ……」
あれ? ドン引きされちゃった。
おかしいなぁ、想像の中だと喜んですーはーさせてくれてたのに。
現実は厳しいね、とほほ。
「リューネ、ちょっといい?」
フィラちゃんに振られたわたしががっくりと肩を落としていると、イヴから声がかかった。
前の席にいたイヴが、振り返ってこちらを見ている。
「なぁに、イヴ?」
そう尋ねると、イヴは顔の前で手を合わせ、おねがいのポーズをとる。
ズルいなぁイヴは! こんな可愛いポーズをとられたら、なんだって叶えてあげたくなっちゃうじゃん!
それで、一体何のお願いなんだろう。
「今度からさ、爪を切ったらボクにくれないかい?」
「ん?」
どゆこと?
「リューネが騎士団に入るかもしれないってなったときに、ボク気づいたんだよね。こうして皆でいられる日も、いつか終わってしまうかもしれないって。だから、今のうちに皆の爪を集めておこうと思うんだ」
「だから」から後ろの共感のできなさが半端ない。
ヤバい、イヴがヤバい。
わたしはジリリと椅子を後ろに引く。
さっきフィラちゃんがわたしにドン引きしたときもこんな気持ちだったのだろうか。
「ねえ、ちょーだい?」
「ひぃぃ……」
目が本気だよぉ……。
「ほれほれ、その辺にしとくのじゃ」
じりじりと詰め寄ってきていたイヴの頭をぽふんと叩いたのは、トイレから帰ってきたリズっちだ。
「リズっちぃ~!」
わたしは感謝からリズっちに抱き着く。
リズっち小さくてかわいいよぉ!
「誰が小さいか! 妾は一万歳じゃ!」
「心を読まれた!?」
驚くわたしに、リズっちは得意げに言う。
「ふんっ。妾ほど長き時を生きれば、相手が妾のことを『小さい』と思っているときはわかるようになる」
「それ以外の感情はわかんないの?」
「何もわからん。妾が気づけるのは小さいと思っている時だけじゃ――ってフィラリス、今思うとるじゃろ!」
「おお、凄いわねあんた」
フィラちゃんがリズっちに感心する。
いや、たしかに凄いけど使いどころはまるでないよね……?
「ふふんっ、妾は一万歳じゃからの! 一万歳じゃからの!」
……まあいっか。本人が自慢げだし、わたしも拍手しておこ!
数分後。
急遽開催された『誰がリズっちのことを小さいと思っているかゲーム』で全問正解という快挙を成し遂げたリズっちは言う。
「そういえば、もうすぐ長期休暇なんじゃろ? 皆で海でも行きたいのぅ」
「海かぁー」
わたし海行ったことないなぁ。
楽しそうだけど、皆はどうだろう?
周りを見回すと、一際ウキウキしている顔が目に入った。
「いいですわね。海といったら美味しいものの宝庫ですもの!」
金髪ドリルロール、シアちゃんだ。
その食欲を解放して、海中の美味を平らげる魂胆らしい。
……冗談で言ったけど、シアちゃんなら本当にできそうだからおそろしいよね。
「ボク泳げないんだけど、海って泳げなくても楽しい?」
「楽しいわよ。砂浜で貝を拾ったり……ってあれ? イヴって泳げなかったの?」
「うん。水怖い」
イヴはこくんと頷きながら言う。
何その言い方、可愛い! 好き!
……おっとっと、興奮しすぎちゃだめだよね。
今は話し中なんだから、そっちに集中しないと。
この学園に入ってから数か月、こういう気遣いもできるようになってきた。
まだまだ暴走するときも多いけど、わたしも少しは大人になって来たってことかな?
「氷魔法使ってるのに意外だね」
わたしは努めて冷静さを保ちながら言う。
「子供の時、お風呂に入るのが怖すぎて氷魔法で凍らせたのが、ボクの初めての魔法行使だったからね。でも泳げなくても楽しいならボクも行きたい」
「そうね……じゃあ、皆で行きましょうか」
「海の幸……ふふふ、お腹がなりますわね……!」
シアちゃんは「腕が鳴る……!」みたいな感じで言ってるけど、同時にお腹がぎゅるるるって鳴ってるせいであんまりカッコよくない。いくらなんでも気が早すぎるよ……?
とその時、教室の扉が開かれ、セリア先生が入ってきた。
会話に興じるわたしたちを見る。
「あいかわらず賑やかですね……」
そして教壇に立つが、何か思いつめている様子だ。
「こういう雰囲気に付いていけなくなってきたのは、私が年を取ったということなんでしょうか。……うぅ、悲しいです……」
わたしたちから隠れるように、教壇の後ろにしゃがみ込む先生。
こんな可愛い動作をする人が年なんて気にする必要ないと思うけど……と思っていると、シアちゃんが先生の元へと近づく。
そしてその肩をポンポンと叩いた。
「大丈夫ですわ先生。わたくしと二人きりの時の先生は、赤ちゃんみたいにわたくしに寄って来てくれるではないですか。あの時の先生は、とても可愛いですわ」
「……ありがとうございます、褒めてもらえて嬉しいです」
「本心を言ったまでですわ」
「ちょっと待って。シアちゃんと先生は二人きりで一体何をしてるの?」
なんかいい感じの空気になってるけど、赤ちゃんみたいってどういうことさ!
幼児退行プレイとか、先を行き過ぎてるよ先生! 羨ましいよ! 私も混ぜて!
しかし先生は幸せそうに頬を染めた顔でゆっくりと首を振る。
「えへへ、それはリューネさんにも教えられません。……二人だけの秘密ですから。ですよね、ローレンシアさん?」
「ええ、セリア先生の言う通りですわ。ごめんなさい、リューネさん」
そう言って二人は満面の笑みで笑いあう。
くっそー、二人して見せつけてくれちゃってぇ!
「あぁぁ! 先生が羨ましすぎて変になりそうだよぉ!」
「安心せい、お主は元々変じゃ」
「なんだ、よかったぁ」
「それで安心できることがあたしには驚きだわ」
会話が一段落したところで、先生がパンパンと手を叩いた。
「はいはい皆さん、授業を始めますよ?」
「はーい!」
わたしたちは元気よく返事をする。
これからもわたしたちには色々なことが待ち受けているんだろう。
その中には楽しいことや嬉しいことだけじゃなくて、辛いことや悲しいこともきっとある。
でもそういう事態に直面した時、皆と一緒にいれば不思議となんとかなる気がするんだ。
だからわたしは、この学園で皆と一緒に色々なことを学んでいこうと思う。今日も、明日も、明後日も!
これにて完結です。お付き合いいただきありがとうございました!
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