61話 ただいま
一日体験を終えたわたしは、皆の待つ家に帰る。
「ただいまー」
「お帰りなさい、リューネ」
もう月がでている時間帯だということもあり、皆家に戻ってきていた。
それを見てわたしは満足感からうんうんと頷く。
女の子があんまり夜遅く出かけると危ないからね! 妖怪ぺろぺろおばけがでるかもしれないし!
「皆が他の人にぺろぺろされるのは我慢ならないよ、わたしは!」
「突然何言ってるのよ」
フィラちゃんに突っ込まれながら、わたしは皆のいるところに座る。
すると、皆が互いに肘でつつきあい始めた。なんとなく責任者を押し付け合っているような感じだ。
一体何をしてるんだろう?
そう思いながらも少し待っていると、フィラちゃんがわたしに口を開く。
「……で、どうだったの? 騎士団の訓練は」
そうか、今日の訓練のことが聞きたかったんだね。
その話題を誰が切りだすかで揉めてたのかぁ。
でも、そういう時って大体いつもフィラちゃんに決まるよね。
それに気づいたわたしは苦笑する。わたしたちのリーダーはやっぱりフィラちゃんなんだなぁ。
「リューネ? どうかした?」
「ううん、ごめんごめん。騎士団の訓練の話だったよね? レオナルドさんも他の団員の人も優しかったし、楽しかったよ。とってもいい経験が出来たと思う」
普通に過ごしていれば、騎士団の訓練に飛び入り参加させてもらえる機会なんてまずない。
実際に国を守っている人たちと話してみて、接してみて、彼らの仕事が生半可なことじゃないんだとわかった。
「騎士団の人たちに、感謝と敬意をこれまで以上に持つようになったよ。それだけでも、行った意味はあったと思う。それに、レオナルドさんにも負けちゃったしね。いつかリベンジしたいなぁ」
わたしは今日経験してきたことを皆に語る。
そうすることで、自分が感じたことを少しでも伝えることができたらいいなと思ったからだ。
だけど、なんだか皆の雰囲気がおかしい。
わたしが面白おかしく喋ってるのに、あんまり楽しそうじゃない……というか、寂しそう?
笑ってはくれるんだけど、その中に悲壮感めいたものを感じる。
話が進むにつれて皆涙目になり、とうとう鼻をすする音も聞こえてきた。
悲しい出来事……なんかあったっけ? 心当たりはないんだけどなぁ。
その違和感の正体がわからぬまま、わたしの話は終わりを迎えた。
「……というわけで、行って良かったよ」
「そっか。よかったわね」
「うん。でも入団は断ってきちゃった」
「え!? な、なんで!?」
バッ、と全員がわたしの顔に視線を向けた。
うわっ! 凄い速さでこっち向くもんだから、ちょっとビクッとしちゃったよ。
「な、なんでって?」
「あたしたちはてっきり、リューネは騎士団に入るものだと……」
……あ、だから皆涙目だったの!?
そういうことだったのか、やっとわかったよ。
泣かれる心当たりがなさ過ぎて、色々考えた末に出た結論が、わたしに顔を舐められたいからだったからね。
どうやらわたしはとんだ勘違いをしていたみたいだ。
道理で雰囲気が湿っぽいわけだよ。
もう、皆心配性というかなんというか。
「わたしは騎士団には入らないよ。見ず知らずの人を守るために自分を犠牲にできるほど立派な人間じゃないしね。ほら、結局わたしって自己中心的だからさ」
「あー」
「わかる」
「それはそうじゃな」
「否定はできませんわね」
「……いや、自分で言っておいてなんだけど、一人くらい『そんなことないよ!』って言ってくれる人はいないの?」
「そんなことないのじゃー」
「うわぁ、凄い棒読み!」
リズっち、もっと心を込めて!
あなたならできるはずだよっ!
「あとは、皆優しかったけど、ご主人様になれそうな人はほとんどいなかったし。レオナルドさんは良い線いってたけど、さすがにちょっと年が上すぎるかなーって。わたし、ご主人様とは一緒に老いていきたいタイプなんだよね」
「へえ、そうなの」
「むぅ、興味なさそうな返事だなぁ」
わたしが頬を膨らませると、皆揃って頬をつついてくる。
ぷふっと空気が抜けたのを見て、全員があははと笑った。
わたしで遊ばないでよ、もう!
さっきまでの悲壮感はどこへやら。涙は引っ込んで、花の咲く様な笑顔だ。
それを見て思う。やっぱりわたしの選択は間違ってなかった。
「……皆と離れ離れになるの、寂しいもんね」
わたしは小声で呟く。
からかったりからかわれたり、ぺろぺろしたり髪の毛を集められたり……色々あるけど、わたしが一番心休まる場所はここなんだ。
この五人でいる時が一番安心するし、五人でいなきゃ心の底から笑えない。
直接伝えるのはちょっと照れくさいけどね。
と、フィラちゃんがニマニマしながら再びわたしの頬をつついてくる。
「あれあれ~? リューネったら、可愛いこと言うじゃないの~?」
「う、うるさいなあ!」
誰にも聞こえていないと思ったのだが、フィラちゃんには聞こえていたらしい。
「まったく、可愛いんだから。うりうり~!」
わたしの頬に指をぐりぐりするフィラちゃん。
フィラちゃんにからかわれる日が来るなんて思ってもみなかった……。
しかも皆ニヤニヤしちゃってさ。……こんな風にからかわれたら、わたし興奮しちゃうじゃん!
「はぁぁ……はぁぁ……!」
「……ちょっと待ってリューネ。あんた照れてたはずが、いつの間にか発情してない? どういうこと?」
「そういうことだよフィラちゃん!」
「意味がまったくわからない!」
伝われ、この思い!
皆が座る前で立ち上がったわたしは、声高らかに宣言する。
「というわけで、これからもわたしは学園に通いつつ皆とのんびりくらすので、よろしくね!」
「なんか、拍子抜けね」
「折角少し静かになると思ったんだけどなぁ」
「本当なのじゃ。ぺろぺろされる心配もなくなるしの」
憎まれ口を叩くフィラちゃんとイヴとリズっち。まったく、素直じゃないなぁ。
「わたしが残ってくれて嬉しいなら、素直に嬉しいって言えばいいのにぃ」
「べ、別にそんなんじゃ……」
もごもごと口ごもる三人。
そんな中、シアちゃんがわたしの方に寄ってくる。
「こんなこと言ってますけど、今日の放課後は皆でこっそりリューネさんの訓練見に行ってたんですわよ。『リューネがちゃんと幸せになれるかどうか、この目で確認しないと!』って、皆張り切ってたんですの」
「ろ、ローレンシア、それは言わない約束――」
「ふぅ~ん? なぁーんだ、やっぱり皆わたしのこと好きなんだぁ~」
わたしがそう言うと、三人はぷいっと顔を逸らす。
シアちゃんだけがそれを見て楽しそうにニコニコしている。
「さあリューネさん、今日の授業で教わったところを教えて差し上げますわ。わたくしはリューネさんのことが好きですもの」
「ありがとうシアちゃん!」
しかも今さらっとわたしのこと好きって! 好きって言ってくれた!
にひひ、嬉しいよぉ!
「あ、それならボクたちも……」
そう言うイヴたちを、シアちゃんはチラリと一瞥する。
「あら? でも皆さんはリューネさんが好きではないんでしょう?」
……シアちゃんは楽しそうというか、愉しそうだね。ドSを見せつけていくスタイル、嫌いじゃないよ。
そしてわたしの心ににょきにょきと芽生える加虐心。ここはシアちゃんに協力しよおっと。
「わたし、自分のことを好きでいてくれる人に教えてもらいたいなぁー」
「ぬぬぬ……」
「そうですわよねぇ。さあリューネさん、一緒に二人三脚でお教えいたしますわ」
「ありがとうシアちゃん。じゃあ早速――」
「わかったよ、言うってば!」
イヴがわたしたちを呼び止める。
イヴとリズっちとフィラちゃんは、横に並んでわたしと対峙した。
ちなみにシアちゃんはそれを横から見ながら恍惚の笑みを浮かべている。さすがシアちゃんだ。
イヴがモジモジと手を動かしながら、それでもわたしの目をきちんと見て口を開く。
「あのねリューネ。ボクはリューネのこと、その……好き、だよ?」
「うひひ」
こんな美少女に面と向かって好きなんて言われたら、鼻血でちゃうよぉ!
しかしわたしはそれを鉄の意思で我慢する。
まだ二人からの言葉が残ってる、こんな貴重な機会を無下にするわけにはいかない。じゃないと一生後悔しちゃうもん!
次はリズっちだ。リズっちはわたしから目を逸らしながら言う。
「妾もまあ、なんじゃ、嫌いではないの」
「やり直しですわ」
シアちゃんの鶴の一声によってやり直し制度が導入された。
すごいなシアちゃん、やりたい放題じゃん。
「ぬぐぐ……好きじゃ! 好いておるわ!」
「でへへ」
顔を真っ赤にしながら目を見て言ってくれるなんて、こんなご褒美あるんだね。
そして最後はフィラちゃんだ。
フィラちゃんはほのかに頬を染めながら、真っ直ぐにわたしを見て言う。
「あたしはリューネのことが好き。リューネはいつもあたしたちを明るくしてくれるし、あんたがいなきゃ、あたしたち四人が仲良くなることは決してなかったと思うわ。リューネ
、あんたといると……あたしは幸せよ」
「えへへ」
照れるなんてもんじゃないですねこりゃあ。
わたしは一切の躊躇なく床に倒れ込んだ。
あおむけになったわたしはきっと今、世界で一番幸せな顔をしているんだろう。
「もう死んでもいいよぉ……」
「ば、馬鹿なこと言ってないで、勉強するわよ」
「はーい……」
わたしは夢見心地のまま、皆に今日の授業の範囲を教わった。
こんな経験をさせてくれたシアちゃんにはいくら感謝してもしたりないね!
ありがとうシアちゃん! そしてありがとう皆! あたしも皆が大好きだよっ!
次で最終回です。
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