60話 決断
「俺と戦ってみたいって? 本気か、リューネ?」
「はい、本気です!」
レオナルドさんに頷きを返す。
勝ったら凄い、負けたら罰ゲームを受けられる。どちらにせよわたしには得しかない。
こんなの、やらないなんて選択肢存在しないでしょ!
レオナルドさんはわたしの目を見つめてくる。
これは……きっとわたしが本当にやりたいかどうか、目を見て見極めるつもりなのかも!
わたしは負けじと、目力マックスでレオナルドさんを見つめ返した。
「なるほど、いい度胸だ。勝負するとしようか」
やった! 来た来た来た!
わたしはピョンピョン飛び跳ねたい気持ちを抑え込み、レオナルドさんと共にグラウンドの中央に移動する。さっき雷魔法を撃ちこんだところだ。
レオナルドさんは黒こげになった地面を一瞥する。
「遠慮せず来いよ。俺を殺すつもりでな」
レオナルドさんは絶対的に格上だ。
勝とうと思ったら、全力を出さなきゃ絶対無理!
殺すつもりでやってもどうせ殺せないんだから、本気を出す以外はあり得ない!
「言われなくてもそのつもりです!」
わたしの答えに、意外そうに目を僅かに見開くレオナルドさん。
そしてギパッと邪悪そうに笑った。
「……いいね、好きなタイプだぜ」
とても国を守る騎士団長とは思えない悪役顔だ。
だけど、その身体から発される圧は凄い。
今までに体験したことのないものだ。
ただ目線を向けられているだけなのに、感電したように身体がビリビリと痺れる。
すごい、すごい! こんなの初めてだよ!
少し離れたところで団員の皆が見守る中、わたしたちは互いに向かい合う。
「先攻は譲る。全力を見せてみろ」
「わかりました!」
レオナルドさんの武器はほぼ間違いなく、腰につけている剣だ。
優れた剣士は魔法を剣で切り裂いてしまう。
それに対抗する方法は、斬れないくらいまで徹底的に魔力濃度を高めた一撃を繰り出すこと。
「むうぅぅ……」
わたしはレオナルドさんに勝つために、残っている全ての魔力を込めることにした。
何回かに分けて攻撃しても、レオナルドさんにはきっと全部切り裂かれてしまうだろう。
それに、そもそも二撃目以降を撃たせてもらえる気がしない。
なら、この一撃に全てを懸ける。それが一番勝率が高いはずだ。
「ふううう……っ!」
身体中全ての魔力を、レオナルドさんへの攻撃のために使う。
先手はもらえたんだ、準備する時間はいくらでもある。焦っちゃだめだよ、わたし!
「ううう、ぬんんんんっ!」
「むむむむむむっ!」
「たぁぁぁぁああっ!」
「どりゃああああっ!」
「はぁ、はぁ……」
十五分ほどかけて、わたしは魔法を完成させる。
つ、疲れた……。こんなに一発の魔法に時間をかけたのは初めてだよ……。
でもその分、納得のいく出来の火魔法が出来た。
小さい太陽と見間違えるほどの熱と、魔力濃度。
正直、これを耐えられるようなビジョンが見えない。
「……ちょっと、あれは一体何なの?」
「ここまでの魔力量とは、流石に予想外だぜ……」
「魔力量が多過ぎて、空気が振動してる気がするんだけど……!」
「つーか、ここまで熱が来てんぞ。大丈夫なのか、団長」
見守っていた騎士団の人たちも、わたしの火魔法に驚きの声を上げる。
その中でただ一人、レオナルドさんだけが鋭い顔でわたしを見つめていた。
「準備は出来たか?」
「はい……行きますよ、レオナルドさん」
「ああ、来いよ」
「やああああぁぁぁっっっっ!」
わたしは天に掲げていた両腕を振り下ろす。
火魔法は一直線にレオナルドさんの元に飛んで行った。
行け! 倒しちゃえ!
そう思う私の視界に、剣に手をかけるレオナルドさんの姿が映る。
「――っ!」
次に確認できたのは、剣を振りぬいた姿だった。
わたしの全力を込めた火魔法と、レオナルドさんの剣がぶつかり合う。
一瞬の膠着の後、火魔法は一刀両断された。
左右に着弾し、轟々と燃え盛る炎。
その真ん中で、レオナルドさんは佇む。
「熱っ……すごいなリューネ、剣を振った右腕が火傷しちまった」
そう言って感心したようにわたしを見る。
その腕は確かに赤く腫れていたが、レオナルドさんほどの実力なら左腕だけでも戦えるだろう。
しかしレオナルドさんはその圧を緩め、剣を左肩にトン、と乗せる。
「さて、次は俺の番といきたいところだが……ここまでだな。もう魔力もないんだろう?」
レオナルドさんの言う通りだった。
全ての魔力を使い果たしたわたしに、これ以上戦う力は残っていない。
「ま、負けました……」
わたしは降参を宣言する。
つ、強すぎるよぉ……。
「良い魔法だったぞ。あれだけの威力の魔法は今までほとんど見たことがなかった」
戦闘を終えたレオナルドさんがわたしを慰めてくれる。
火傷した右腕はすでに回復魔法で元通りだ。
「いえ、完敗です」
正直あの魔法を耐えられると思わなかった……やっぱり騎士団のトップはすごいんだなぁ。
わたしももっと鍛錬しないと駄目かぁ。
「次は勝てるよう、頑張ります!」
「おう、再戦を楽しみにしておく」
レオナルドさんと握手を交わす。
少しでもこの人に近づけるように、頑張らなきゃ!
「リューネちゃん、あの団長と戦いになるだけ凄いんだよ? 普通なら嬲られるんだから!」
そんなことを言いながら、お兄さんお姉さんがわたしの肩を叩いてくれる。
きっとわたしが落ち込まないように励ましてくれているんだろう。
やっぱり騎士団の人は優しいなぁ。
「団長って性格悪いですもんね~」
「そうそう、それに顔怖いし」
「あ、それ俺も思ってたっす。団長って悪人顔ですよね!」
「お前らグラウンド十周な」
「ひっ!?」
あ、レオナルドさんが怒った。
「お、横暴だ! 断固抗議を――」
「ほら、さっさと行かねえと倍にするぞ?」
「了解しました!」
騎士団の人たちは凄い速さでグラウンドを回りだす。
彼らの表情は一様に真面目そのもの、オンとオフの切り替え方が凄い。
その様子を見て、レオナルドさんは頭を押さえる。
「はぁ……まったく、アイツらは……」
レオナルドさんも色々と大変なようだ。
組織の上の人にしかわからない悩みみたいなものもあるんだろう。
でもその大変さはわたしにはわからないし、今はそれよりも大事なことがある。
「それで、レオナルドさん。負けた罰はなんですか?」
「罰? ああ、本来ならグラウンド百周なんだが……」
レオナルドさんはわたしを見下ろす。
今のわたしは魔力もすっからかんで、元々の身体能力もそこまで秀でているわけではない。
「リューネには無理だろうしなぁ……」
わたしを観察したレオナルドさんはそう言って腕を組んだ。
「出来ます!」
わたしはレオナルドさんに食い下がる。
何のためにわたしが戦ったと思ってるんですか! 厳しい罰ゲームの為ですよ!?
これで私の身体に配慮なんかして優しい罰になってしまったら、わたしは何のためにレオナルドさんと戦ったんですかっ!
そんな思いが伝わったのか、レオナルドさんは一歩後ろに下がる。
「す、すごい熱意だな。……だけど、くれぐれも無理するなよ?」
「いえ、無理やりやらされたいんです! 『やれやコラァッ!』って感じでお願いします!」
「……!? 俺が命令しないといけないのか?」
「そうです! お願いします! お願いしますレオナルドさん!」
命令されればやる気が出るんです!
無理やりやらされるのに興奮するんです!
そんなわたしに根負けしてくれたようで、「……わかった」と渋々ながら言ってくれることになる。
「やったぁー!」
「一度しか言わないからな? ごほんっ……グラウンド百周だ。やれやコラァッ!」
ひゃあああっ! 最高だよぉ!
あわわわわ! あわわわわ!
わたしは嬉しすぎて何も考えられなくなってしまう。
と、丁度その時、一周し終わった騎士団の人たちが偶然わたしたちの近くを走っていた。
レオナルドさんの大声は、当然彼らの耳に入ることとなり――
「……えっ。み、皆聞いた!? 団長がリューネちゃんに酷いこと言ってる!」
「俺も聞いた! 幻滅しましたよ団長!」
――こんな反応をされてしまう。
「違う、違うんだお前らっ! リューネ、説明をしてくれ!」
「はぁあっ……! 命令されるって、やっぱり最高ですね! レオナルドさん、わたし走ってきます!」
命令にはちゃんと応えないとね!
せっかく命令してもらったんだから、意地でも完走しちゃうんだからっ!
「リューネ! 待ってくれ、リューネ!」
なぜかわたしを呼び止めようとするレオナルドさんに構わず、わたしはグラウンドを走り出した。
そんなこんなで、色々あった体験入団もとうとう終わりを迎えた。
「ありがとうございました!」
わたしはレオナルドさんと、騎士団の皆さんに頭を下げる。
今日一日で、色々と普通では得難い経験をさせてもらった。素直に感謝したい。
「リューネが騎士団に入ってくれるのを、俺は楽しみにしてる」
レオナルドさんが言う。
「団長にいじめられそうになったら、私たちが守ってあげるから大丈夫よ!」
「だから、俺はいじめてねえって!」
……あれ? これってもしかして、わたしのせいでレオナルドさんが誤解されてる……?
まずい、それは駄目だ! レオナルドさんは良い人なんだ! それを伝えないと!
わたしは胸に手を当て、お姉さんお兄さんに訴える。
「皆さん、違うんです! レオナルドさんが命令してくれて、わたしは本当に嬉しかったんです!」
「ほら、リューネもこう言って――」
「せ、洗脳だ……! リューネちゃんを団長が洗脳してる!」
「最低! 鬼! 悪魔!」
「おい、誰か俺の話を聞け!」
……あれ、なんか余計こじらせてしまったような……?
「ご、ごめんなさいレオナルドさん……わたしのせいで……うぅ……」
申し訳なさ過ぎて、涙が出てくるよぉ……。
「団長がついにリューネちゃんを泣かせたあああ!」
「男の風上にも置けないっす! 皆で団長をこらしめるっす!」
「なんでそうなる!? おい、一対十五は卑怯だろうがお前ら! ちょっ、待っ――」
「問答無用ぉぉ!」
そのまま騎士団の皆は一致団結して、レオナルドさんと戦いを始めてしまう。
結局全員の誤解を解くまでには、およそ十分の時間を要した。
和解した後、「もっと団長の俺を信用しろ!」とふて腐れるレオナルドさんを見ながら、わたしは思う。
色々迷惑かけちゃったけど、でも来て良かった。
……うん。心は決まったかな。
「ほら団長、拗ねないでくださいよ。飴ちゃんあげますから。ね?」
「お前らは俺を何だと思ってんだ! 大体お前らはだなぁ……」
「レオナルドさん、少し良いですか? お話があるんですけど」
わたしはレオナルドさんに話しかけた。




