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6話 頬を流れる透明な雫

 そして翌日。

 わたしはイヴと一緒に魔法科の訓練を受けていた。

 内容は昨日と同じ、魔力が尽きるまで体内の魔力を身体から放出するというものだ。

 クラスが決まるまでのあと一週間ほどはこの訓練を続けるらしい。

 でも正直ちょっとつまらない。わたしには楽すぎるからね。


 ちなみに昨日と打って変わって、イヴは人の目を引いていた。

 昨日までは使えなかった魔法が使えるようになっていたからだ。


 目を瞑って直立姿勢のイヴは底冷えする冷気のような魔力を身体から放出している。

 なんというか、美しい。

 とてもわたしの髪の毛を集めていた人とは思えない。


 わたしは隣のイヴを観察する。

 それにしても……凄い魔力量だ。

 わたしよりは少ないけど、ここまでの魔力量の人は中々いないと思う。


 すでに残っているのはわたしとイヴだけ。

 そのわたしたちの元に、先生がやってくる。

 先生はイヴの代わり様に目を丸くして驚いていた。

 まあそうだよね、昨日まで魔法使えなかったわけだし。


「お前、まだいけるのか?」

「はい」

「昨日は随分と早く脱落していたはずだが……。というかお前、魔法を使えたのか?」

「リューネのおかげです」


 そう言ってイヴはわたしを立ててくれる。

 イヴ、良い子。

 でもちょっとくらい責めてくれてもいいんだよ?

「治してなんて言ってねえよこのクソ野郎!」とか言ってくれてもさ。

 そうしたらわたし、涎を垂らして喜ぶから!




「よし、そこまで。今日はこれで終わりだ」


 先生の号令で今日の訓練は終わった。

 クラス分けもまだだから、軽めの授業で終わりのようだ。

 大多数の人にとっては充分きつそうだけど。


 訓練が終わると同時に、わたしたちの方に人がたくさん寄ってきた。

 ……いや、これはわたしたちの方というよりイヴの方か。

 イヴはあっという間に魔法科の人たちに囲まれる。


「あなた凄いのね! でも私は最初からあなたは凄い人だと思ってたわ!」

「なんでそんなに急に魔力が多くなったの?」

「ねえ、あたしと友達にならない?」


 イヴはそんなことを口にする彼らからするりと抜け出て、私に手を差し出した。


「リューネ、帰ろ?」


 わたしへの態度と周りへの態度が違いすぎる。

 まあ、急にこんな風に態度変えられても困るよね。

 きっと今一番困惑してるのはイヴなんだろう。


「うん、帰る!」


 わたしはイヴの手をとり、修練場を後にした。





「イヴ、あんまり気にしない方がいいよ。きっとすぐに皆慣れてくれるから」


 修練場から寮までの道すがら、わたしはイヴにそうアドバイスする。

 イヴもそれはわかっているようで、コクンと頷きを返してくれた。


「ああいう人たちは、ボク自身を見てるんじゃなくてボクのスペックを見てるだけだからね。ボクが魔法を使えなくなったらどうせすぐに離れてっちゃうよ。魔法が使えなくなったときに身にしみて分かった。……でも、リューネやフィラリスはきっと一緒にいてくれると思ってる」

「うん、一緒にいるよ」

「えへへ、ありがと……」


 かわいすぎませんかこの子。

 こんな可愛かったら絶対男の子に狙われちゃいますよ。

 気を付けてイヴ! 男は狼! わたしは変態!


「でもイヴ、魔力を扱うのは久しぶりなのに、すごい魔力だったね。わたし驚いちゃったよ。長い間使ってなかったら少しくらい魔力管の働きも弱くなっちゃうはずなのに」


 まさかあんなに魔力量があるとは思わなかった。

 それに、魔力量があってもそれを全身に運ぶ魔力管の働きは確実に弱っているはずだ。

 わたしは傷を治しただけで、数年間魔力管を使っていなかったのは事実なんだから。


 例えば筋肉に例えればわかりやすいかもしれない。

 数年間寝たきりの人をわたしが回復魔法で治したとして、その人の筋肉は数年間動いていなかった状態のままだ。だからいきなり激しい運動はできない。


 なのにイヴは、いきなりあれだけの魔力を放出して見せた。

 それがわたしには驚きだった。


「ああ、ボク元々魔力量だけは子供のころから宮廷魔術師レベルって言われてたからね。魔力管については……リューネにカッコ悪いところを見せられないと思って、頑張ったんだ」


 イヴは少し恥ずかしそうに頬を掻く。

 なにこの子、なにこの子!

 健気にもほどがあるでしょう!?


「でもさすがにいきなりあれだけやったらちょっと疲れたや。……ねえリューネ」


 イヴは感動しているわたしの目をじっと見つめてくる。

 そして少し私に寄り添い、言った。


「……リューネに褒めてほしいな」


 それを聞いた瞬間、わたしは衝動的にイヴの頭をなでなでした。

 そりゃあもう、なでなでした。


「イヴ、よく頑張ったねー!」

「えへへ……!」


 イヴは嬉しそうにはにかむ。

 そんな笑顔を見せられると私も嬉しい。

 でもこれ、もう完全にわたしがご主人様になっちゃったよね。

 折角有望なご主人様候補の人材だったのに……どうしてこうなった……!






 それから数時間後。

 部屋にいたわたしの耳に、ガチャリと扉の開く音が聞こえてきた。

 フィラちゃんが帰って来たみたいだ。


「ただいまー。って、あら? イヴじゃない」


 フィラちゃんの目線の先にはイヴがいた。

 そう、帰り道では話が途切れなかったので部屋まで入れちゃったのだ。


「お帰りなさいフィラリス。また来ちゃったんだ。お邪魔かな?」

「いや、あたしは楽しいからいいけど」

「数少ない友達だもんねー」


 わたしはフィラちゃんに半目で言う。


「うぐっ……。う、うるさいわねリューネ。ここから一気に百人までいくんだから」


 百人かぁ……目標を持つのは大事だよね、うん。


「な、なによその生温かい眼差しは……」

「いや、フィラちゃんぺろぺろしたいなぁーと思って」

「なんでそうなるの!? 嫌よ」

「じゃあべろべろは?」

「同じじゃないの!」

「違うよ。ぺろぺろはくすぐる感じで、べろべろは舐め溶かす感じだよ」


 まったく、何言ってるのフィラちゃん。


「舐め溶かすってなによ……。怖すぎるんだけど……」


 ああ、フィラちゃんにドン引きされてるぅ……!

 興奮するよぉ……!


「とにかく舐めるのは駄目だからね」

「えー、ざんねーん」

「お望みとあらば」


 イヴが突然服をたくし上げ、わたしに腹部を露出してきた。

 雪のような白い肌がとっても綺麗だけど、イヴってこんなキャラだったっけ?

 そんな武骨な言葉づかいして、どこぞの武士かと思ったよ?


「イヴ、あんた何言ってるの。溶かされるわよ? 舐め溶かされるわよ?」

「リューネになら舐め溶かされても本望かなって感じがしてる」

「……あんた、本物ね……」


 平然と言ってのけるイヴに、フィラちゃんが渇いた笑いを漏らす。

 そしてわたしにお腹を近づけてくるイヴ。

 だけど、いまいちそそられない。


「イヴ。わたし、イヴのお腹はぺろぺろしないよ」


 わたしはイヴの提案を断った。なんでかって?


「わたしは舐められたい人を舐めたいんじゃない、舐められたくない人を無理やり舐めたいの!」

「普通に最低な発言よね」


 フィラちゃんが身の危険を感じたようにお腹を押さえる。

 わたしはシチュエーションを重視するタイプなんだもん。

 でもやっぱり一番は無理やり舐めさせられるのだよね。

 つまり何が言いたいかっていうと、ご主人様が欲しい。

 早く迎えに来て、わたしのご主人様!


 それにしても、イヴがフィラちゃんに本物と認められてしまうなんて……。

 わたしはまだなのに! 悔しい!


「くっそー、負けないからねイヴ! わたしもフィラちゃんに本物だって認めてもらうんだから!」

「あんたはもう充分本物よ。安心して」


 フィラちゃん……!

 フィラちゃん、わたしのことを認めてくれてたんだね……!

 あ、やばい、泣きそうだよぉ……!


 わたしの目からはすでに透明な液体が溢れだしていた。

 わたしは両手で口元を押さえながら、喜びをあらわにする。


「や、やったぁ……ひっく……!」

「おめでとうリューネ、よかったね……ぐすっ」

「何を二人がそんなに喜んでるのかちっともわからないわ……。泣くほどなの……?」


 わたしはフィラちゃんの優しさに、さめざめと泣き続けるのだった。

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