57話 謁見
「うっわぁ……!」
そんな声を出したのは、多分フィラちゃんだったと思う。
声を出さないまでも、わたしも気持ちは同じだった。
王宮って、すっごい!
中へと案内されたわたしたちがまず見たのは、純金でできた甲冑。
純金の甲冑なんて戦闘じゃ役に立たないだろうから、完全に飾り用だろう。
飾りにこんな量の金を使い込むことに、いきなり度肝を抜かれた。
高そうな壺や絵画が廊下にはいくつも並べられ、そこを通るたびにわたしたちの身体はこわばる。
「そんなに固くならなくても大丈夫ですよ」と案内の人には言われたけど、固くもなるなって方が無理だよ。こんな高そうなの壊したら一体いくら請求されるか……。
ああ、なんかちょっと緊張してきたかも。皆の気持ちがわかってきたよ……。
もはや完全にいつも通りなのは、「王とは趣味が合いそうじゃなぁ」とか暢気に言ってるリズっちだけだ。
あとは、何回か来ているらしいシアちゃんと先生も比較的平気そう。
わたしとフィラちゃん、イヴは緊張気味かな。ガチガチってわけじゃないけど。
それにしても、本当にすごい建物だ。
これが王宮……国で一番偉い王様がいるところなんだね。
バカみたいにお金を使っているかと言われればそうなのだろうけど、それでも嫌らしさがない。
きっとデザイナーみたいな人が色々計算して配置してるんだろう。
わたしたちはキョロキョロと周囲を見ては感嘆の息を漏らしながら、お上りさんのように宮内を進む。お上りさんのようというか、実際お上りさんなんだから仕方ない。
特にわたしとフィラちゃんは元から王都に住んでたわけじゃなくて、王立学園のために王都に出てきた地方組だからね。
「すごいわねリューネ。ここまでいくともはやおとぎ話の世界だわ……」
「そうだね、フィラちゃん」
呆気にとられて感動してるフィラちゃん。相変わらずかわいいなぁ。
「こちらで国王と近衛騎士団長がお待ちです」
案内の人はそう言うと、えんじ色の荘厳な扉をノックし、開く。
そしてわたしたち六人を中に招き入れた。
ここに、王様がいるんだよね……。
ゴクリ、と唾を呑みこむ。
……よし、行こう。
意を決し、わたしはその部屋の中へと足を踏み入れた。
赤い絨毯の敷かれた床を踏みしめ、一歩ずつ中へと進む。
そこにいたのは、王様と壮年の騎士だった。
王様は一段上の宝石のちりばめられた椅子に座っていて、その傍に騎士が控えている。
そして、わたしたち六人分の椅子も並べられていた。
「待っていたぞ。よくぞ参ったな」
王様がわたしたちに声をかけてくれる。
その声が聞こえた途端、わたしたちはすぐさまかしづいた。
王様から直々に声をかけてもらうなんて、普通に生きていたらまずありえない経験だ。
こういう時の作法は学園でも習ってないんだけど……大丈夫かなぁ。
でも、王様の声は温かくわたしたちを迎えいれてくれているように聞こえた。
とりあえず、悪感情は持たれていないようで安心する。
「楽にしてよいぞ。私はお前たちにかしこまらせるためにここに呼んだのではない。難しいかと思うが、どうか楽にしてくれ」
一段上になったところから、王様はわたしたちに言ってくれる。
王様の顔はわたしも新聞とかで何度か見たことがある。
その顔よりも実物の方が雰囲気があるように思えた。生で見ないとわからない迫力みたいなものがあるのだ。
六十歳は超えているはずだけど、とてもそうは見えないようなエネルギッシュな人だ。
顔が生気で満ち溢れていて、髪の毛や髭も白髪だけど決まっている。
語弊を恐れずに言えば『めちゃくちゃカッコいいお爺さん』って感じ。
……なんか、すごい良い王様な感じがする。
これならちょっとくらいは粗相をしても許してくれそうかも。
そんなことを思うわたしの前で、リズっちがスクッと立ち上がった。
「なら、そうさせてもらうのじゃ」
そう言うと、用意されていた椅子に足を組んで座る。
す、すごいやリズっち、さすがにわたしもそこまでは無理だよ。
「リズリズさん! 何をやってますの!?」
「む? 何をと言われても……楽にせいと言われたではないか。それに対して異を唱える方が妾には考えられんのじゃが……?」
心底不思議そうな顔をするリズっち。
ここら辺は人間と魔族の考え方の違いみたいなところなんだろうか。
たしかにリズっちの言っていることも一理あるような気もしないでもない。
でも、それで王様が怒っちゃったら……。
わたしたちは恐る恐る王様の方を見上げる。
「ふむ、それでいいのだ。他の者らも彼女と同じように振舞ってくれ」
王様は満足げに頷いていた。
どうやら本当に、わたしたちには礼節は少しも期待していないようだ。
……なら、緊張する必要もないよね!
「わかりました!」
わたしは元気よくそう答え、ちょこんと椅子に座る。
他の皆も、躊躇しながらもわたしに続いて椅子に座った。
それを見て、王様は一層満足そうに頬を上げる。そして頬杖をついた。
「それでよい、それでよい。私も堅苦しいのは貴族らと話す時だけで十分だ。四六時中気を張り詰めていたら、肩が凝って仕方ない」
それに苦笑したのは、傍に控えていた壮年の騎士だ。
「国王様、少々ぶっちゃけすぎです。大臣に聞かれたらまた小言言われますよ?」
四十歳くらいの彼は、親しげな口調で王様に言う。
主従の関係というよりは、友達みたいな関係性に見えた。
「それは嫌だな……。……よし。お前ら、ほどほどに緊張感持つ感じで頼む」
王様は頬杖を止め、ゴホンと一つ咳をする。そしてキッと鋭い顔をした。とても還暦を迎えているとは思えない顔だ。
「……レオナルド。私はこんな感じの顔をしてればいいか? 今の私は決まっているか?」
「国王様、その一言で威厳が台無しです」
レオナルドと呼ばれた壮年の騎士が答える。
……王様ってこんな感じなんだ。
始めの一通り挨拶も終わったところで、王様はわたしたち一人一人に感謝状を渡してくれる。
まずはシアちゃん。
「ローレンシア……シャルティア家の一人娘だな。うむ、どこもかしこも順調に育っているようで、何より」
「王様、普通にセクハラですわ」
シアちゃんは王様にニコリと微笑む。
「やれやれ、窮屈な世の中だ……。そうは思わぬか、レオナルド」
「そこで俺に振るのは止めてください」
王様に言い返せるなんて、さすがシアちゃん!
というかシャルティア家って、大貴族中の大貴族じゃん!
シアちゃんってそんな凄い家の子だったんだ……!
次にイヴ。
「イヴ……ああ、リュルネス家の子か。お前が赤ん坊のころ、一度だけ会ったことがあるぞ。覚えていないだろうがな」
「ほ、本当ですか!? ……というか王様、ボクのこと知ってらっしゃるんですか!?」
「当たり前ではないか。私は一度会った人間の顔は決して忘れん。王として当然だ」
か、カッコいい……。
直前にシアちゃんにセクハラ発言してなきゃ、超カッコ良かったよ!
次にフィラちゃん。
フィラちゃんは王様と間近で向かい合う緊張で、手に残像ができるくらい震えまくってる。
「フィラリス。そこまで緊張せずともよいのだ。落ち着いてくれ」
「は、はいぃ……。しゅ、しゅみません……」
しゅみませんとか、フィラちゃんかわいいかよ!
次にわたし。
「リューネ。お前の話は王宮にまで届いておるぞ。なんでも凄まじい魔力の持ち主で、変態らしいな」
「どっちもその通りです!」
わたしは元気よく答える。
「ふっ……面白いヤツだ」
あれ、なんか笑われた。どういう意味だろ?
次にリズリズ。
リズリズが壇上に登ると、レオナルドさんの顔が僅かに引き締まる。
弛緩しきっていた雰囲気に、ピリピリとした緊張が戻ってきた。
「レオナルド、大丈夫だ」
そんなレオナルドさんを、王様は一言で制する。
「リズリズ・ぺトラリュリュシカ・マトリョシカ……お前が件の魔族だな? 私たちはお前に危害を加える気はない。できれば敵対はしたくない。よろしく頼む」
そして、国王様はリズっちに手を差し出した。
「妾としても、人間に対して害意は無い。こちらこそ今後ともよろしく頼むのじゃ」
その手を、リズっちは握り返す。
どうなることかと思ったけど、穏便に済んだみたいでよかったよかった。
そして最後にセリア先生。
王様はしみじみと先生の姿を見る。
「『蒼姫』セリア、お前も大きくなったものだなぁ……。龍を討伐した折にここにやってきた時は少女だったが、今ではまごうことなき美女ではないか」
「ありがたきお言葉です」
先生が深く頭を下げる。
やっぱり先生って子供のころから凄かったんだ……まあ、じゃなきゃこんなに若いのに学園長なんてできないよね。
「学園の方は、上手くやっているようだな」
「生徒たちの才を潰さぬよう、伸ばせるよう、日々努力しております」
「お前の働きは大いに国の助けになっている。これからもよろしく頼むぞ」
「はい、尽力させていただきます」
さすが先生、決めるところはちゃんと決めるね!
レオナルドさんがわたしたちの功績を読み上げ、それに国王様がお褒めの言葉をくださる。
一連の流れは、当初想定していたよりも格段に和やかな雰囲気で行われた。
それはきっと、王様が硬くなっていたわたしたちに配慮してくれた結果だろう。
自分が堅苦しいのが嫌なだけだったような気もするけど、わたしたちも助かったから別にいい。
そして最後に、王様がわたしたちに言葉をかけてくれる。
「私はお前たちが将来国を引っ張っていくような人材になることを期待している……が! お前たちにはお前たちの進みたい人生というものがあるだろう。お前たちの前には無限の選択肢が広がっているのだ。好きに生きよ」
その言葉には、なんだか重いものが乗っかっているような気がした。
……もしかしたら、王様は好きに生きれなかったのかもしれない。
「突然呼び出して悪かったな。これで終わりだ、帰ってくれて構わん。……レオナルド、眠い。布団を用意せい」
「最後までちゃんと王として振舞ってください。子供じゃないんですから」
「もう私は還暦なのだ。お昼寝の時間をくれ」
「還暦でもエネルギッシュでしょうが。馬鹿みたいに」
「おいレオナルド、王に向かって馬鹿とはなんだ。打ち首にするぞ」
「お馬鹿ならよろしいですか、国王様」
「うむ、よろしい」
……わたしたちは何を見せられてるんだろう……。
急におふざけを始めた王様とレオナルドさん。その邪魔をしないよう、わたしたちは音を立てずに部屋から出ていこうとする。
「ああ、少し待ってくれないか。ピンク髪の子……ええっと、リューネとかいったか?」
抜き足差し足していたわたしを、レオナルドさんが呼び止めた。
「わたしですか? ……なにか?」
「いや……君、騎士団に興味はないかな。もしよければ、俺たちと一緒に国を守ってほしいんだ」
……え、わたし今、騎士団にスカウトされてる!?
ど、どうしよ~!?




