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56話 お呼ばれ

 林間学校から数日後。

 わたしはいつものように、皆をぺろぺろするチャンスを窺っていた。


「はぁぁ……はぁあ……ごほごほ、ちょっと咳が出るなぁー」


 興奮して息が荒くなるのを迫真の演技でなんとか誤魔化し、わたしは姿勢を前に倒した。

 特進クラスの教室の中で、わたしは現在二列目の右端にいる。

 五人しかいないわたしたちの教室では、一列目が二人、二人目が三人だ。

 そして、一番やりやすいのは二列目の席から前の席の人を狙うこと!

 自由席だから席順は毎日変わる。今日のわたしの前は誰かというと……。


「そういえばイヴさん、人形はもう作りませんの?」

「また悪霊が採り憑いたら嫌だし、人形作りはもう諦めたよ。だから最近暇ができちゃってさー、困っちゃうよ」

「なら、今日は一緒にお出かけします? 服屋さんなどはどうでしょう?」

「いいね、行こうよ」

「じゃあ決定ですわね」


 シアちゃんだ。

 横のイヴと楽しそうに談笑している。

 いつもならわたしも会話に入るところだけど、今日は入らない。

 存在感を消さなきゃ、ぺろぺろはできないからね。これは遊びじゃないんだよ。


 誰にも予備動作を見抜かれずに他人を舐めるというのは、並大抵のことではないのだ。

 前の席にいる人は死角の関係でまだ楽だけど、同じ二列目にいる人にはもろバレするリスクがかなり高い。

 だからこそ、わたしは決行の時に今を選んだ。

 今はお昼休み。フィラちゃんは飲み物を買いに行っているし、リズっちはお手洗いだ。

 イヴとシアちゃんは話に熱中していて、息をひそめているわたしの存在を意識の外におきつつある。

 わたしが完全にフリーになれるのは今だけ。この繊細一隅のチャンス、絶対に逃さないんだからっ!


 わたしはそーっとシアちゃんに近づく。

 ここで問題なのはシアちゃんよりも、むしろイヴだ。

 位置関係的には、イヴの方がわたしに気づきやすい。


「ふぁぁ……なんだか眠くなってきた。ボクちょっとお昼寝していい?」

「あれ、そうですの? なら授業が始まる前には起こしてあげますわ」

「ありがと。じゃあ、お休みー」


 イヴはそう言って机に突っ伏す。

 これは……これは来てる! わたしの時代が来てるっ!


 わたしはシアちゃんのうなじを凝視する。

 降り積もった新雪みたいにふわふわしてそうだねぇ、触りたいねぇ!

 こんなうなじ、けしからんですよ!


 わたしは口を開け、唇の間からちろりと舌を出す。

 あと少し、あと少しで――


「っ!?」


 わたしは愕然とする。


「リューネさん? どうかしました?」


 突然シアちゃんがわたしの方を振り返ってきたのだ。

 な、なんで!? 存在感は限界まで消して……はっ、そうか!

 し、しまった! イヴが寝てしまったことで、相対的にわたしの存在感が上昇してしまったんだ!


「わたしとしたことが……不覚……」


 わたしは机に突っ伏す。


「りゅ、リューネさん? どうしましたの? 具合、悪いんですの?」

「悲しみに暮れてるんだよ、シアちゃん……」

「悲しみに……?」


 あと少し、あと少しだったのに……。

 その後、休み時間が終わるまでわたしがショックを引きずったことは言うまでもない。






「じゃあ、皆さん行きますよ? 準備はいいですか?」


 セリア先生がわたしたちに声をかける。


「くれぐれも、くれぐれも変なことはしないでくださいね?」


 念を入れてわたしたちに言う先生。

 今日の先生は、一段と綺麗な格好をしていた。

 まるで王宮にでも行くかのような正装だ。……いや、実際これから行くんだけどさ。


 林間学校で数十のモンスタースポットの出現にも冷静に対応し、森の主を討伐。それに加えて森の崩壊も食い止めた。

 それらが評価されて、わたしたちは今日王宮に御呼ばれしているのだった。


「それにしても、王様に直々に感謝を伝えられることになるなんて、全く思ってなかったわよね」


 フィラちゃんの言う通りだ。まさか自分が王様の住んでいるところに行くなんて、考えて事もなかった。

 きっと建物とかすっごいんだろうなぁ。

 内装とか全部金で出来てたりするのかな? ……それは見にくそうで嫌かも。

 大なり小なり緊張している様子の皆の中で、リズっちとわたしだけは平常運転だ。

 一万年生きてるリズっちからすれば、王様なんて赤子同然なんだろう。そもそも魔族だから、王様に従う意識もあんまりなさそうだしね。

 そしてわたしはといえば、あんまり身分とかに興味がないのである。

 もちろん実際に会って凄いオーラだったりすれば緊張するかもしれないけど、相手が王様だからってだけで緊張はしない。大事なのは身分じゃなくてその人自身だからね。


「今代の王は中々見どころがありそうじゃのぅ。会うのが楽しみじゃ。どれ、一発器を試してやろうかの?」

「でも、王様は結構お年を召してるし、わたしのご主人様にはなれないなぁ……。よっぽど素質があれば別だけど……一応試してみようかな?」

「……リズリズさん、リューネさん。あなたたちは特に失礼の無いよう注意してくださいね?」


 なぜか名指しで注意されてしまった。なんでだろう?




 学園から歩いて十分ほどで、王宮の前に辿り着く。

 王宮の見た目は、超豪華なホールケーキみたいな感じだ。見るたびに美味しそうだと思ってしまう。

 そんな王宮を見上げ、シアちゃんは言う。


「入るのは久しぶりですわね」

「ローレンシア、来たことあるの!?」


 驚くフィラちゃん。


「ええ、何度かは。貴族として何度かご挨拶に伺ったのですわ」

「ボクも一回だけ来たことあるよ。うち、一応下級貴族だし」


 え、イヴって貴族だったんだ!?

 知らなかったよ……でも、通りで節々に上品さを感じるわけだ。

 やっぱり育ちって仕草に現れるんだなぁ。


「皆王宮に入ったことあるなんて知ったら、あたし、なんか余計に緊張してきたんだけど……」

「ボクだって緊張してるよ。王様には会ったことないしね」

「会ったことがあっても緊張するのに代わりはありませんわ。なにせ、この国で一番偉いお方ですもの」

「フィラリスさんたちは心配ありませんよ。むしろ心配なのは残りのお二人です」


 そう言って、先生はリズっちとわたしの方を見る。

 わたしもリズっちの方を見てみると、リズっちはわたしたちの前に構えられた立派な黒い門を見て、うんうんと細かく頷いていた。


「ほうほう、中々趣味がよさそうな門構えではないかえ。妾も気に入ったぞ。褒めて遣わす」


 うわぁ、凄い上から目線。

 でもたしかにリズっちの言う通り、凄い立派なことには間違いない。

 きっと警備の人もたくさんいるんだろうなぁ。


「ここで変なことしたら、きっとすぐに警備の人たちが駆けつけてきてわたし捕まっちゃう……それで鞭とかで叩かれたりして……ぐへへへへ」


 楽しそうだねぇっ!

 そんなわたしたちの様子を見て、先生はわたしたちの肩に手を置く。


「リューネさん、リズリズさん!? 本当に、本当に頼みますよお二人とも! 下手なことしたら私の首だけじゃ済まないんですからね!?」

「大丈夫ですよ先生。わたしはなるべく喋らないようにしますから」


 わたしはしゃべったら変なこと言っちゃいそうだし、黙っているのが一番だろう。

 さすがに王様に不敬を働く気はない。この国を守ってくれている人だもん、敬意をもって接しなきゃ。

 魔族のリズっちもそれはわかっているようで、わたしに続いて頷く。


「わかっておるのじゃセリア。妾はそこの乳臭いリューネとは違うからのぅ」


 からかうようにこちらを見るリズっち。

 これは、口を出さずにはいられない。


「……リズっち、誰が乳臭いって? もう一度言って見なよ」


 そう告げるわたしの顔を見たリズっちは、げんなりした顔で再び口を開く。


「……お主は、乳臭いのじゃ」

「でへっ。そ、それほどでもないよぉ……」


 わたしは後頭部に手を当てる。

 照れるねぇ! 罵られると照れちゃうねぇ!

 ありがとうリズっち、二回も言ってくれて!


「コヤツをからかっても喜ばせるだけなのを忘れておったわと。ニヤニヤしながら悪口をねだりおって……」

「えへへー!」


 そんな会話を交わすわたしたちを見て、先生はヒクヒクと頬を痙攣させた。


「胃、胃が痛いです……」


 そんな先生の肩に、シアちゃんが優しく手を当てる。


「先生、大丈夫ですわ。わたくしが全力でフォローに回りますから」

「ローレンシアさん……!」

「わたくしはあなたのご主人様ですもの。当然の責務ですわ」

「一生ついて行かせてくださいぃ……!」


 キラキラした蒼い目でシアちゃんを見つめる先生。

 ああ、セリア先生また抜け駆けしてるっ!

 くっそー! わたしだってご主人様を見つけたらそうやってイチャイチャできるのにぃっ!


「……なんか、緊張してたのが馬鹿らしくなってきたわね」

「奇遇だねフィラリス、ボクも丁度そう思っていたところだよ」


 案内してくれる人が出てくるまで、わたしたちは王宮の前でギャーギャーと騒ぎ続けたのだった。

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