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55話 美の化身

「……ん、あれ?」


 次に目を開けたとき、わたしの身体は椅子の上にあった。

 背中にもたれられるタイプの椅子だ。

 あと、左右から何かがわたしの肩に乗っかってきている。

 自分が置かれている状況がいまいち理解できないわたしは、キョロキョロと辺りを探る。

 肩に乗っかってきているのはフィラちゃんたちだった。皆すぅすぅと寝息を立てている。

 皆がわたしを囲むようにして、肩を寄せ合っているのだ。

 まさかの状況に目を白黒させていると、フィラちゃんが動き出す。フィラちゃんだけは起きていたみたいだ。


「あれ、リューネ起きたの?」

「フィラちゃん、ここって……」


 どうやらここは洋館ではないみたいだ。

 窓の外では、景色が凄い速度で流れていっている。

 だから今わたしがいる場所は多分……いや、確実に。


「ああ、もう帰りのバスの中よ。もうすぐ王立学園に着くとこ」

「……あ、やっぱり?」


 もう帰ってきちゃったのかぁ。

 フィラちゃんの話によると、当初の予定より一日出発を延ばしたらしい。

 だけどその間中、わたしは意識を失ったままだったんだそうだ。


「保険医の先生は心配ないって言ってたんだけど、皆心配しちゃってね。夜の間中も起きてたから、今頃眠気が来てるのよ」

「なるほどねー」


 皆、わたしのこと心配してくれてたんだ。

 ありがとう、皆!

 そんな風に心配してくれた皆が今こうやって無防備な寝顔をわたしに見せてくれていると思うと、なんだかとっても愛おしく思えてくるよ!

 愛おしく思えて……愛おしく……じゅるっ。


「……ねえねえフィラちゃん」

「舐めたりしたらすぐに皆を起こすからね?」

「え~っ!?」


 なんでさフィラちゃん!

 フィラちゃんさえ黙っていてくれれば、わたしは愛おしい皆をぺろぺろし放題なのに!

 ああ、楽園が目の前にあるのに手を出すことが許されないなんて、こんなの拷問だよぉっ!

 なんとか、なんとか舐める方法を探さなくっちゃ!

 んーっと、んーっと……。


「……そうだ、フィラちゃんも皆をぺろぺろしなよ! フィラちゃんが皆を舐めても秘密にしておくから!」

「あたしは舐めないわよ!?」


 共犯作戦は駄目かー。

 となると、もう万事休すだ。これ以上の方法はわたしの頭では思いつかない。

 フィラちゃん。こんな美少女たちをぺろぺろしたくならないとか、あなたは本当に特進クラスなの? 特進クラスじゃなくて、一般クラスなんじゃ……ん? あれ?


「……あっ」

「なに、どうかしたの?」


 わたしの顔から血がサーッと引いていくのがわかる。

 大事なことを忘れてた……。

 出発前にあれだけ意気込んでたのに、まさかすっかり忘れちゃうなんて……。

 わたしは震える声で言う。


「わたし、この林間学校で一般クラスの人たちから新しいご主人様候補を探すはずだったのに、全然探せてない……」


 というか、他のクラスの人と交流をした記憶さえない。

 こういうイベントとかじゃなきゃ中々他のクラスとの接点なんて持てないし、せっかくのチャンスだったのに……。

 ショックに打ちのめされるわたしに、フィラちゃんは少し考えてから言う。


「そういえばあたしも他のクラスの人と話した覚えがないわね……。まあ仕方ないわ、あんたたちといるのが楽しすぎたし。それとも、リューネはあたしたちといるのが楽しくなかった?」

「……楽しかった。うん、とっても楽しかったよ」


 楽しくなかったなんて、舌が裂けても言えない。

 皆と過ごしたこの一週間は、純粋にとても楽しかった。

 それこそ一般クラスの人と関わるのを忘れてしまうくらいには。


「じゃあいいんじゃないの? あたしはこの林間学校はとっても楽しかったし、これ以上ない日々を過ごせたと思ってるわよ。……まああたしは別にご主人様を探してる訳じゃないから、あんたは楽しかっただけじゃ納得できないのかもしれないけどさ」


 なるほどと思う。たしかにフィラちゃんの言うことももっともかもしれない。

 いくら後悔したところで、過去には戻れないんだ。それに皆とわちゃわちゃできて、普段の学園ではできないような経験も出来て、とても楽しかった。

 後悔するよりも、楽しい思い出だったと思う方が何万倍も有意義だ。

 わたしは感心を浮かべてフィラちゃんの顔をじっと見る。


「フィラちゃんは偶に良いこと言うよねぇ。うん、たしかにこれ以上ない林間学校だったよ」

「あんたがそう思えたのなら、林間学校を一緒に過ごした友達としてあたしも嬉しいわ」


 うーん、すっごく大人な意見だなぁ。

 やっぱりフィラちゃんはしっかりしてる。わたしたちの中でのリーダーは、確実にフィラちゃんだね。


「……」

「……」


 フィラちゃんの大人っぽさにすごいなぁと思っていると、なんだか変な間が開いてしまった。

 窺うようにフィラちゃんを見ると、フィラちゃんはなんだか少し視線を落ち着かなさそうに動かしている。どうしたんだろう?


「あのさリューネ……ありがとね?」

「うん? なにが?」

 突然告げられた感謝の言葉、だけどその意味がわたしには理解できない。


「あの……腐りかけたとき、あたしを励ましてくれて」

「ああ、良いって良いって。友達だもん、当然でしょ?」


 フィラちゃんのことだ、わたしが声をかけなくったっていずれ一人で立ち直れただろう。わたしはその期間をちょっと短くしただけで、そんなに褒められるようなことをしたわけでもない。

 でも、そんなわたしを見てフィラちゃんはしみじみと言う。


「……リューネのそういうところ、あたしも見習いたいわ」

「えー、フィラちゃんの方がすごいよ。大人っぽいし、しっかりしてるし、怖がりだし」

「最後関係ある?」

「凛々しいのに実は怖がりっていうギャップがいいよね」

「何よそれ……ふふっ」


 フィラちゃんは軽く笑う。え、なにその可愛さ。もしかして美の化身かなにかですか?


「リューネ。あたしリューネと友達になれて、本当に良かったわ。……これからもよろしくね?」


 フィラちゃんがわたしの肩に寄りかかってくる。


「うんっ! よろしく、フィラちゃんっ!」


 わたしもすぐにフィラちゃんに寄りかかった。えへへ、仲良し!


 と、そこで他の三人がむくりと上体を持ち上げる。


「楽しそうなところ恐縮なんだけど、そろそろボクたち起きてもいいかな?」

「なにやら良い雰囲気でしたわねぇ」

「そこじゃ、キスせい! キスじゃキス!」


 あ、皆起きてたんだ?

 わたしはその程度にしか思わなかったけど、フィラちゃんは目に見えて慌てだした。


「み、皆!? お、起きてたなら言いなさいよっ!」


 そう言ってわたしの肩から跳ね起きる。

 そんな風に反応したら、余計からかわれるだけなのに。フィラちゃんはパニックになっちゃうと頭が回らなくなるよね。

 案の定、フィラちゃんはからかわれだした。

 イヴが口元を押さえてフィラちゃんに言う。


「いやぁ、良いもの見させてもらったね。フィラリスがまさかあんな風にリューネに甘えるなんて……」

「う、うるさいわよイヴ!」

「羨ましいでしょ~」

「リューネも変なこと言わない!」


 だって照れてるフィラちゃん可愛いんだもん。しょうがないじゃん!

 と、皆でフィラちゃんをからかっていると、前から声が聞こえてきた。


「皆さん、もうすぐ着きますよ。忘れ物はしないようにしてくださいね?」

「せ、先生! 先生も起きてたんですか!?」


 フィラちゃんの声に、先生はこちらを向く。

 そして優しげににっこりとほほ笑んだ。


「はい、もちろん。楽しそうだなぁと思いながら全力で聞き耳を立てていました」

「うぅぅ……」


 余計に顔を赤くするフィラちゃん。くぅぅ~、その顔を見ながらご飯を食べたいねっ!


「ねえねえ、先生にも話聞かれてったってさ、フィラちゃんっ!」

「なんであんた嬉しそうなのよぉ……」


 帰りのバスの中でも思い出が出来ちゃったなぁ! うふふ、本当に楽しい林間学校だったや!






「着きましたよ、皆さん」


 先生がわたしたちに声をかける。

 窓からは王立学園が見えた。

 数日振りに見たけど、なんだか少し小さくなったような気がする。

 ……もしかしたら、わたしが大きく成長したからかもしれないね!

 そんなことを思いながら、わたしはバスを降りるのだった。

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