54話 リューネの本領
森が死んでいく。緑で覆われていた木がてっぺんから順に葉を落としていく。
森が灰色に染まっていく。
「わたしに考えがあるよ!」
そんな中、わたしは言った。
できるかどうかはわからないけど、出来るかもしれないことがある。
なら、まずやってみなくちゃ!
森を救えるのはわたししかいないんだから!
「リューネさん、考えとは?」
「わたしの魔力で森全体を包んで、回復魔法で回復させる! ……って感じなんですけど、どうですか先生」
わたしは先生に尋ねる。
わたしは魔力量だけなら誰にも負けない自信がある。それを活かせば、この森全体を包むことも可能なはずだ。
わたしの提案を聞いた先生は、難しい顔をした。
「この森全体を……? それができればたしかに森は生き残るかもしれませんが、さすがにいくらリューネさんでも難しいのでは……」
「不可能ではないですよね? じゃあやってみます!」
わたしは早速魔力を展開した。
悩んでいる間にも、森はどんどん枯れていっている。
一瞬の猶予もない状況だ。
だけど、現実はそう甘くはなかった。
森が、広すぎる。
わたしが思っていた広さの二倍以上に魔力を広げても、まだ森全体を囲みきれない。
これは……もしかしたら、無理かも。
「どんな感じなの、リューネ」
「フィラちゃん。思ったより森が広くて……今やっと魔力で覆ったところ」
予定よりかなり時間はかかったけど、なんとか森全体を魔力で覆うことに成功した。
あとは、ここから回復魔法をかけるだけ……なんだけど。
「では、あとは回復魔法を唱えるだけですわよね? 凄いですわリューネさん!」
シアちゃんがホッとしたような、喜びの声を上げる。
そっか、シアちゃんは槍士だから知らないんだ。
「いや、ローレンシア。難しいのはここからなのよ」
魔法をちょこっと学んだフィラちゃんが、わたしの代わりにシアちゃんの勘違いを訂正した。
「そ、そうなんですの……?」
「ええ、そうよねリズリズ」
「その通りじゃな。そもそも魔力を広げるのは、魔法の行使の前準備にすぎぬ。その時点でこれだけ手間取るようでは、おそらく……いや、確実に無理じゃ」
確実にとか、言ってくれるねリズっち……!
いや、実際かなりきついけどさ……。
まったく魔法に変換できる気がしない。範囲魔法を発動させるためには、「あらかじめ広げた魔力に、動くように命令するための魔力」が必要なんだけど、それは広げた魔力の数倍必要なのだ。
わたしの中にある魔力は広げた分と同じくらい。これだとリズっちの言う通り、ほぼ確実に無理だ。
でもなんとか……! なんとかしなくっちゃ!
「それともう一つ。魔力が足りない状態で魔法を使おうとすると、足りない分の魔力はどこから補充されると思う? ……命じゃ。術者の命を喰い、魔法は発動する」
「そ、そんな……。リューネさん、駄目ですわ! 森を大事にする気持ちはわかりますが、命を無駄にするほどのことではありませんわ!」
シアちゃんが必死の形相でわたしに告げる。
わたしのために泣いてくれるんだね、嬉しいよ。
わたしはシアちゃんに言う。
「大丈夫だよシアちゃん。必ず成功させるもん」
「リューネさんっ! なんでそこまで……!」
別に、そんなにすごい理由があるわけじゃない。
森にそんなに強い思い入れがあるわけじゃないし、もちろん死にたくだってない。
死んだら全部終わっちゃうんだ。そんなのとっても怖いし、絶対やだよ。
でも、わたしは回復魔法をかけることを諦めない。
無理だと思ったことから逃げてるだけじゃ、いつまでたっても成長しないんだ。
――わたしは、ここで、成長する!
「イヴ、先生……」
わたしは二人に話しかける。
魔力を展開しているだけで、急速に魔力が減っていく。
無駄話をしている暇はない。
だけどこの話は、作戦を成功させるためにどうしても必要な話だった。
寄ってきた二人に、わたしは言う。
「魔力譲渡の魔法って、使えませんか?」
すると、イヴと先生の顔は対照的に変化する。
「使えるよ!」
イヴは身を乗り出す勢いで、わたしに言ってくれた。
しかし先生は俯いて口を噤んだきりだ。
「先生? 先生はどうですか?」
「……使えは、します。ですが、他人の魔力で大規模魔法を使うとなると、リューネさんにありえないレベルの拒絶反応が――」
「ああ、先生。それならだいじょーぶですよ」
予想外だったのか、先生が顔を上げてこちらをみる。
魔力を放出し続けながら、わたしはグッと親指を突きだした。
「……わたし、痛いの好きなので!」
そしてヘヘッと笑って見せる。
正直笑える状況じゃないけど、こういうときこそ笑顔の力を借りたかった。
そんなわたしの顔を見て何を思ったかはわからないけど、先生は「……わかりました」と魔法を使うことを約束してくれる。
「皆、できれば急いでくれると嬉しいなって」
笑顔を止めた瞬間、全てが瓦解してしまいそうな気がして、わたしは笑顔のままで言う
困難でこそ笑う人っていうのは、案外こんな気持ちなのかもしれないなって思った。
「皆、ボクか先生の身体に触れて! ボクはリューネに皆の魔力を送るから!」
イヴが指揮を執り、イヴと先生の二人がわたしの身体に触れる。
「生徒にこんなことをさせるなんて教師として失格かもしれませんが、その分私の魔力は一滴残らずリューネさんに捧げます……!」
先生の魔力がわたしの身体に流れ込んでくる。
「頑張って、リューネ!」
イヴのも。
「失敗なんてしたら、承知しないんだからねっ」
フィラちゃんのも。
「リューネさん、生きてくださいまし……!」
シアちゃんのも。
「お主とおるのは楽しいのじゃ。まだ死なせぬからな?」
リズっちのも。
皆の、そしてわたしの魔力が、わたしのなかで混ざり合っていく。
ありがとう皆……あとは、わたしがやるだけ……っ!
「皆の魔力、使わせてもらうね」
膨れ上がった体内の魔力に指示を乗せる。
回復魔法を使うんだ! いいから黙って回復魔法になっちゃえ!
「ふんぬうううぅぅぅーー……っ!」
上手くいく気配がした。
広げた魔力に命令が伝わる予感がした。
ホッ……と、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ気を抜いてしまう。
そして次の瞬間、激痛が間髪入れずにわたしの身体を襲った。
「痛いぃぃぃぃ……!」
これが先生が言ってた激痛!?
めちゃくちゃ痛いよバカ!
なにこれ! 魔力の扉開けたときより全然痛いんだけど!?
わたしは地面にうずくまり、身体を丸める。
横になったわたしの頬に、流れ出た鼻血がたらりと垂れた。
怪我はしていないはずなのに、あまりの痛みに身体に異変が起きはじめてしまったみたいだ。
「痛い痛い痛い痛いっ!」
喉が枯れるほどの声を出す。
「だ、大丈――」
「でも気持ちいいぃぃぃぃっっっ!」
わたしは恍惚に染まりきった顔で叫んだ。
はぁぁ……最高だよぉ……っ!
頭がバカになっちゃうよぉぉ!
気持ち良い気持ちいい気持ちいい!
もっともっともっとぉ!
痛い気持ちいい痛い気持ちいい痛い気持ちいい痛い気持ちいいっ!
苦痛と幸福、押し寄せる二つの荒波にわたしの顔はころころと変わりっぱなしだった。
しかし、それも唐突に終わりを告げる。
痛みも気持ち良さも、全て感じなくなってしまったのだ。
……あれ? もしかして、わたし、死んじゃった?
嫌だよ、まだ十年ちょっとしか生きてないのに! 友達と離れたくないし、ご主人様も見つかってないし!
そんなことを思いながら、わたしはそぉっと目を開ける。
「……あ、元通りになってる?」
周りを取り囲む木々は、青々とした葉を誇らしげにわたしに見せつけていた。
そっか、痛みが消えたのは、回復魔法を行使し終えたからだったんだ……。
わたしはゆっくりと立ち上がり、皆を見る。
あはは、皆顔が涙でぐちゃぐちゃだよ……。
せっかくかわいいし綺麗なのに、そんな台無しににちゃってさ……ありがと、大好き。
「皆、終わったよ。ありが、と……」
ふっと身体の力が抜け、わたしの身体は崩れ落ちる。
だけど、いつまで立っても地面に着いた感触がない。
なぜなら、皆がわたしの身体を支えてくれているからだ。
「大丈夫ですの?」
シアちゃんが心配そうに声をかけてくれる。
「さすがに、ちょっと、疲れたや……」
と、フィラちゃんがわたしを背中に背負った。
「あたしがリューネを洋館まで運ぶわ。他の皆は先生をお願い」
「運んでくれるの? やっさしいー」
そう思いながら、ちらりと先生を見る。
先生は言葉通り全ての魔力をわたしに送ってくれたようで、すぅすぅと眠りについていた。
責任感が強すぎるよ先生……。帰りに必要な量の魔力は残しておいてくれなきゃ。
そう思いながらも、自然と笑いが漏れる。わたしのことをそれだけ大事に思ってくれたということが嬉しかった。
にしても、疲れてるのは皆も同じはずなのに、特別扱いしてもらっちゃって申し訳ないね。
今度皆一人づつぺろぺろしてあげるから許して?
フィラちゃんの背に乗ったわたしに、イヴは先生の身体を支えながら声をかけてくれる。
「まったく、無茶し過ぎだよ君は……ぐすっ」
「えへへ、ごめんごめん。できると思っちゃったからさぁ」
リズっちも声をかけてくれた。
「……まさか、これだけの範囲の回復魔法を行使しきるとはの。これほど驚いたのは今まで生きてきて初めてかもしれんわ」
「すごいでしょー」
なんだか疲れすぎて返答が適当になってる気もするけど、許してね。
本当に、疲れた、から……。
フィラちゃんの背に乗ったまま、わたしの意識は遠のいていくのだった。




