53話 激闘、その後に
わたしと森の主の魔法同士が衝突し、砂煙が上がる。
「わっ!」
わたしは手で煙を払うが、とてもそんなことで払いきれるほどの量ではない。
たちまち周囲はもくもくと砂煙に包まれてしまった。
視界が狭まり、少し前も見えない。そんな状況で動けるのは、経験を積んだ人だけだ。
ザシュッと、剣が振るわれた音がする。そのすぐ後、先生の声が響いた。
「皆さん、焦らないでください。相手は巨体、その分動きは遅いですよ!」
さすが先生、やっぱりここぞというときは頼りになる!
続いて風魔法を使ってくれたのだろう。ヒュゥッと背中側から風が吹き、わたしたちの視界は晴れる。
「さあ、ここからが本格的に戦いですよ」
先生の言葉に応じるように、わたしたちは上を見上げた。
黒い体皮の魔物は前脚に小さい傷を作りながらも、未だ健在だ。
「グララララァァァァッ!」
森の主は黒い身体を震わせ、音の大砲を放ってくる。
だけど、わたしたちはそれに怯まない。
一斉に動き出した。
フィラちゃんが足を斬りつける。
シアちゃんが足の指に槍を突き刺す。
イヴが鼻っ面に魔法を撃ち込む。
リズっちが爪で体表を引っ掻く。
先生が魔法を灯した剣で攻撃する。
大きな的と化した森の主に、それぞれが全力の攻撃を放っていく。
身体の差をものともせずに、皆は主を押しているように見える。
その姿を見ながら、わたしは未だ攻撃できずにいた。
わたしはどうする?
これだけ皆が動き回ってたら、誤射しちゃうかもしれない。そしたらこのいい流れを途切らせてしまう。
ただでさえわたしの攻撃は威力はある分、コントロールは苦手だ。一度意識しだすと、なんだか味方に当ててしまうイメージしか浮かんでこない。
どうする? どうしよう?
……そうだ、わたしは回復役に徹しよう。
先生も授業で言っていた。
有利に事が運んでいるからといって、決して油断しちゃ駄目だって。
もしかしたら何か奥の手を隠しているのかもしれない。
一点窮地に追い込まれるかもしれない。
そんなとき、回復魔法が誰より上手く使えるのはわたしだ。
皆が傷ついたときに癒す、それがわたしの仕事だ!
「皆、回復はわたしに任せてっ!」
わたしはそう言って一歩後退する。
そして皆の奮闘する姿を見ていた。
像がぶれるくらいの速さで動く皆は、少しずつ、でも確実に森の主の体力を削っている。
頑張れっ! 頑張れぇっ!
わたしは拳を握りしめ、皆の後ろ姿に声援を送った。
そして十分後。
「グルルルルゥゥゥ……」
苦しげな声を上げながら、森の主の身体が地に倒れ込んでいく。
それはわたしたちの勝利を現していた。
「やったー!」
確実に討伐したのを確認し、皆は目標達成の余韻に浸る。
先生も一緒になって一つの輪を作り、くるくる回ってその嬉しさを表現している。
同じ困難を共にしたことで、ますますチームワークが深まったようだ。
そしてそれを、少し離れた場所で見守るわたし。
……あるぇ? わたしの出番は?
「皆、凄いよぉ~! わたし全然役に立たなくてごめーん!」
わたしは皆の輪に加わる。
何もしていないわたしを、皆は温かく迎え入れてくれた。
「何言ってんのよ、あたしたちが勝てたのはあんたがいてくれたからよ」
「そうですよ。リューネさんが回復魔法をかけてくれると思ったからこそ、皆さん積極的に攻撃が出来たんです。役に立ってないなんてことはないですよ?」
「フィラちゃん、先生ぇ……!」
優しい言葉をかけてくれる、皆優しいよぉ……。
「でも欲求不満だよぉ……」
「何を言いだしてるんですの?」
だって皆、全然わたしのことを責めてくれないんだもんっ!
もっと私に詰め寄ってきて、「この役立たずっ!」みたいに罵ってくれたらいいのに……あ、そうだっ!
「イヴ、イヴ!」
「え、なにさリューネ」
わたしはイヴを呼び寄せ、ふんずっ、と胸を張る。
「イヴ、わたしに命令してみろよおらぁ!」
「め、命令……?」
「そうだっつってんだろうがよぉ! 命令してみろよおらぁっ!」
「く、靴を舐めろ……とか?」
なるほど、靴ね! おっけーおっけー!
わたしはひざまずき、イヴの靴をぺろぺろと舐めた。
あ、わたしに命令してくれたことへの感謝の気持ちも伝えなきゃ!
「ありがとうございます! ありがとうございます! ……これで満足かおらぁ!」
「ひええぇぇ……。怖いぃぃ……」
「ありがとうイヴ、おかげで元気が出たよ!」
やっぱり定期的に誰かに命令されないとね。
イヴに命令してもらうのはなかなかいい考えだと思うんだ、わたし。
「リューネさんの元気が出たのはいいんですけれど、代わりにイヴさんが怯えまくってますけれど……」
シアちゃんの言葉で我に返ったわたしはイヴを見る。
イブは借りてきた猫のように小さくなってぶるぶると震えていた。
「え、ど、どうしたのイヴ! 大丈夫!? ……敵!?」
「どう考えてもあんたが原因よ」
え、わたし!?
「ごめんねイヴ、怖がらせちゃった?」
「今までの人生で一番恐怖を感じたよ……」
そこまで……。じゃあ誰かに無理やり命令してもらうのはやっぱり難しいのかなぁ。
うーむ、なかなかうまくいかない。人生楽じゃないね。
それから数分。
森の主の討伐が完全に終わったことをもう一度確認したわたしたちに、先生が声をかける。
「皆さんももう疲れたでしょうし、モンスタースポットを壊しつつ洋館に帰りま――っ!?」
その言葉は最後まで発されることはなかった。
なぜなら、木々が急速に朽ちはじめたからだ。
「なっ……こ、これは……!」
先生は青い顔になり、森の魔力の動きを探る。
わたしたち先生に続いて魔力を探った。
こんな風に急速に何かが起きる場合は、大抵魔力関係の異常が原因だ。
しかし、わたしにはその原因が分からない。
魔力コントロールが下手なせいで、細かな事象を探るのは苦手なのだ。
早々に諦めた私は他の人から情報を得ようと目を開ける。
顔色からいって、状況が把握できたのは先生とリズっち、あとはイヴのようだ。
先生は地に伏した森の主の身体を見下ろして、苦しげに言う。
「この魔物の魔力が想像以上に森と密接に絡みついていたようです。森の主というよりも最早『森の心臓』といえるほどに……それを私たちが討伐したのが、急速に木々が枯れ始めた原因でしょう」
「セリア、この分だと森がなくなるぞ!」
厳しい声を出すリズっちに、先生は首を力なく振る。
「これだけ大きな森を守る方法はありません。幸い学園の人々には悪影響はないでしょうし、森はもう諦めるしか……」
出発前に受けた講習では、たしかこの森には固有種の魔物がいっぱいいるって話だったはずだ。それが全部いなくなっちゃうんじゃないの……?
いや、それ以上に大事なことは、エサがなくなった魔物たちが森の外にどんどん出てくるんじゃないかってことだ。そうなればたくさんの人が危険に晒されることになる。
その重大さは皆わかっている。
だけど、解決策がない。
ただ、森が朽ちていく様を眺めていることしかできない。
森が死んでいく。緑で覆われていた木がてっぺんから順に葉を落としていく。
森が灰色に染まっていく。
「わたしに考えがあるよ!」
そんな中、わたしは言った。
できるかどうかはわからないけど、出来るかもしれないことがある。
なら、まずやってみなくちゃ!
森を救えるのはわたししかいないんだから!
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