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51話 嫌よ嫌よもなんとやら

 数日後。

 翌日の出発に備え、わたしたちは布団に入っていた。


「今日で最後だと思うと、なんだか感慨深いね」


 布団から頭だけ出したイヴが言う。

 明日の朝にはこの洋館を発ち、日の入り前には学園に戻る手はずになっている。

 だから、今日がここで過ごす最後の夜だ。


「今日は寝ないで語り合おう!」


 わたしは元気に声を出す。

 最後の日くらい徹夜しちゃおう、というのがわたしたちの総意なのだ。

 せっかくの林間学校、一つでも多くの思い出を作らなきゃね。

 リズっちなんて、下がる瞼を自分の指で必死に押し留めている。

 その仕草はまるで幼児みたいで、とてもかわいらしい。


「眠いけど、頑張っておきてるのじゃ」

「いい子ねリズリズ。よしよししてあげるわ」


 フィラちゃんがリズっちの頭を撫でた。


「あ、ボクも」

「じゃあわたくしも」

「わたしも~!」


 頭を向き合わせたわたしたちは、こぞってリズっちの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「妾、一万歳なのじゃが!?」

「年なんて関係ないよ! リズっちはリズっちだもん!」

「むぅ……そう……かえ……?」


 あれ、なんか反応が鈍いような……。

 目もとろんとしてるし。


「……リズリズ、あんた気持ち良くなって眠りかけてない?」

「……ハッ! 危なかったのじゃ。罠にはまってしまうところじゃった」


 いや、誰も罠にかけようとなんてしてないよ?

 リズっちは頭を撫でられると眠くなってしまうようなので、泣く泣くやめることにする。


 でも、何にも触らないと手持無沙汰になっちゃうなぁ。


「フィラちゃん、手ぇ繋いでー?」


 わたしはフィラちゃんの布団に手を突っ込んで、フィラちゃんの手を探る。

 かわいいお手てはどこかな~? でへへ。


「……いやよ」


 !? こ、断られた!?


「な、なんで!?」

「だってあんた、絶対に舐めるじゃない」


 そう言ってフィラちゃんは一回転し、わたしから離れる。

 わたしの目の前は絶望に塗りつぶされた。

 フィラちゃんにそんな風に思われてたなんて……。

 自然と涙がこぼれ出てきてしまう。


「ぐすっ、酷いよぅ……」


 そんなわたしの頭に、ポンッと手が乗せられる。

 目を開けてみると、そこにはシアちゃんとイヴ、それにリズっちの手が乗っけられていた。


「リューネさんが可哀想ですわ……」

「大丈夫、寂しかったらボクたちが手を握ってあげるからね?」

「フィラリスも意外と冷たいヤツだったんじゃの」

「皆……っ!」


 感激で視界が滲む。

 涙を拭うと、フィラちゃんが三人の視線に押されているところだった。


「うっ……」


 わたしと目を合わせたフィラちゃんは、心苦しそうに胸を押さえる。

 そして少し間を開け、ゆっくりとわたしに手を伸ばしてきた。


「そ、その、リューネ……ごめんね?」

「……! ううん、ありがとうフィラちゃん」


 フィラちゃんと手が触れ合う。

 わたしと同じくらいに小さい手だ。

 それを段々と顔の近くに近づける。

 間近で見てもきめ細かい肌。さすが美少女、肌まで綺麗。

 そんな手を目前に控え、わたしは口を開ける。


「じゃあ早速……じゅるり」

「じゅるり? ……ちょっと待ちなさいよリューネ。あんた、なんでそんな大きく口開けて――」

「はむっ!」


 わたしはフィラちゃんの手先にかぶりついた。


「ぎゃー! 手が! あたしの手がぁ!」

「はむはむはむっ」

「甘噛みしないでぇぇ……!」

「フィラちゃんの手、甘ぁい。ふひぇひぇ」

「いやぁぁ……」


 甘噛みするたびにどんどんと抵抗の意思を失っていくフィラちゃん。

 これはもう、好き放題にしてくださいってことかな? そうだよね?

 よーっし、じゃあお言葉に甘えて――と、そう思った瞬間に、部屋の扉が開けられた。


「皆さん、緊急の話があります! ……すみません、お取込み中だったでしょうか」


 ノックもせずに急いで入ってきた先生は、わたしたちの現状を見て扉の外に出て行こうとする。

 それに慌てたのはフィラちゃんだ。


「い、いや、大丈夫ですっ!」


 あ、抜けられちゃった。残念。

 でも先生も話があるみたいだし、仕方ないか。


「先生、どうかしたんですの?」

「えっとですね……端的に言いますと、明日の出発は延期になりました」


 え? 延期? なんで?

 不思議に思うわたしたちに、先生は事情を説明してくれる。


「モンスタースポットが森全体に数十個……とてもじゃありませんが、安全に帰れる状態ではありません」


 数日前にも出現したモンスタースポット。あれが、今度は数十個単位で出現しているらしい。

 数人の先生で洋館には防護魔法を貼ったおかげで中に入ってくる心配はないものの、洋館の外はすでに魔物で埋め尽くされているという。


「……うわっ!」


 と、説明の途中でイヴが大きな声をあげる。

 空気を入れ替えようと窓に近づいたイヴは、大きく身体をのけぞらせて尻餅をついている。

 普段はあまり大声を上げたりしないイヴの異変に、心配してシアちゃんが駆け寄った。


「ど、どうしたんですのイヴさん!」

「窓の外……地面を何かがずぞぞぞって一杯動いてる……」


 ひぇっ。

 せ、説明を聞いただけておぞましいんだけど……。

 わたしたちは誰も窓の外をのぞけない。シアちゃんが下を見ないようにしながら、窓を閉め切った。


「それが全部魔物です。おそらく魔力を頼りにやってきたのでしょう、現在この洋館は魔物に完全に包囲された状態にあります。今日は教師陣が入れ替わりで防護魔法を貼り続けますので心配はいりませんが、明日以降の保証はありません」


 ごくり、と誰かが唾を呑みこむ音が部屋に響いた。

 状況はわたしが思っていたよりもかなり深刻なものらしい。

 わたしたちは命の危機にあると言ってもいいくらいに。


「そしてそのモンスタースポットの出現場所ですが、まるで何かが歩いている後に続くように、順々と出現しているような節があります。特進クラスの皆さんには、私と共にその何かの討伐に向かってもらいたいのです。……今回のことには、命の危険が伴います。辞退される方、体調の悪い方などがいるなら、今のうちに申し出て頂けるとありがたいです」


 わたしたちは顔を見合わせ、頷きあう。

 よくわからないけど緊急事態らしいし、力になれるならなりたい。

 わたしたちは腐っても特進クラス、この学園を背負って立つ存在なのだ。

 セリア先生には迷惑かけてばっかりだし、ここらで一つ恩でも返しておこうじゃないの!


「皆さん……ありがとうございますっ」


 他の先生たちは、モンスタースポットの破壊へ向かう組と洋館の生徒たちを守る組に分かれるのだという。その他にも、一般クラスの腕の立つ人にも協力を頼むようだ。


「それにしても、何か……か。正体は十中八九魔物じゃろうな。それも数十のモンスタースポットを創りだせるほどの魔力量となると、この森の主クラスじゃろ」

「今考えると、先のモンスタースポットの騒動もその魔物が原因だったのでしょうね。……ですが、なぜ今年になって突然活動が活発化したのか、それだけがわかりません」

「それは多分、妾とリューネの存在のどちらか、あるいは両方じゃろうな」


 リズっちの言葉にわたしは驚く。

 まさかここでわたしの名前が出てくるとは思わなかった。


「妾は元々魔王に直属で仕えておったからな。そこらが刺激になることはありえる。リューネについてはいわずもがな、その圧倒的な魔力量じゃ。この森の主の魔物は今、『他の主が縄張り争いを仕掛けてきた』と考えておるのやもしれぬの」

「……わたしのせいだったんだ……」


 わたしは胸を押さえる。

 まさか、まさか自分の魔力量がこんな事態を引き起こすことになるとは思わなかった。

 自分の存在が、今この洋館の皆――フィラちゃん、イヴ、シアちゃん、リューネ、セリア先生、それに他の生徒に先生たちも――全員を、危険に晒している。

 事態の大きさに胸がきゅっと締め付けられるのを感じる。

 血液が鉄になっちゃったみたいに、まるでめぐっている気がしない。

 そんなわたしの手の甲に、温かいものが触れた。


「皆……?」


 皆がわたしの胸に、手を当ててくれていた。


「リューネ、落ち込む必要はないのじゃ。お主の魔力量は誇るべきもので、反省すべきものではないぞ?」

「そうよ。明日はあたしたちでモンスタースポットをバンバン壊すんだから、そのためにあんたの力が必要なんだからね!」

「結局この五人が集まったのって、リューネがいたからだしね」

「リューネさんには感謝ですわ」

「皆……ありがとう」


 一人一人の言葉の意味をしっかりと噛みしめながら、わたしは頷く。


「わたし、明日全力を尽くせるように頑張るよ!」


 皆は優しい。

 その優しさに、少しでも答えるんだ!

 わたしの魔力量のせいで問題が起きたのなら、わたしが少しでも解決に尽力しなきゃね!

 そんな決意を固めながら、洋館の夜は更けていくのだった。

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