表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/62

50話 魔物化

 人形を魔物化していると言い放ったリズっち。

 それが原因となったのかはわからないが、人形はリズっちを標的に定めた。

 小さな体をバネのように縮こめ、リズっち目掛けて跳躍する


「すまんの、イヴ」


 リズっちはイヴへの謝罪を口にしながら火魔法を放った。

 魔族のリズっちが放った高熱の炎に、人形は瞬時に跡形もなく燃えきってしまう。

 驚くほどあっけなく、人形はその存在をこの世から消した。


 数秒前までの混乱が嘘のように静けさが戻ってくる。


「すまんの、イヴ」


 リズっちはもう一度イヴに謝った。


「いや、ボクの方こそボクがつくった人形が悪さしたみたいでごめんね? 皆を危険に巻き込んじゃったみたいだ」


 イヴの中では人形を壊された悲しみよりも、わたしたちを危険に晒した申し訳なさの方が勝っているらしい。


「あたしたちはそんなこと気にしてないわよ。あんたに悪気があったわけじゃないのはわかってるもの」

「そうですわ。イヴさんは優しい人です」


 そんな二人の励ましに、イヴは曖昧に笑う。

 もちろん二人の言葉も響いたのだろうけど、やっぱりちょっとやそっとでは元気は出ないらしい。

 しゅん、と肩を落とすイヴがいつもより一層小さく見えて、わたしはなんとかしてあげたかった。

 でも、わたしはそんなに言葉をかけるのが上手い方なわけでもない。

 何かできることがあれば……あっ、そうだ!


「イヴ」


 わたしはイヴに声をかけると、自分の頭からピンッと一本髪の毛を抜き取る。

 そしてまだ意図の掴めていないイヴに、それをはいっと差し出した。


「わたしの髪の毛一本あげるから。それで元気出してよ!」


 イヴはわたしの髪の毛を気に入ってくれてるみたいだし、これで少しでも元気になってくれれば……。

 そう思うわたしの前で、イヴはうるうると瞳に涙を溜めこみだす。

 そして震える手でわたしからのプレゼントを受け取り、胸元に抱えこんだ。


「リューネぇ……! ありがとう一生大切にするよ今度は絶対失くさないからねしかもリューネが自分で抜いてくれた一本なんてプレミアもの間違いなしだよ本に挟んで部屋の本棚の一番奥に入れておくことにさせてもらう本当にありがとうね!」

「急に早口になるの怖いよ!?」


 呼吸、ちゃんと呼吸をして!

 息を吸って吐く、これを忘れると人間死んじゃうからね?


 まあ、イヴも少しは元気になってくれたみたいでよかった。

 そう思っているのは皆同じなようで、顔が揃って明るくなる。

 やっぱり皆友達思いだ。わたしたちは友達が少ないからこそ、互いのことを思う気持ちは強い。そうだよね、リズっち?


「イヴが元気を取り戻してくれてよかったのじゃ。リューネが自分の髪の毛を抜いたときは、人形に続いてリューネまでおかしくなってしもうたのかとヒヤヒヤしたがの」


 なんでそういうこと言うの! わたしのことをもっと思ってよ!


「何言ってるのよリズリズ。そんなことないわ」


 そうだよ、何言ってるのさリズっち。言ってやってよフィラちゃん!


「リューネはあたしが出会った時からずっとおかしな女の子よ」


 ちょおい! おぉい! そぉい!

 わ、わたしの評価が散々だ。


「フィラちゃん、抗議します!」

「却下するわ」

「そんなっ!?」

「初対面からぺろぺろを試みる人に抗議の権限はないもの」


 ぬぐぐ……。

 抗議まで却下されてしまったわたしは、布団の上に大の字で横になった。


「ふん、そうやって皆、わたしのことを好き放題言うんでしょ。……ならもういいよ! ほら、わたしの身体を好き放題すればいいじゃんっ! 好きにしてよ、ほらっ!」


 バンバンと布団を叩く。

 さあ皆来て。わたしをぺろぺろしても、鞭で叩いても、何してもいいんだよ?

 わたし、怒らないから。皆の欲望をわたしにぶつけてきて!


「ぐちゃぐちゃのべちゃべちゃにしてよ! ……なんちゃって、えへへ」

「何を想像しての笑いなんですの?」


 シアちゃん、それはいくらなんでもわたしの口からは言えないよぉ。

 わたしだって乙女だもん。


 そんなことを思っていると、イヴがわたしのところにやってくる。

 なぁんだ。澄ました顔してやっぱりイヴはわたしに興味があるんだねぇ。うんうん。

 イヴはわたしの身体を凝視しながら、段々とその視線を上半身に上げてくる。

 そして、ついにわたしと目が合った。

 ほら、何してもいいんだよ? イヴは何するつもりなのかなー?


「……ねえリューネ」

「なに?」

「何してもいいってことは、このリューネの綺麗な桃色の髪の毛を根元から根こそぎ全部抜いちゃってもいいってことだよね?」


 そう言って私の髪に手をかけるイヴ。


「すとーーっぷっ! はいここまで! もう終わり! やめっ、やめっ!」

「えぇー」


 わたしはイヴの残念がる声には耳を貸さずにたちあがる。

 危なく丸坊主にされてしまうところだった……。

 それはさすがのわたしでもちっとも楽しくないよ。





 わたしたちはそんな会話をした後、さきほどの出来事をセリア先生に伝えに行った。

 洋館の中で何かが魔物化したという現象はやはり珍しいらしく、わたしたちは一人ずつ順番に部屋に通されて数人の先生の前で話を聞かれることになった。

 イヴはわたしたちより少し長く事情を聞かれた。作った張本人だからだろう。

 でも、イヴは何も知らないと思う。だって、イヴが魔物を作ろうと思って作る訳ないもん!

 先生たちもそれがわかったようで、イヴは戻って来た後に「最後はわかってくれた」と言った。


「ねえリズリズさん」


 宿に帰る途中の廊下で、シアちゃんがリズっちに話しかける。


「なんじゃ?」

「魔物化ってたしか、物が魔物になってしまう現象のことでしたわよね?」

「そうじゃのぅ、その通りじゃ」

「授業では、『物が魔物化するのには数十年単位、すくなくとも十年はかかる』と教えられましたわ。でも、イヴさんのあの人形はまだ作られて一年も経っていません。何か理由があるのでしょうか?」

「そうじゃのぉ……。まあ一つ言えるとすれば」


 リズっちはピンッと指を一本立てる。


「この辺の魔力濃度がの、異常に濃いのじゃ」


 そう言ってリズっちは窓から外を見渡した。

 一面を木に囲まれた洋館。それがこの場所だ。

 風に揺れる木々が、初めて恐ろしく思えた。


「これだけ短期間での魔物化など、妾も聞いたことがない。セリアにも話したしあやつ自身も勘づいておったようじゃが、この森の仕業なのは明々白々じゃろうの」

「でもイヴは林間学校に来る前から人形がしゃべったりするって言ってたよ? ねぇ、イヴ?」

「うん、そうだよ」


 今のリズっちの説明だと、そこの道理が通らないはずだ。

 しかし、リズっちはそれにもすぐに答えを見出す。


「ああ、そういうことか。つまりあの人形には、元から悪霊かなんかが取り憑いておったのじゃな。それが森に来て活性化して、魔物化した。これで筋は通っておる」

「……え。それってさ、あの人形には本当に霊がついてた……ってこと?」

「おそらく霊はお主の髪の毛に残った魔力に惹かれたのじゃろうな。お主ほどの魔力量なら、髪の毛にも相当な魔力が残留している。それを狙いに悪霊が人形に取り憑いたんじゃろ」

「ちょっ、怖いこと言うなぁ……」


 わたしの髪の毛目当てって、イヴみたいな幽霊がいっぱいいるってこと?

 怖すぎるよそんなの……。


「でもそれなら、あり得ない早さでの魔物化にも納得がいきますわ。ゼロから魔物化するよりは、霊という元がある状態から魔物化する方が早そうですし。……こ、怖いですけれど」


 そうだよね、怖いよね。

 やっぱりあの人形、本物の霊がついてたんだ。通りでおかしいと思ったんだよ……。

 うわ、なんか寒気がしてきた。わたしは自分の腕で身体を抱きしめる。

 横を見ると、フィラちゃんとリズっちもぶるぶると青い顔で震えていた。


「あたし本当霊とか無理なんだって……」

「妾もなのじゃあ……」


 フィラちゃんはわかるけど、リズっちは自分で言いだしたことでしょ!

 ふと我に返って怖がるのはやめなさい!


「じゃ、じゃが、まっとうな思いで作られた人形なら、魔力を帯びていても悪霊など取り憑かないはずなんじゃがのぉ……」


 震える声で言うリズっちに、イヴは嘆くように答える。


「ボクはただ、リューネの髪の毛を植えまくりたいって純粋な思いだけだったはずだけどなぁ」

「イヴ、それは世間一般が思う『まっとう』とはかなりかけ離れてるからね?」


 そりゃ悪霊もとりつくよ!

 人形がつくられた理由からして悪霊取り憑き放題じゃん! 入れ食いじゃん!


 まあそういうことで、人形の魔物化騒動は一応終止符が付いた。

 リズっちが人形ごと悪霊は消し去ったし、もう心配はないはずだ。

 ……でも、まだなんか嫌な予感がするんだよなぁ。


 わたしは窓から見える森を見る。

 わたしたちが来たときには、木々はこんなに黒かっただろうか。わたしの気にし過ぎか、それとも……。

 ……変なことが起きなきゃいいけど。

 廊下を歩きながら、わたしはそう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ