47話 鋼のメンタル
翌日。
「ふぁ~あ~……」
わたしは涙ぐんだ目をこすりながらあくびをする。
昨日はまくら投げのあと、汗ぐっしょりになったからってもう一回お風呂入ったりして大変だったよ……。
でも、それを思い出すわたしの口角は自然と上がっている。
なんだかんだすっごく楽しかったからねっ!
もぎゅもぎゅと食堂で朝ごはんを食べ、わたしは元気を蓄える。
バイキング形式の朝食を、わたしはいつもよりきもち多めに摂っていた。
なんといっても、今日のお昼ごはんは自分たちで採りに行くのだ。
林間学校で自然の食材に触れることが目的らしい。
多分重労働になりそうだし、今はいっぱい蓄えておかなきゃね!
「シュッ……シュッ……」
ほら、シアちゃんも食欲を『解放』して料理を消していってるし!
それにしても、バイキング形式だとシアちゃんは向かうところ敵なしだね。
料理をとりに行く、座る、料理が消える、料理をとりに行く……このループは一向に終わりそうにないよ。
館の人は苦い顔をしているかなーと思って見てみると、いっぱい食べてもらえて嬉しそうな顔をしていた。料理人の鑑みたいな人たちだなぁ。
でもシアちゃんって人の気持ちとかに敏いし、ちゃんと館の人の顔色とか見ながら食べるかどうか決めてるんだろうね。
「おいしいですわ~っ」
ほっぺたに手を当て、幸せそうに眉を下げるシアちゃん。
美味しそうにごはんを食べる子っていいよね。健康的なエロスを感じるよ。
そんなシアちゃんを横目に見ながら、わたしもおいしい食事を楽しんだ。
「では、これより食材の探索を行います。私含め、鑑定の魔法を使える先生数人がここで待機していますので、とってきた野菜や肉や魔物は全て先生に見せるようにしてくださいね。食用に適するかどうか判断しますから」
洋館を背にしながら、セリア先生が全校生徒に指示を出す。
鑑定って相手の筋力とか魔力とかを計るだけの魔法かと思ってたけど、そんな使い方もあるんだ。知らなかったな~。
「それから、先日の魔物が襲撃してきたこともあります。もしなにか異変を感じたら、無理をせずこの合流地点に逃げてきてください。勇気と蛮勇の垣根は意外と低いものです。くれぐれもお気をつけて」
先生が最後に注意喚起をして、わたしたちは解散となる。
食料採取は各自の自由行動にゆだねられていて、森の中のどこに行くのにも制限はない。
「行くぞ、早いもん勝ちだ!」
「俺は東に行くぜ、あっちから肉の匂いがする……気がする!」
最低限主食のお米は担保されているものの、自分の頑張り如何によってお昼ごはんのグレードが決まるとあって、生徒の多くは本気モードだ。
「わたしたちはどうしようか」
「下手を打てば匂いをおかずに白米じゃからの。それは避けたいのじゃ」
わたしもリズっちの意見にコクコクと頷く。
やっぱりおかずは欲しいよ。人生における食事の回数なんて、一日三食で百年生きたとしても十万回くらいしかないんだから。
限られた食事をめいっぱい良いものにしなきゃ、絶対損だって!
「とりあえず、適当に歩いてみればいいんじゃないかな。なるべく皆が行ってなさそうなところを重点的に探す感じで行こうよ」
イヴの言うことはもっともだし、それが一番無難な策だろう。
反対意見も出なかったので、わたしたちはその辺をブラブラと歩いてみる。
「……お?」
しばらくすると、リズっちが横を向いた。
金髪がフワッと膨らむ。
「どうしたのリズリズ。何か見つけた?」
尋ねるフィラちゃんに、リズっちは指を差す。
「いや……あちら側、魔力濃度が濃いなと思っての」
その三十メートルくらい先には、人一人通れるくらいの小さな赤い鳥居があった。
わたしはその場の魔力濃度しかわからないけど、魔族のリズっちにはあのくらいの距離ならわかるのだろう。
「へー。じゃあ行ってみよっか。どうする皆? ボクは行ってみてもいいと思うけど」
「まだ誰も行ってないみたいだし、いいんじゃない? 楽しそうだし」
わたしは賛成する。
あっちには人影もないし、食料の取り合いになるようなこともきっとないだろう。
奪い合いになっちゃうのはできるだけ避けたいし、そういう意味では特に反対する理由もない。
「わたくしも賛成ですわ。食べ物の為なら煮えたぎるマグマの中でも行きますもの」
シアちゃん、澄まし顔で凄いこと言うね。
ともかく、わたしたちはそちらへ進んでみることにした。
道の幅ぴったりに造られた鳥居をくぐる。
すると、ほんの少し空気が冷たくなったような、そんな気がした。
「……これは、何かいるのぅ。中型くらいの魔物が」
リズっちが冷静に告げる。
いつもは子供っぽかったりするけど、やっぱり魔族だけあって魔物のことに関しての知識はピカイチだ。
空気だけで魔物の有無を判断することなんて、セリア先生にもできるかどうかわからない。
わたし? わたしはもちろんできないよ!
わたしの戦い方って基本的に一発で殲滅するスタイルだから、索敵とかそっち方面の勘はいまいちなんだよね。
「リズリズ、あたしたちだけで相手できそうかしら。危険そうなら先生のところに帰らないとだけど」
「帰る必要はないじゃろうな。周囲に飛散している魔力の質からして、フィラリス一人でも十分に相手できるくらいの魔力量しか持っていないようじゃ。魔法が不得手なタイプの魔物な可能性もあるが、それでも五人いれば問題ない」
「じゃあ、進みますのね?」
シアちゃんが持っていた傘を槍へと替える。
どこから魔物が来てもいいように、完全に臨戦態勢だ。
それに触発され、フィラちゃんも剣を抜いた。
わたしとイヴは魔法科だから、そういう事前準備みたいなのは必要ない。
魔力だけ事前に展開していて、敵が出たら素早く魔法を撃つ――なんて芸当ができればいいんだけど、わたしの魔力量でそれをやると暴発した時に自分が即死しちゃうからね。魔力の細かい扱いもあんまり得意じゃないし、そんなのは危険すぎてできない。
「気持ち悪い魔物じゃないといいなぁ……。できればボクの人形みたいにかわいいのがいいよ」
進むイヴが小さく言う。
たしかに森の中だし、変な魔物の可能性もある。
でもそれよりもわたしが驚いたことは……。
「イヴ、あの人形のことかわいいと思ってたの!?」
「かわいくなきゃ、わざわざ林間学校に持ってきたりしないでしょ?」
「そ、そっか、そうだよね……」
てっきり魔除けか何かのために連れてきてる可能性も考えてたけど、余計なことは言わない方がよさそうだ。とりあえずわかったことは、イヴのセンスは壊滅的ってことだね。
まあ、わたしが言えたことじゃないけど。
この五人の中で一番センスあるのは誰だろうなー。やっぱりシアちゃんかな?
いやでも、フィラちゃんも意外と女の子っぽいところあるしなぁ。
まあまず間違いなくその二人のどっちかだろうね。
自分で言うのも悲しいけど、わたしとイヴとリズっちは多分あんまりセンスは無い。
悲しいね……悲しすぎて、気持ち良くなってくるねぇ!
「リューネって表情がコロコロ変わるよね」
「へ? そうかな?」
イヴは白銀のパチリとした目でわたしをじぃーっと見つめてくる。
そんなに見つめないでよ……照れちゃうじゃん……っ!
「自分に嫌なことを喜びに変換するからでしょ? その鋼のメンタルだけは羨ましいわよね」
「えへへ、照れますねぇ!」
「あんまり褒められてないと思うのですけれど……」
「皆、おしゃべりはそこまでじゃ。おでましじゃぞ」
リズっちがそう言うと、わたしたちは一瞬で口を紡ぐ。
一瞬で頭の中を戦闘一色に切り替え、思考を加速させていく。
「真正面から出てくるはずじゃ。このままの速度で行けば、あと十五秒後前後で接敵する」
リズっちはそう告げる。
わたしも魔力を広げて前方を探ってみると、たしかに魔力の塊がこちらに移動してきていた。
わたしは息を呑み、魔物が現れるその瞬間を待つ。
木々に遮られ、ギリギリまでその姿を視認することはできない。
しかし、パキパキと木の枝が折れる音はどんどんとこちらに近づいてきている。
「来るぞ……」
リズっちが言うと同時に、魔物がその全貌を現す。
その見た目に、わたしは思わず目を剥く。
――その魔物は、虫をひっくり返したときのウジャウジャした見た目を悪い方向に進化させたような見た目をしていた。
そして威嚇なのか、無数の脚をビシュビシュと素早く動かしてくる。
「キシャシャシャシャーーーーッッ!」
「……うひゃあああああああっっ!」
き、気持ち悪いっ! 最高に気持ち悪いのがきちゃったよぉぉぉぉっ!




