46話 まくら投げ
お風呂を出たわたしたちは、自分たちの部屋へと帰ってきた。
あとは寝るだけだ。
今日は色んなことがあったし、ぐっすり寝れそうだよ。
そんなことを思いながら、わたしは布団にもぐりこんだ。
そして目を瞑る。
わたしは寝つきがいいから、目をつぶると結構すぐに寝られるのだ。
だから五人の中で一番最初に眠るのは、大抵わたしかリズっちである。
今日もいつもどおりに眠りに入ろうとしたわたし。
そんなわたしの足先に、ひやりと冷たいものが触れた。
なんだろうこれ……?
足の裏でそれを探ってみるわたし。
よくよく触ってみると、それは隣の布団からやってきている。
つまり、それは足だった。
しかもこっち側の布団ってことは……これ、フィラちゃんの足だ!
その瞬間、わたしの目はギンギンに見開かれた。
考えてもみてよ、わたしの布団にフィラちゃんが自分から足を入れてくきたんだよ!?
こんなの寝られるわけないじゃん!
「ねえ、リューネ」
「ど、どどうしたのさフィラちゃん」
声が震えたのはあれだ。
喜びすぎて心臓がきゅーっとなったから。
「寝る前にさ……アレ、やらない?」
そんなわたしに、フィラちゃんはためらいがちに言う。
「アレ……? なに?」
「だから……アレよ、アレ」
フィラちゃんは少し言いにくそうだ。
言いにくいこと……ハッ、つまり!
「みんなー! フィラちゃんがぺろぺろ会しよーって言ってるよ!」
「言ってないわよ!?」
あれ、違ったみたい?
言うのが恥ずかしいならわたしが代わりに言ってあげようと思ったんだけど、どうやら余計なお世話だったみたいだ。反省反省。
「ごめんねフィラちゃん。でも、じゃあ結局何がやりたいの?」
「だからそれはそのー……」
そこまで言って、フィラちゃんは照れ隠しに顔を布団に潜り込ませる。かわいい。
そしてさらに両手で顔を口元を隠しながら、フィラちゃんは言うのだ。
「……まくら投げが、やりたいのよ」
……ひゃあああ!
そんな言い方されたらまくら投げでもまくら食いでもやっちゃうよ!
この小悪魔! 好き! あざといぞフィラちゃん! でも好きぃっ!
「フィラリス、そんなに恥ずかしがるようなことでもないんじゃないかい?」
イヴの言葉に、フィラちゃんは小さく首をふるふるする。
「だって、子供っぽいし……」
「フィラリスさん、リズリズさんを見ればそんな気持ちは吹き飛びますわ」
シアちゃんが見つめる先では、布団を跳ね除けたリズっちが体全体でわくわくを表現していた。
重力の呪縛から抜け出たかのように、キャッキャと飛び跳ねている。
「まくら投げ……聞いたことがあるのじゃ。たしか、まくらを投げて遊ぶんじゃろ? 楽しそうじゃと思っておったんじゃ! やるぞい! やるぞい!」
うわぉ、さすがリズっち。
一万歳になっても純粋なままのその心、正直素敵だと思うよ!
そして、まくら投げの準備を整えた。
今回は二対二のチーム戦。イヴ・シアちゃんチーム対リズっち・フィラちゃんチームだ。
あ、ちなみにわたしは審判だよ。
まくら投げに審判がいるのかはよくわからないけど、二対三じゃ不公平になっちゃうしね。
「でもいいの? リューネもまくら投げやりたくない?」
言い出しっぺのフィラちゃんが聞いてくる。
自分のことだけじゃなくてわたしのこと考えてくれるあたり、根が優しいよね。
でも今回はノープログレムだ。
「気にしないでいいよ。わたしはまくら投げをやるよりも、まくら投げをしている皆の無邪気で無防備な姿が見たいから!」
夢中になりすぎて知らない間に浴衣がはだけたりしちゃうと特にいいよね。何がとは言わないけど。
そういうわけで、戦いのの火蓋が切られる。
「試合、開始!」
わたしが発した開始の合図と同時に、両陣営からおびただしい量のまくらが飛び交う。
これはすごいや……。皆、最後まで体力持つのかな?
一歩引いた目線からその戦いを眺めるわたしの前で、フィラちゃんが仕掛けた。
「イヴ、あんたの対策は万全よ!」
……んんん? フィラちゃん、その手に持ってるのってもしかして……。
「じゃじゃーん。リューネの髪の毛、欲しくないかしら?」
「フィラちゃん!?」
いつのまに私の髪の毛なんてゲットしてたのさ!
ゆらゆらと指先でつまんだピンクの髪の毛を揺らすフィラちゃん。
それを見たイヴの顔色が変わる。
頬を膨らませ、フィラちゃんを睨みつけた。
「むぐぐ……人質なんて卑怯だよ、フィラリス!」
「勝つためには人質でもなんでもするわ。まくら投げは戦争なのよ!」
熱くなる二人。
一応言っておくけど、それ人質じゃないよ? ただのわたしの髪の毛だよ? しかもたった一本だよ?
「くぅぅ……耐えろ、耐えるんだボク……!」
それでもイヴには効果覿面らしく、胸元を押さえて葛藤している。
そこを突いたのは、リズっちの投じたまくらだった。
「隙ありじゃあっ!」
「ぷへっ!」
イヴはひょうきんな声を上げ、布団の上に倒れ込む。
「チームプレイですか……やりますわね……!」
「ふふん、これで二対一! 妾たちが俄然有利なのじゃ!」
リズっちはドヤ顔を披露する。
その瞬間、部屋の扉が開けられた。
「通りかかってみたら随分と騒がしいですけど、どうかしましたか?」
浴衣を着たセリア先生が、シアちゃんと遜色ないようなわがままボデーを携えて登場した。
蒼い髪を耳にかけているところが扇情的だ。
「丁度いいところに来ましたわ、セリア先生。わたくしのチームに入ってくださいまし」
不利な状況のシアちゃんは、強引に先生をチームに迎える。
それに待ったを抱えたのは当然フィラちゃんたちだ。
「ちょっと、それじゃ二体三じゃない! ズルいわよローレンシア!」
「落ち着いてくださいフィラリスさん。私の話を聞いてください」
憤るフィラちゃんを先生はまあまあ、と宥める。
先生に言われては仕方ないようで、フィラちゃんも少し落ち着いた。
「……なんですか、話って」
「――学園長権限で今回のまくら投げのルールを改正させてもらいました。なので何の問題もありません」
「大人ってズルいっ!」
先生って意外と無茶苦茶だよね。
でも、これじゃフィラちゃんたちがちょこっと可哀想かなぁ~。
「あ、ならわたしがフィラちゃんたちの方にはいるよ。いいですよね、先生?」
助っ人がありならこれもアリなはずだ。
「リューネ、あんたはあたしたちの英雄だわ!」
「頼もしいのじゃ! 必ずやあの逆賊を打ちのめそうぞ!」
二人がわたしを迎え入れる。
なんか二人ともテンションおかしくない?
熱気に充てられすぎじゃ……。
ま、まあとにかく、これでチームは三対三。もうイヴがダウンしたから二対三だ。
「じゃあ、試合再開!」
わたしはプレイヤーとなり、まくら投げに参加することになった。
まくらって、意外と重いんだね……。これ、見て想像してたより結構きっついなぁ。
最初は勢いよく飛び交っていたまくらも段々と勢いを落としてきている。
そんな中、先生が持っていたまくらを置いてあらぬ方向を指差した。
「……あっ。なんでしょうあれ?」
「あれ? どれじゃ?」
それに反応したリズっちが先生の指した方向を向く。
「あそこの隅です」
「むぅ~……?」
リズっちは頭を左右に揺らすが、何も見えないようだ。
そんな無防備なリズっちに、シアちゃんのまくらがクリーンヒットした。
「えいっ!」
「ぎゃっ!?」
仰向けに倒れるリズっち。
リズっち弱っ! あんなバレバレの罠でノックアウトって!
きゅうぅ、となってしまったリズっちを横目に、シアちゃんが満足げに笑う。
「素晴らしい演技でしたわ先生」
「お褒めの言葉ありがとうございますローレンシアさん!」
「さて、これで二体二ですわね」
シアちゃんの金の目がわたしたち二人を捉える。
でも、わたしたちだって引かないよ!
「負けるもんですか、ねえリューネ!」
「もっちろん!」
そこからは、ひたすらに泥臭い戦いだった。
双方とも一人が盾に徹し、もう一人が矛に徹する。
盾が壊れない限り、戦局は動かない。
「むぅぅ~!」
「はぁぁ~!」
わたしという盾と、先生という盾。
その差はしばらく経つと如実に表れた。
「や、やりますね……」
息も絶え絶えの先生。
対するわたしは未だ健在である。
「もう終わりですか、先生」
わたしも息は荒いけど、それはまくらをたくさんぶつけられた興奮からであって、決して疲労からではない。
わたしの無尽蔵の体力を目の当たりにした先生は、震える声で言う。
「どこからそんな体力が湧いてくるんですか……?」
どこから、かぁ。
「たしかに先生は凄いです。『蒼姫』ですし、魔法騎士ですし。……でも、この道はわたしの方が長く歩んできています。要は、年季が違うんですよっ!」
先生も少しは開花したみたいだけど、まだシアちゃん以外にやられるのはそれほど気持ち良くないのだろう。
――他人の攻撃に快感を覚える能力。
それにおいて、わたしに並ぶものはない。
同じ道を歩む先達として、この勝負だけは負けるわけにはいかない!
「行くよ、フィラちゃん、一気に決着を――」
「リューネさん!」
盛り上がったところに、シアちゃんから声がかかる。
「え、なぁに?」
「さ、サービスですわ……」
そう言って、シアちゃんは浴衣を大胆にはだけた。
……、ほわああぁぁぁっっ!?
シアちゃんが、シアちゃんが浴衣をはだけさせてる!
普段あんなに上品なシアちゃんがこんなことしたら、ギャップがとんでもないよ! 鼻血ダバダバ大洪水だよ!
綺麗な太ももが外気に晒されている光景。それにわたしは全ての神経を集中させ、食い入るように凝視する。
見える! あとちょっとで見え――
「ぎゃんっ!」
突如頭に振動が加わった。
これは……まくら……? まさかっ!
「ひっかかりましたね、リューネさん!」
したり顔の先生。つまり、あのシアちゃんの行動は罠……!
「は、謀られた……無念っ」
わたしはまくらの衝撃で宙を舞う。
フィラちゃんの焦った声が耳に届いた。
「ちょっと!? リズリズもリューネも、なんでそんなにバレバレの罠に引っかかるのよっ!」
ご、ごめんフィラちゃん……。
本能には、逆らえなかったよ……。
わたしは布団の上に突っ伏す。
結局、まくら投げはシアちゃんたちのチームの勝利で幕を閉じたのだった。




