44話 お風呂
44話
「わぁあー! でっかーい!」
その光景にわたしは思わず叫んでしまう。
今わたしの目の前に広がっているのは、プールよりもはるかに大きなお風呂だった。
「これは、本当に広いわね……」
「お金かかってますわねぇ。わたくしの実家と同じくらいのサイズはありますわ」
なんかシアちゃんが喋るとこのお風呂の凄さが薄れるよね。
シアちゃんもすっごいお金持ちだから仕方ないんだけどさ。
そして中でも一番はしゃいでいるのは、わたしではなくリズっちだ。
「妾、妾が一番最初に入るのじゃ! 一番風呂はいただきなのじゃ~!」
ぴょんぴょん跳ねながら浴槽へと向かうリズっち。
その姿を見たイヴが諌める。
「あっ、駄目だよリズリズ。お風呂に入る前にちゃんと身体を洗わなきゃ」
「むぅ、イヴが言うなら仕方ないのぅ」
リズっちは頬を膨らませながらもイヴの言うことに従った。
わたしの忠臣と自ら主張するリズっちにとって、自分より前からわたしの髪の毛を集めていたイヴだけは先輩だという意識があるようだ。
だからイヴの言うことは比較的聞く。わたしの言うことは聞かないくせにね。
わたしが主じゃなかったのリズっち! なんだかイヴにとられたみたいで嫉妬しちゃうよ!
「あ、すみません。わたくし少しやることがありますので、皆さんは先にどうぞ。すぐに戻りますから」
何かを思い出したように脱衣所へと戻って行くシアちゃん。
やることってなんだろう……まあ、シアちゃんのすることなら心配いらないか。
イヴとリズっちは身体の洗いっこを始めてるし、わたしたちも身体を洗わなきゃね。
「ねえねえフィラちゃん、洗いっこする? それともぺろぺろっこする?」
「後者が怖すぎるんだけど」
「怖くないよ、優しくしてあげるから」
「その発言がすでに怖いわ」
えー、そんなことないのになぁー。
「じゃあ、洗いっこしましょうか」
「うへへ、わかったよフィラちゃん!」
「その不穏な笑い方をやめて」
わたしは怖がるバスチェアにフィラちゃんを座らせ、背中をこすりはじめる。
フィラちゃんの柔肌を撫でるようにコシコシ、コシコシと。
「気持ちいいですかー?」
「気持ちいい……けど……」
「けど?」
フィラちゃんは後ろのわたしを振り返る。
その頬には僅かに赤みがさしていた。
「なんか、あんたの触り方が妙に変態チックな気がする……。気にし過ぎかしら」
「気にしすぎじゃないよ、事実だよっ!」
「事実なの!?」
煩悩を解放しまくってるからね、仕方ないね。
「は、早く交代しましょ! 交代よ交代!」
「焦らないでフィラちゃん。お楽しみはここからだよ。わたしの身体を使ってフィラちゃんを洗ってあげるから」
「そんなのに何のお楽しみもないわよ! ほら、代わるからねっ!」
そう言って無理やりわたしと場所を入れ替わるフィラちゃん。
ちぇっ、フィラちゃんったらいけずなんだからぁ。
……でも、洗ってもらえるだけでも幸せか。
フィラちゃんの手がわたしの背に触れる。柔らかい手だ。
でも、剣士特有のタコもある努力の手だ。
手だけでカッコいいなんて、反則だよフィラちゃん……!
「フィラちゃんのお手てで洗ってもらう感触を、わたしは生涯忘れないよ……」
「なんであんたそんなに気持ち悪い発言ができるのよ……」
涙ぐむわたしに引いた声をだすフィラちゃん。
そうあ言いながらも、洗うのは継続してくれるのがフィラちゃんの優しいところだ。
今はその優しさに存分に甘えさせてもらうとしよう。
「にへへ~」
わたしはフィラちゃんに身体を洗われながら、蕩けた声を出した。
そして数分後。
「シアちゃん、準備はいーい?」
「大丈夫ですわ」
遅れてきたシアちゃんも身体を洗い終わり、わたしたちは浴槽の前で一列に並んでいた。
折角だから、全員で一斉に入ろうということになったのだ。
「じゃあいくよ? せーのっ!」
わたしたちは同時に湯船にとぷんと浸かる。
床に腰をつけて体勢を落ち着かせると、ここ数日分の疲れが全て身体から染みだして湯に溶けていくような気がした。
「ふぁあ……気持ちいいね~……」
「極楽じゃあ~……」
わたしたちは一様にほぐれきった顔で浴槽に身体を預ける。
すると、何か得体のしれない二つの物体がシアちゃんの近くに浮かんだ。
「シアちゃん、それは……」
「は、恥ずかしいですわ……見ないでくださいまし……」
シアちゃんは二つの物体を隠す様に腕を曲げる。
ってことは、やっぱりそれ胸? そういうこと?
「風船みたいだねぇ」
そんなもの身体に付けてたら大変だよ。下とか見れないよ。
「格差社会だわ……」
フィラちゃんは自分のとシアちゃんのを見比べて、その差に愕然としている。
だけどフィラちゃんはわたしたちの中だと二番目に大きい方だ。そんなに落ち込むことはないと思う。
だって、わたしたちの中には一万歳にもなってぺたんこの子もいるし。
シアちゃんはおっぱいをちょっとリズっちに分けてあげたほうがいいと思う。
「お、おっぱいの暴力じゃ……」
ほら、訳わかんないこと言ってるし。
わたしたちの目線が一心にシアちゃんの双丘……いや、二つの山へと集まる。
「~っ!」
するとそれに堪らなくなってしまったのか、シアちゃんはどぼんと顎までお湯に浸かってしまった。
そして上目遣いで窺うようにわたしたちを見てくる。
こんな金髪金目の天使に見つめられたら、かわいすぎて理性が飛びそうだよぉ! 助けて神様!
そんな混乱したわたしたちを止めたのは、イヴの一言だった。
「皆、そんな肉食獣みたいな目でローレンシアを見るのは止めよう?」
そう言ってわたしたちの視線を遮るようにシアちゃんの前に立ち、鼻と鼻がくっつきそうなほどの距離でシアちゃんに語りかける。
「大丈夫だよローレンシア。怖くない怖くない」
「い、イヴさん……」
「胸の大きさなんて、ボクは気にしないよ。ローレンシアも恥ずかしがる必要なんてない。だってキミはとても綺麗なんだから」
そう言いながら、イヴは顔をあげたシアちゃんの頭をよしよしと撫でた。
……い、イケメンだぁー! イヴが完全にイケメンになってる! 素敵! 抱いて!
それから数分後。
ゆったりとくつろぐ中、フィラちゃんが声を上げる。
「……でも皆。皆には今回迷惑かけたわね」
その声に応じるように、わたしたちはフィラちゃんの方を向く。
フィラちゃんはその視線に頬を少し掻いた。
「ちょっと照れくさいけど……あたし、皆と友達でよかったって思うわ」
逆上せているのか、それとも恥ずかしさからなのか、フィラちゃんの顔は赤い。
「……ふふ」
最初に笑ったのは誰だっただろうか。
わたしかもしれないし、わたし以外の誰かだったかもしれない。
ともかくその笑いはすぐに全員に移って、わたしたちは浴槽の中心で笑いあった。
「な、何笑ってんのよ……もう」
フィラちゃんも笑ってるくせにぃ。
気恥ずかしさと、嬉しさと……なんだか色んな感情が混じって、いてもたってもいられない。
「くらえーっ!」
わたしはフィラちゃん目掛け、水を飛ばした。
「ちょっ、やめなさいよぉ!」
これが発端となり、その後水の飛ばしあいに発展。
終わらない争いに、数十分もすればわたしたちは五人仲良く逆上せあがるのだった。




