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43話 クリスタル

 フィラちゃんがダンゴンムシを倒してから一時間後。


「イヴ、一匹そっちいった!」

「オッケー!」


 わたしたちは魔物の群れと終わりのない戦いを続けていた。

 この魔物たち、倒しても倒しても後から後から湧いてくる……!

 まるでわたしみたいだよ!


「……って、誰がわたしだよ!? わたしは魔物じゃないぞー!」

「突然どうしたのじゃリューネ。頭がイカレてしもうたか」

「これだけ戦闘続きだとさすがにちょっとテンションが、ね!」


 目の前の魔物に火魔法を放ちながらリズっちに返答する。

 ここ十分ほどはまるで休みもなく、耐えず戦闘だ。

 相手が弱いからといって、戦闘で気を抜くことはできない。

 まだまだ魔力は残ってるけど、精神は当然疲弊してくる。

 そんな心を奮い立たせるには、とりあえず無理やりにでも気分を高めなきゃいけないんだ。


「だからリズっち! ぺろぺろさせて!」

「意味が分からんし、そんな暇は露ほどもないのじゃ! せいっ!」


 リズっちも魔物を薙ぎ倒していく。

 さすがに魔族だけあって、その力は凄い。

 経験も豊富で、ペース配分とか周囲への警戒とかそういうのも完璧だ。

 現状でセリア先生に並べるのは多分リズっちだけだろう。


「これだけ尽きないと、フラストレーションが溜まりますわね……。根絶やしにしたいものですわ」


 シアちゃんは傘を変形させた槍で二体纏めて串刺しにする。


「ローレンシア、キミ凄く怖いこと口走ってるよ……?」

「あら、これは失礼しました。ついつい本音が……」


 本音なんだ……。ひぇぇ……。


「ローレンシアさん……なんだかゾクゾク来ますね」


 先生、嬉しそうな顔しないでください。

 いや、先生が一番の戦績なんだけどさ。

 シアちゃんを見てあんな風に頬を紅潮させてるのに、その間も殲滅速度は全く落ちないんだから、さすが『蒼姫』だ。


「フィラちゃん、大丈夫?」


 わたしはフィラちゃんに声をかける。


「あったりまえでしょ! まだまだ行けるわ!」


 フィラちゃんは剣で魔物を一刀両断しながら返事をくれた。

 あのダンゴンムシを倒してからしばらくはまだ少し固かったフィラちゃんだけど、もう完全にいつも通りのフィラちゃんだ。

 構えに硬さは微塵もなく、流れるような滑らかな動きでバッタバッタと魔物を斬り伏せていく。

 これまでの反動なのか少し張り切りすぎているきらいはあるけど、それでもさすがの実力だ。


 こりゃあ、わたしも負けてられないぞぉ~!


「いっけー! どーん!」


 わたしは雷魔法をぶっぱなつ。

 目の前十メートル四方の木々と地面が全て黒く焦げ、その場の魔物は全滅した。

 辺りに焦げ臭いにおいが立ち込める。


「……リューネはもう少し力加減を覚えようね。地形が変わっちゃうから」

「は、はーい……」


 ちょっとやりすぎちゃったみたい。……て、てへっ!





「見えてきましたよ。あれがモンスタースポットです」


 先生が指を差す。

 そこには水色に光る六方晶のクリスタルが煌びやかに存在していた。

 その予想外の見た目に、わたしは驚き息を呑む。

 もっとおどろおどろしい見た目を想像してたや……。すごいきれい……。

 それを見ていたリズっちが一言発する。


「懐かしいのぅ。妾も昔はこれから産まれたんじゃ」


 その言葉に一番驚きを見せたのは先生だ。


「魔族もそうなんですか!? は、初めて聞きました……」


 先生がこれほど驚くってことは、すごい大発見みたいなことなんだろうか。

 たしかに授業では魔族の発生過程は不明って言われてたし、もしかして学会騒然のネタみたいな感じなのかな?

 そんな衝撃の事実を、リズっちは普段となんら変わらぬ口調で話し続ける。


「妾たちも最初はただの魔物じゃからの。それが段々と力を蓄え、長い年月を経て魔族へと進化する訳じゃ。そこら辺の過程は人間たちには伝わっておらぬのか?」

「はい、まったく……」

「まだまだ人間と魔族との溝は深そうじゃのぅ……。もっと仲良くしてほしいものじゃ。人間たちの方が美味いもの食うておるしの」


 なんというか、理由がこれ以上なくリズっちって感じだね。安心したぁ。


「では……折角ですし、最後はフィラリスさんにやってもらいましょうか。私は周囲の魔物を一掃しておきますので」

「え、あ、あたしですか!?」


 突然の指名にフィラちゃんは驚く。

 だけどまあ、わたしたちからすれば妥当な判断だ。

 先生がしないのであれば、フィラちゃんがするべきだとわたしも思う。


「皆さんとてもよく活躍してくれましたし、頑張ってくれましたし、正直予想以上でした。そしてその中でも今回一番頑張ったのはフィラリスさんだと思いますから」


 先生が慈愛に満ちた顔でフィラちゃんを見る。

 ただでさえ恐ろしく整った顔の先生にそんな顔をされたら、断れる人間なんていない。

 わたしにもその顔してほしい。その顔で厭味ったらしく踵で足を踏んでほしい。

 ぐりぐり~ぐりぐり~ってしてほしいっ!

 ……うん、わかってた。所詮は届かぬ願いだよね。

 ちぇっ、現実なんてクソったれだよっ!


「さあ、フィラリスさん」

「わ、わかりました……!」


 先生に導かれ、フィラちゃんはモンスタースポットに近づく。

 クリスタルの周囲からぽこぽこと生まれてくる魔物は、全て先生が秒殺していく。

 先生の万全のサポートで、フィラちゃんに危険はない。


「……ふー……じゃあ、行きます」


 フィラちゃんはそう言って剣を構え――そして、クリスタルを二つに斬り離した。


 クリスタルの破片はパラパラと弾け、周囲に水色の輝きが飛び散る。

 その真ん中で、フィラちゃんは一人剣を振り下ろしたまま佇んでいた。


「か、カッコいい……!」


 カッコ良すぎるよフィラちゃん! すてき! ひゅーひゅー!

 暴走しかけたわたしを、先生のぱん、という手を打ちつけた音が引き戻す。


「はい、皆さんお疲れ様でした! あとは残党の処理ですね。もうひと頑張りですよ」


 はっ、危ない危ない。そうだよね、まだ戦いが終わったわけじゃないもんね。

 集中力を切らさないようにしなきゃ!


 わたしは自戒の意味も込めて、自分のほっぺたをぱんぱんと思い切りたたく。

 痛い! 気持ちいい! ……じゃなくって!

 集中! 集中!


「お腹も減ったし、サクッと片づけるのじゃ」


 リズっちはお腹をさすって言う。

 リズっちのお腹ってすっごくスベスベなんだよねー。その上をただただ手で撫でていられたら、わたしはどれだけ幸せなんだろう。


「リズリズさんの言う通りですわね。お腹も減りましたし。お腹も減りましたし」


 そう言ってじぃーっとリズっちを見つめるシアちゃん。


「……おいローレンシア、真顔で妾を見るな。食われそうで怖いじゃろうが」

「……」

「無言で口をぱくぱく動かすな! こ、怖いじゃろうがっ!」


 リズっちが自分を守るように抱きしめる。かわいい。


「冗談ですわ。友達を食べたりはしませんもの」


 そりゃそうだよね、友達だもんね。

 それはいいんだけどさ、その後で意味深な流し目で先生を見るのはどういう意味なの?


「……っ」


 先生、何で顔を真っ赤にしてるの?

 ねぇ、二人の間に何が起きてるの?

 教えてよぅ。教えてよぅ!


 やきもきするわたしにイヴが話しかけてくる。


「にしても、疲れたよね。モンスタースポットの破壊がここまで大変だとは思わなかったなぁー。おかげでリューネの髪の毛も三本しか採取できなかったよ」

「……え、三本は集めたの?」

「うん、攻撃を避けながらリューネの髪の毛目掛けて滑り込んだりしてね。軽く命がけだったよ」


「ヘヘッ」と笑うイヴ。

 なんでわたしの髪の毛のために命かけてるの!

 そんなに欲しいならあげるから! 命は大事にしてっ!


「え、今あげるって言った? ねえ、あげるって言ったよね!? ねえリューネぇっ!」

「!? い、言ってないよ……?」


 もしかしてイヴ、髪の毛に関してならわたしの心まで読めるようになってる……!?

 それとも単にイヴの妄想……?

 ど、どっちにしろ怖いよう……ひぇぇぇっ。


「助けてフィラちゃん、イヴが怖いー!」


 わたしはフィラちゃんに抱き着いた。

 そしてそのまま二の腕を揉み揉み……していた手を、フィラちゃんに押さえつけられる。


「安心しなさい、あんたも充分怖いから」

「なんのフォローにもなってないよフィラちゃん! もっと優しい言葉をかけて! もしくは厳しく罵倒して!」

「要求が両極端なのよ」


 そんなこと言われても望みは望みだしぃ……。

 ん? なんかイヴが話してる。

 あれ、でもなんか、独り言……?

 ……いや、違う。あれ、わたしの髪の毛に向かって話しかけてる!


「ボクとリューネの髪の毛との出会い? うふふ、それはね……」

「フィラちゃん、イヴが髪の毛に向かってなんか語りだしてる! もうあれ怖いとかそういう次元を超えてきてるよ! 未だかつて味わったことのない感情を今味わってるよわたし!」

「あ、あれはたしかに怖いわね……」


 わたしとフィラちゃんの視線の先で、イヴはニコニコ笑顔で話を続ける。

 元はといえば、わたしがあんな化け物を呼び覚ましてしまったのか……。

 なんてことだ……。


「あのー、皆さん? まだ森の中ですからね? 危険ですからね?」


 先生が発したその声は、精神的な疲れがどっと押し寄せてきているように聞こえた。

 ……駄目な生徒でごめんなさい、先生。


「ほらほら皆、集中して!」


 フィラちゃんが先生に続いて指示を出す。

 うん、やっぱりフィラちゃんにはそういう姿が似合ってるよ。

 わたしたち五人の中でビシッと指示を出すのはフィラちゃんじゃなきゃね!


「皆、これ以上先生に迷惑はかけないようにしよ!」


 わたしも皆に言う。

 わたしが言えたことじゃないけど、言わないよりは言った方がいいのは間違いない。

 それを聞いた先生は、感謝でいっぱいの視線をわたしに送った。


「リューネさん……っ!」


 先生……そんな顔で見られたらわたし、変な気持ちになっちゃいますよぅ……!

 駄目駄目、もう先生に迷惑かけないって決めたんだからっ!

 我慢! わたし、我慢だよっ!


 暴れまわろうとする欲望を理性で必死に押し留めながら、わたしは残党狩りを無事に終えたのだった。

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