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42話 ダンゴンムシ

 それから十分後。

 わたしたち五人は先生たちの部屋を訪れていた。


「討伐に同行したいとは、どういうことですか?」


 イスに座るセリア先生の蒼い目がこちらを窺う。

 想定外の魔物の出現でおそらく徹夜に近いのだろうが、それをおくびにもださないのはさすがだ。

 きっと先生はわたしたちの安全を第一に考えてくれているんだろう。


「モンスタースポットを壊しに行くんですよね? それに同行させてほしいんです」


 フィラちゃんは先生に言う。

 わたしもそれに大きく頷いた。

 フィラちゃんは魔物相手に上手く戦えなかったトラウマを消すために、あえて魔物と戦うことを望んでいた。

 わたしたちはそれを否定せず、こうして先生たちが発つ前に直訴にやってきたのだ。


「……たしかにあなたたちは強いです。しかしその訴えを私がおいそれと了承することができないのはわかっていますね?」

「……はい」


 正直わがままを言っている自覚はある。

 モンスタースポットの破壊へ同行するなんて、普通に考えて生徒がしていいことじゃない。

 なぜなら学園にとってわたしたちは守り育むべき対象であり、戦力ではないからだ。


「今回のことは、フィラリスさんに関係しているのでしょう? 何があったか推し量ることはできませんが、昨日の朝の動きは普段とは似ても似つかぬものでしたし。それに、お昼のこともありましたからね」


 先生に名指しされたフィラちゃんは躊躇わず一歩前に出る。

 そして思い切りよく頭を下げた。


「先生、お願いします! あたしにはずっと超えられなかった壁があるんです! 今なら超えられる気がするんです!」

「なぜ、今なら超えられると?」

「皆が……友達が、いてくれるからです」


 見つめあう先生とフィラちゃん。

 それに終わりを告げたのは、先生の優しげなため息だった。


「……良い仲間を持ちましたね、フィラリスさん。私はあなたが少し羨ましいです」


 そう言って先生は立ち上がり、フィラちゃんの肩をポンと叩く。


「わかりました。あなたたち五人の同行を許可します。出発は一時間後、それまでに準備をしてください」

「は、はい! ありがとうございますっ!」

「生徒が成長する瞬間を見るのが教師の醍醐味ですからね」


 さすが先生。

 理事長なだけあって、人間が出来てるなぁ。

 というよりも、実力含めてもう人間離れしてるというか……もしかして先生、人間じゃないのでは?


「それにしても若い子は成長が早くて、自分が年を取ったのだと思い知らされます。……なんだか急に泣きたくなってきました。誰か私に優しい言葉をかけてください」


 あ、自分の言葉に自分で落ち込んでる。

 やっぱり先生も人間なんですね。なんだか安心しました。


「先生はまだまだお若いですわ」

「ローレンシアさん……っ!」


 キラキラと目を輝かせてシアちゃんを見る先生。

 その様子はなんだか子供のようで、とてもかわいい。


「そうですよ、元気出してください先生! 先生はまだまだ若いです。だってわたし先生のことぺろぺろしたいですもんっ!」

「……そ、それは喜んでいいことなのでしょうか」


 あれ、なんで複雑そうな顔されてるんだろ? わたしは先生のこと励まそうと思っただけなのに……。




 そして一時間後。

 ようやく太陽が空に全貌を現した頃、わたしたちは洋館の外に集まっていた。

 目的はモンスタースポットの破壊。そしてもう一つ、フィラちゃんのトラウマの払拭だ。


「では出発します。私と彼女たちがこちらのルートを行きますので、先生方はもう一つのルートでお願いしますね」


 セリア先生が理事長らしく他の先生たちに指示を出す。

 わたしたち五人は先生と行動を共にすることになったみたいだ。

 先生はわたしたちの担任だし、自然とそういう割り振りになったのだろう。


「フィラリスさん、そして皆さん。準備はいいですか? 一度出発すれば、魔物は待ってくれませんよ」

「はい、大丈夫です」


 フィラちゃんの返事に続いて、わたしたちも各々返事をする。

 先生はうんうんと何度か頷き、わたしたちに背を向けた。

 そして洋館を囲む森の中へと、その一歩を踏み出したのだった。





「もう朝なのに、暗いですね」

「木々が日光を遮りますからね。それでももう少し時間が経てば明るくなってくるはずです。……っと、いますね。あの茂みの先です」


 先生が無数にある茂みの一つを指差す。

 言われて魔力を探ってみれば、なるほどたしかにそこには魔力が感じられた。


「ダンゴンムシ、小型の魔物ですね。危険度も低いです」


 ダンゴンムシ、授業で習った。

 たしか、普段は固い甲羅で身体を覆っているけど、ひっくり返せば隙だらけな魔物だったはずだ。

 わたしたちはもちろん、一般クラスの人たちでも苦にせず倒せるレベルの魔物。


「まだモンスタースポットから遠いこの辺りでは魔物との遭遇率も低いですし、他に魔物が隠れている可能性もなさそうですね。……フィラリスさん、いってみますか?」


 先生がフィラちゃんにそう提案する。

 たしかにこの魔物はうってつけかもしれない。

 モンスタースポットに近づけばきっと魔物がわらわらいるだろうし、そうするとフィラちゃんに対するカバーが効き辛くなってしまうことも考えられる。

 その前に一度、肩慣らしも兼ねてダンゴンムシを相手取っておくのは悪くないと思う。

 フィラちゃんもコクンと頷き、剣を構えて茂みへと歩き出す。


「ふー……」


 フィラちゃんが一つ息を漏らす。

 その切っ先は、しっかりと魔物がいるであろう茂みを向いている。

 大丈夫、その調子だよフィラちゃん!


 そしてもう一歩近づく。

 すると異変を感じ取ったのか、ダンゴンムシが茂みから飛び出てきた。

 瞬間、目に見えてフィラちゃんがこわばる。


「……っ!」


 肩に力が入り、切っ先が震えだす。

 その様子はいつものフィラちゃんとはまるで違うものだ。


「キィーーッッ!」


 魔物は近くにいたフィラちゃんに威嚇行動をする。

 そんな子供じみた威嚇でさえ、今のフィラちゃんには効果覿面だ。

 隙だらけのダンゴンムシ相手に、フィラちゃんの足が一歩後退してしまう。

 そんな姿を、わたしはそれ以上見ていられなかった。


「頑張れ、フィラちゃん!」


 わたしは後ろから声をかける。

 続いて皆も、そして先生も、フィラちゃんへ声援を送った。


「キィーーッッ!」


 それと同時にフィラちゃんへと狙いを定め、飛びかかるダンゴンムシ。

 これは助けに入らなきゃ駄目かもしれない!


「フィラちゃ――」

「大丈夫です、リューネさん。フィラリスさんの切っ先を見てください」


 遮った先生の言葉通りに切っ先を見る。

 さっきまで震えていた切っ先は、スッとその震えを消していた。


「はぁあああっ!」


 そしてフィラちゃんは剣を振るう。

 気持ちの迷いすら一緒に斬ったかのような、そんな迷いのない剣筋が、ダンゴンムシを一刀両断した。


「……やったぁー! やった、やったよフィラちゃん! おめでとぉー!」


 わたしはフィラちゃんの元に駆け寄る。

 フィラちゃんは呆然として自分の剣を眺めていた。


「あたし、魔物を倒せたのね。……あたしが、魔物を倒したのね」

「見事な剣でしたよ、フィラリスさん」


 先生に一礼するフィラちゃん。

 すると、フィラちゃんは一瞬ふらりとよろめくいた。

 わたしたちは慌ててそれを支える。


「ちょっ、大丈夫ですの!?」

「ちょっと気が抜けただけ。大丈夫よ」

「もう帰って休んだ方がいいんじゃないかい?」

「セリアには先に進んでもらって、妾たちが連れ帰ってもいいのではないかえ?」


 心配するわたしたち。

 そんなわたしたちに、フィラちゃんは言う。


「ごめんね皆。心配かけると思うけど……あたし、まだ先に進みたい。この感覚を忘れたくないの。今の一撃がまぐれじゃなかったって確信したい。お願いできませんか、先生」


 フィラちゃんに見つめられた先生は、仕方なさそうな顔をした。


「言っても聞かないでしょう、フィラリスさんは。それなら一緒に居て貰った方が安全です」

「すみません……ありがとうございますっ」


 なんにせよ、これでフィラちゃんのトラウマもちょっとは拭えたことは間違いない。

 それはとてもいいことだと思う。

 ……これは、今日は皆ででっかいお風呂に入れそうだねぇ! うーん、楽しみ!


「さあ皆、出発しんこーだよ!」


 わたしはニコニコしながらそう言った。

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