41話 こっそりこそこそ
翌日。
早朝、地平線から顔を出した太陽の淡い日差しがカーテンの隙間から部屋に差し込む。
それと同時に、わたしとフィラちゃんはもぞもぞと起き出す。
「静かにだよ、フィラちゃん」
「わかってるわ、リューネ」
わたしたちはまるで泥棒のようにコソコソと慎重に、ばれないようにベッドから出る。
わたしたちは今からセリア先生のいる部屋を訪れようとしていた。
理由は一つ、モンスタースポットの破壊に同行させてもらうためだ。
「でも、本当に魔物を相手にしても大丈夫なの?」
わたしは皆を起こさぬよう、小さく声を出す。
先生の元に同行させてもらえるよう言いに行くと決めたのはフィラちゃんだ。
フィラちゃんは無理矢理魔物と戦わなければいけない状況に自分を追い込むことで、ショック療法のように先のトラウマを払しょくするつもりらしかった。
でもそれは上手くいくかわからない賭けのようなものだ。
「わからないわ。正直、自信は無い。でも、ここがあたしが殻を破れるかどうかの分岐点だと思うの。だから、あたしは行くわ」
そんなことを言われたら、わたしにはフィラちゃんを止めることなんてできない。
なら、ついて行くしかないよね。まったく、フィラちゃんは手がかかるんだから。
「……リューネは付いて来なくてもいいのよ?」
「やだよ。わたしがいなきゃ、フィラちゃん寂しくて泣いちゃうじゃん」
そう言うと、フィラちゃんは半ば呆れた笑いを見せた。
「それはあんたでしょうが」
「えへへ、そうでした」
笑いながらわたしは周りを見回す。
シアちゃん、イヴ、リズっちの三人はまだぐっすりと眠っていた。
昨日フィラちゃんと話したことについては部屋に帰ってから全てを話したが、今から先生の元を訪れることは三人には話していない。
優しい皆のことだ、話せば絶対に付いてくると言うだろう。
皆は強い。だけど、モンスタースポットにはまだまだ謎が多い。
本来ならば騎士団やほんの一握りの冒険者のような人が対処するような事柄だ。
万が一、万が一にも皆を危険に晒さないために、わたしたちは内緒にすることを決めた。
「帰ってきたらまず一番に、皆に謝らなきゃね」
わたしの言葉に、フィラちゃんは深く頷いた。
「じゃあ、開けるわよ」
フィラちゃんは部屋に扉に手をかける。
扉は押すタイプのドアで、しっかりした作りのせいで逆に開ける時に結構な音がしてしまうのだ。
皆にばれずに部屋を出るためには、ここが一番の難所といえた。
わたしはフィラちゃんの後ろについて、耳元で言う。
「慎重にねフィラちゃん。粗暴だからって、思いっきり開けたら駄目だよ」
「誰が粗暴よ誰が」
「怒らないで。ぺろぺろしちゃうぞ」
「どんな文脈からでもぶっこんでくるの何とかならないの?」
おっと、いけないいけない。
一度小指をぺろぺろさせてもらえたせいで、ちょっと調子に乗ってきちゃったよ。
でもさ、一回やらせてもらえたんだよ? それってちょっとご主人様として脈ありなのかなとか思っちゃうじゃん! だからわたしは悪くない、ちょっとしか!
フィラちゃんはドアに手をかけ、ゆっくりとドアノブを回していく。
よしよし、音はまだしてない。
そしてそのまま深くまでドアノブを下げたフィラちゃんは、ゆーっくりとドアを押し始めた。
廊下から仄明るい光が差し込む。
しかし、元々太陽のおかげである程度の明かりがあったわたしたちの部屋にとっては、それほど大きな変化ではない。
これはいける。ミッションコンプリ――
「どこへ行くんですの?」
勝ちを確信した瞬間に、後ろから上品な声がかけられた。
こ、この声、まさかシアちゃん……? ば、ばれた……?
いや、でも、まさか……。
錯覚であることを祈りながら、後ろを振り返るわたしとフィラちゃん。
「え、皆……?」
そこにはシアちゃんだけでなく、イヴとリズっちも目をパッチリ開けて立っていた。
「そんなにコソコソしちゃって、随分と水くさいじゃないか。ボクたちに何の相談もないなんて、ボクは悲しくて涙がでてくるよ」
「大方セリアのとこへでも行って、モンスタースポットの破壊への助力を申し出るつもりじゃろ? お主らの考えることなど妾たちにはお見通しなのじゃ」
「フィラリスさん、わたくしたちは信用できないでしょうか? あなたを想う気持ちはリューネさんと同じだと、少なくともわたくしたちはそう思っていますわ」
三人は思い思いの言葉をわたしとフィラちゃんに言う。
「み、皆……」
フィラちゃんは特に皆の言葉に感銘を受けたようだった。
心なしかその赤い目も潤んでいるように見える。
……駄目だよ、ぺろぺろしたいとか思っちゃ駄目! ここは感動的な場面なんだから!
自制心を強く持って、わたし!
「大体、フィラリスさんがわたくしたちを起こさないように部屋を出ようと言うのが無謀なのですわ。フィラリスさんの不器用さでそんなことができるわけがないのに」
「ちょっとローレンシア!? 急にひどくない!?」
「いやでも実際ボク、フィラリスに足踏まれたし。あやうく声をあげちゃいそうになったけど……キミ、踏んどいて気づいてなかったよね?」
「ご、ごめん。それはごめんなさい。全然気づかなかったわ……」
フィラちゃん、それはいくらなんでも気づこうよ。
謝るフィラちゃんに、リズっちが追撃する。
「妾もフィラリスに顔を舐められたのじゃ」
「舐めてないわよっ!」
「嘘じゃ! 妾、舐められたもん! 誰かにべろべろーって……」
そんな酷いことしてたのフィラちゃん! 幻滅だよまったくもう!
たしかに暗闇の中で無防備にすやすや眠るリズっちはとっても可愛らしかったけど!
それでも顔を舐めるなんて、わたしじゃないんだから!
……ん、あれ?
「あ、それわたしだ。寝てたからつい」
「おぉい!? 何してくれとるんじゃお主! 妾の珠のような肌を好き勝手弄びおって!」
「そうよリューネ、静かに抜け出さなきゃいけないのに何してんのよ!」
「ご、ごめんなさい……」
同時に二人に怒られちゃった。
反省しないと……。
駄目だよ、怒られてるからって喜んだら駄目。絶対に反省しなきゃ……!
「……おいリューネ。お主なんで笑うとる」
そんなわたしの思いとは裏腹に、わたしの身体は欲望に正直だった。
わたしの頬はにっこりと、見事に吊り上っていた。
「違うの、わたしは本当に反省したいって思ってるの。……でも、二人から叱られた喜びが我慢できなくて。ぐへへ」
「その邪悪な笑い方やめなさい」
「う、うん、わかってる。本当に反省してぎゅへへ」
「悪化してるわよ」
ああ駄目だ! 我慢できないよぅ!
わたしはなんて駄目な子なんだろう……でも自分が駄目な子だと自覚することさえも興奮してしまう。哀しい性だね。
「とにかく、ボクたちもついて行くからね。言っておくけど、拒絶されてもついて行くから。……だってボクたち、友達じゃないか。ボクはフィラリスが困っているなら一緒に悩みたいし、フィラリスが喜んでるなら一緒にそれを分かち合いたい。その気持ちは皆一緒だと思うよ」
「だってさ。どうするフィラちゃん?」
フィラちゃんは皆から咄嗟に顔を背ける。
そしてそのまま言った。
「……あんたたち、本当にバカなんだから。バカもバカ、大バカよ」
「大バカで結構ですわ。利口な人間になるよりも、友達想いな人間になりたいと思いますもの」
「まあ、お主が元気がないと張り合いがないしのぅ。仕方ないから、妾もちぃとばかし尽力してやるとするのじゃ」
「よしっ、じゃあ皆で行こう! それでいいよね、フィラちゃん! ……フィラちゃん?」
あれ、なんだか肩が震えているような……。
「……こっち見ないでっ。今、本当に駄目だから」
フィラちゃんはわたしたちに背を向けて、指で頬の辺りを擦る。
それは明らかに涙を拭う動作に他ならなかった。
「泣き虫だなぁフィラちゃんは。よしよし良い子良い子」
そのあまりの愛おしさに、わたしたちは皆でフィラちゃんの頭をなでなでする。
「泣いてない、泣いてなんかないんだからねっ! ……ぐすっ」
そんな強がりを言いながら、フィラちゃんはしばらく涙を流し続けた。
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