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40話 対話

 わたしたちは洋館へと戻った。

 洋館の中、エントランスホールにソファを見つけたわたしたちは、そこへと座る。

 周りに人気もないし、ここなら落ち着いてフィラちゃんの話を聞く事が出来そうだ。


 わたしたちの体重でぼふっと沈み込むソファ。

 ソファはわたしたちを受け入れて、優しく包み込んでくれる。

 わたしもフィラちゃんにそうできたらいいな。そう思った。


「あのね、リューネ」

「うん」


 ソファに腰掛けてから数分後。

 フィラちゃんが口を開き始める。


「あたし、子供のころに魔物に襲われたことがあるの」


 その桃色の唇から語られた言葉は、かなり衝撃的なものだった。


「襲われたって言っても、大事には至らなかったんだけどさ。その時助けてくれた冒険者の人が剣士だったから、剣に憧れて、剣を持って、剣の道を志して……運よく才能もあったみたいで、あれよあれよとここまで来たんだけど」


 そこで、フィラちゃんは言葉を区切る。


「でもやっぱり……魔物が怖いのよね」


 わたしが声を出せないでいると、フィラちゃんは横に座るわたしの顔を直視してくる。


「さっきの先生とあたしの戦い見て、どう思った?」

「どうって……負けちゃったけど、フィラちゃんはすっごく強かったと思うよ。剣士なのに魔法を使える人なんて本当に少ないって聞いたし、このままいけばセリア先生みたいな魔法剣士にもなれると思ったよ!」

「ありがと、リューネ。あたしには魔法の才能は人並みくらいしかないみたいだから魔法剣士にはなれそうにないけど、でもあんたにそう言ってもらえて嬉しいわ」


 そう言って、フィラちゃんは自分の掌を見る。

 わたしの言葉はあまり響いていないみたいだった。


「あの戦いはあたしも自分でも悪くなかったと思う。先生との力の差はあったけど、自分の力は出し切れた。……でも、朝は違った。あたしは何もできなかった。ただ下級の魔物に剣を弾かれて、地面に腰をつけて怖がっていただけ。一般クラスでもあたしより酷い戦い方してる人なんてそうはいなかったわ」

「それは……魔物が怖かったからってこと?」


 その質問に、フィラちゃんは首を縦に振る。


「そうよ。払拭したと思ってたけど、やっぱり駄目だったみたい。……ねえリューネ。あたし、このままここに居ていいのかなぁ」

「そんなの良いに決まってるよ!」


 迷う様な口調で発されたその言葉に、わたしはすぐに言い返した。

 でも、フィラちゃんからの反応はない。


「……もしかしてフィラちゃん、学園を辞めるつもりなの? わたし、フィラちゃんが辞めるなんて嫌だよ……?」


 フィラちゃんと離れ離れになる……そんなこと、考えたこともなかった。

 急に胸の辺りが冷たくなる。

 胸に黒い穴でも開いてしまったかのように、わたしは息の仕方がわからなくなった。


「あたしは特進クラスだもの。強くなきゃ駄目なのよ」

「フィラちゃんは強いよ! 今日だってたまたま調子が出なかっただけで――」

「あたしは弱いのよ!」


 苛立ちの篭った声を上げる。

 その矛先はわたしじゃなく、フィラちゃん自身に向いていた。

 フィラちゃんはわたしに掌を見せてくる。

 その掌はふるふると小刻みに震えていた。


「今だって朝のことを思い返すだけでこの有様よ。あたしは、弱いの」


 そう自嘲するフィラちゃんの顔はとても痛々しい。

 フィラちゃんは続ける。


「昔から、あたしは普通の人間だったわ。別に何ができるわけじゃない、平凡な人間。そんなあたしがただ一つだけ持っていたものが剣才だった。でもそれも駄目じゃ、もうあたしには何もない。……どうしたらいいか、もうわかんないよ……」


 フィラちゃんは膝の上で両手を合わせる。

 そんなフィラちゃんがとても心細そうに見えて。


「フィラちゃん」


 だから、わたしはその手を上から包み込んだ。


「……何?」


 フィラちゃんがこっちを向いたところでわたしは手を離し、今度は両腕を広げる。


「フィラちゃん、辛かったんだね」


 そして広げた両腕をフィラちゃんの背中に回し、――わたしはフィラちゃんを抱きしめた。


「ごめんね、そんなに悩んでるのに気づいてあげられなくて。でも、フィラちゃんは何もなくなんてないよ」

「……剣をとったあたしに、何があるって言うの?」


 そんな風に自分を傷つけるような言葉を言うほど追いつめられていたことに、わたしは気づくことができなかった。でもまだ間に合うのなら。

 わたしは抱き寄せたフィラちゃんと視線を合わせながら言った。


「だって、わたしみたいな人間に呆れずに接し続けてくれたのは、フィラちゃんが初めてだったもん。わたし子供の時から変わってるって言われて、お父さんとお母さん以外とはほとんど遊んだこともなくって……だからさ。わたし、嬉しかったんだよ? フィラちゃんと友達になれて、わたし、嬉しかったんだよ?」

「リューネ……」


 ああ、駄目だ。涙が零れてきちゃう。

 わたしはフィラちゃんを励ましたいだけなのに。

 泣くんじゃなくて、笑わなきゃ。

 わたしは無理やり笑みを作った。多分、すごく不格好な笑顔だったと思う。

 そんなせいいっぱいの笑顔で、わたしは言う。


「ありがとう、フィラちゃん。わたしと友達になってくれてありがとう。ひぐっ……辞めないでほしいよ。フィラちゃんは、わたしの親友だから」

「うぅ……うわぁぁん……リューネぇぇ……っ」

「ぐすっ……よしよし、いい子いい子」


 わたしもフィラちゃんも、気づけばいつのまにか涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。

 わたしは子供のように泣きじゃくるフィラちゃんの頭を、ずっと撫で続けるのだった。







「みっともないところを見せちゃったわね……ぐすっ」


 数十分後。

 フィラちゃんはまだ赤い鼻をしているけれど、涙はようやく収まったみたいだ。


「ううん、全然。ところでその涙、ぺろぺろしていい?」

「駄目よ」

「そっかぁ、残念」


 そう言いながらも、わたしは嬉しさを感じていた。

 そのそっけない返しから、いつものフィラちゃんが感じられたからだ。


 ぺろぺろさせてくれないのは残念だけど、立ち直ってくれたことに比べれば本当に些細なことだ。

 そう思うわたしの前で、フィラちゃんはぷいっと横を向いてしまった。

 何かと不審に思っていると、フィラちゃんは言う。


「……でも、小指くらいならいいわ。今日だけ特別」

「……え、本当!?」

「ちょっとだけだからね?」


 やっぱりフィラちゃんはとっても優しい人だよ。わたしが保証する。

 それでは早速失礼して……。


「ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろっ!」

「ちょっ!? と、溶ける! 小指が溶けちゃう!」


 甘いっ! フィラちゃんの指、ほのかに甘いよっ! 美味しーいっ!





 そしてフィラちゃんの小指を堪能した後、わたしたちは部屋へと戻る廊下を歩く。


「フィーラちゃんっ」

「なーに?」

「好き好き好き好き好きー!」

「語彙力どこかに落としてるわよ」


 ぶー、冷たーい!

 頬を膨らませると、フィラちゃんはぷっと噴き出した。


「……でもそんなの聞かされると、自分を嫌いになりかけてたのがバカらしく思えてくるわ」

「フィラちゃんのばーか!」

「……おしりぺんぺんね、リューネ」

「やったー!」


 ぺろぺろに続いておしりぺんぺんまで! 今日は神様の誕生日か何かだっけ?

 喜ぶわたしに呆れた顔のフィラちゃん。

 そんな顔されたって、嬉しいものは仕方ないじゃん!


「やったーじゃないでしょ、もう」

「えへへー」


 首を傾けて笑うわたしに、フィラちゃんは久しぶりに快活な笑みを浮かべる。


「……ふふ。ありがとね、リューネ!」

「こちらこそだよぉ、フィラちゃんっ!」


 やっぱりフィラちゃんは元気よく笑ってるのが一番似合うよ!

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