4話 イヴの夢とリューネの夢
「ねえ、ちょっといいかな?」
わたしはその子に話しかける。
そして目を見て確信した。
この女の子、わたしのご主人様になる素質がある!
女の子の目はとても澄んでいて、まるで鏡みたいに私の顔を映し出した。
ボブカットに切りそろえられた白銀の髪も相まって、とても神秘的な雰囲気だ。
まるで雪の中でオーロラを見ているような、そんな感じがする。
だけどその表情はそれとは対照的に暗く淀んでいた。
「何?」
その答えもまた冷たいものだった。
まるで生気を感じられない。
このままじゃ駄目だ、将来のご主人様候補をこのまま腐らせておくわけには絶対にいかない!
「ちょっとあなたとお話したいんだけど、いいかな?」
わたしは座っている彼女に手を差し出す。
ここは人の目が多い。気兼ねなく話しをする場所としては適しているとは言えないよね。
「……まあ、いいけど」
女の子はわたしの手を取ってくれる。
小さく、柔らかい手だ。
だけどその手は、まるで血液が通っていないかのように冷たかった。
わたしたちは学園内に作られた庭園を二人で歩く。
ここなら人も少ないし、会話が聞かれる心配もないだろう。
「名前はなんていうの?」
わたしは女の子に尋ねる。
「ボクはイヴ。キミは?」
「わたしはリューネ。よろしくね!」
イヴと名乗った女の子は、わたしの目をじっと見つめる。
あれ、イヴって最初は神秘的な雰囲気だと思ったけど、意外と元気っ子って感じの顔してるような……。
そんなことを思っていると、イヴがわたしに話しかけてきた。
「リューネ、キミはボクが魔法を使えないから笑いに来たの?」
「え? 全然違うよ!」
なにそれ、わたしそんなに性格悪く見えてるんだろうか。
ちょとショックだなぁ。わたしは純粋無垢なのに。
「じゃあ、なんで?」
「なんでだろう。なんでと言われると、うーん……わからないけど、ただなんとなく気になったんだよね」
「……変わってるね、キミ」
イヴがぽつりと言った。
「あはは、良く言われるよ。わたしとしては全然普通なつもりなんだけどね。ただちょっと変態なだけで」
「……やっぱり相当変わってる」
イヴはヒクヒクと頬を引きつらせる。
その顔にわたしはちょっと興奮した。やっぱりこの子、ご主人様の才能がある!
「変わってると言えばあなたもだよね。……魔法、使えないんでしょ?」
わたしはイヴのプライバシーな部分へと踏み込んだ。
この子と真に心を通わせるには、表面上の会話じゃ駄目だ。そう思ったんだ。
「座ろうか」
イヴは近くにあったベンチに腰掛ける。
ベンチは大分ガタがきているようで、体重をかけるとギシッと嫌な音を立てた。
「ボクはもう、二度と魔法は使えないんだ」
その言葉を口きりに、イヴは語りだす。
「昔は使えてたんだ。魔力も多くて、今日のキミみたいに『天才児』って言われてた」
イヴはわたしの顔を見ず、ただ目の前の庭園を見ながら言った。
「だけど、ある時高熱を出してさ。数日間生死の境をさまよって……気が付いたら魔法は使えなくなってたよ」
わたしは黙ってイヴの話を聞く。
「魔力管が熱でやられちゃったみたいでね。それで魔法は使えなくなっちゃったってわけさ」
イヴはそう言って、寂しそうに笑った。
魔力管。魔力を体全体に巡らせる、魔力の血管。
それを損傷したのなら、イヴが魔法を使えないのも無理はない。
だけど……。
「すごく失礼な質問かもしれないけど……なんで魔法科に?」
「世界一の魔法使いになるのが、ボクの夢だから」
そう言って、座ってから初めてイヴはわたしの顔を見た。
至近距離で真正面から見ていたおかげで、その白銀の瞳が段々と驚きに染まっていくのが分かった。
「キミは、笑わないんだね」
「へ?」
「いや……。ボクがこんなこと言うと、大抵皆笑うからさ」
「笑わないよ、素敵な夢じゃん!」
わたしはイヴを見誤っていた。
最初はもっと弱い子なのかと思ってた。だけど、とっても強い子だった。
魔法が使えないのに魔法使いを目指す。たしかに馬鹿にされるかもしれないけど、すごくカッコいい夢だと思う。
「私もご主人様を見つけるっていう夢があるんだぁー」
色々言いたくないことも聞いてしまったお返しに、わたしは自分の夢をイヴに教えることにした。
まあ最初っから教えるつもりだったと言えばそうだけど。
「……それが夢なの?」
イヴはきょとんとした顔をする。
今のイブには最初に感じた氷のような印象はまったくなくて、ただただ可愛いご主人様候補な女の子だった。
「うん、だから目をキョロキョロさせて常にご主人候補を探してるんだよっ。あ、あなたも候補の一人だからね?」
わたしはばちんとウィンクをする。
決まった……!
そう確信したわたしの耳に聞こえてきたのは、笑い声だった。
「……ふふ、あははははは! か、変わってるねキミ! お、お腹痛い……!」
イヴがお腹を抱えて大笑いしていた。
「そうかなぁー。というかイヴ、わたしの夢を笑わないでよぉー!」
「ご、ごめん、ただちょっと予想外すぎて笑いが……。馬鹿にしてる訳じゃないんだ。でもこんな可愛い顔してるのにご主人様って……お腹が……っ!」
「もぉー! ……あはは!」
イブにつられてわたしまで笑ってしまった。
でも、何がおかしかったんだろう?
イヴはひとしきり笑った後、溜まった涙を拭う。
うーん、その指舐めたい。
「うーん、その指舐めたい」
声に出ちゃってた。
「キミはつくづく変わってるね。キミの夢、ボクも応援させてもらうよ」
「ありがとう。……ねえイヴ」
「ん、どしたのリューネ」
庭園を吹き抜ける風に、さらさらと白銀の髪が揺れる。
「わたしがイヴに魔法を使えるようにしてあげるって言ったらさ、信じる?」
「そりゃ信じるよ」
「本当?」
正直ここまで即答されるとは思ってなかった。
下手したら怒られるかもって思ってたのに。
だって初対面の人に自分のコンプレックスについて話されたら、わたし以外の人は傷つくはずだ。
それなのに、イヴはわたしのことを信じてくれるんだ……。
そう考えるわたしに、イヴはクスッと笑って言う。
「だって、ボクはキミのご主人様候補なんだろ? 嘘をつくはずがないじゃないか」
「そう……そうだね! じゃあ、ちょっと失礼して……」
わたしはイヴの胸元に手を当てる。
イヴはそれを拒絶せず、受け入れてくれた。
慎ましげなお胸をしてるね。わたしと同じだ。
でも安心して、ご主人様の胸の大きさは大きくても小さくてもウェルカムだから!
胸に手を当てるわたしをみて、イヴは寂しそうに何かを呟いた。
「……本当に治るのなら、どれだけ――」
「じゃあ、いくよ!」
「へ? ちょ、リューネ!?」
さっさと治しちゃお!
魔力を解放し、回復魔法をイヴにかけてあげる。
自慢じゃないけど、わたしの回復魔法は一級品だ。
たとえ他の人が治せなかったような魔力管の損傷だって、わたしにかかれば……!
「やああぁぁっ!」
掛け声とともに、イヴの身体が純白の気に包まれる。
イヴは自分の現状を呆然と眺めていた。
「はい、終わり。もう治ってると思うけど、どうかな?」
わたしの質問に、イヴはふるふると緊張がちに掌を上に向け、開く。
次の瞬間、その掌に綺麗な氷の結晶が形作られた。
「嘘……ボク……っ!」
「ね? これであなたも魔法が使えるよ」
「リューネ、ボク、ボク……ありがとう、本当にっ!」
イヴは感極まったようで、わたしに抱き着いてきた。
それだけ嬉しかったってことだよね。
役に立てて良かった。
「ぐすっ……ありがとぉ……」
イヴはわたしの胸の中で泣き始めてしまった。
か、可愛いぃ……!
あ、なんかいい匂いする! 良い匂いする! すーはーすーはー!
うへへ、役得役得。
「……リューネ、何その顔」
「うへへへへ……え? あ、良い匂いだったので堪能させていただいておりました」
「なんだよそれぇ」
イヴはふざけるように肘でつついてくる。
わたしも気持ち悪く笑いながらそれをやり返した。
楽しいなぁと思いながら、ふと気づく。
あれ、これご主人様じゃなくて友達になっちゃったような……?