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38話 原因

「……」


 時は過ぎ、夕方。

 部屋にいるわたしたちの間には、なんとなく気まずい雰囲気が漂っていた。

 原因はフィラちゃんだ。

 部屋に戻って来たきり、心をどこかに落としてきてしまったみたいにずっと一点を見つめている。

 朝食も昼食も、フィラちゃんは一言も発さなかった。


 そんなフィラちゃんを心配したのか、リズっちが近寄る。

 そして目の前で、いつものように変顔をした。


「……べ、べろべろべろ~!」


 それを見て、フィラちゃんは弱々しく笑う。


「……あはは、やめなさいよリズリズ」

「……す、すまんのじゃ! 妾は調子に乗り過ぎたのじゃ!」


 リズっちはそう言って自分の頭をぺしんと叩いた。

 フィラちゃんはそれを見てまた笑う。ただ、心からの笑みではないことは明白だ。


 多分だけど、別に怒っているとかそういうのじゃないと思う。

 でも、確実にいつもとは違う。

 今まであまり感じたことのないぎくしゃく感が、今のわたしたちの間には確かに広がっていた。




 そんななんとも言えない雰囲気の中部屋で過ごしていると、ドアがノックされる。

 姿を現したのはセリア先生だった。


「皆さん、少し良いですか? 周囲に魔物がいた原因がわかったので、取り急ぎ伝えておきたいんですが」

「は、はい」


 先生が部屋の中へと入ってくる。

 朝の襲撃からずっと働きっぱなしだっただろうに、先生の顔には疲労の色一つ浮かんでいない。さすが先生だ。


「周囲を捜索したところ、モンスタースポットがあることがわかりました。それも反対方向に二つです」


 モンスタースポット……たしか、授業で習った。

 空気中に漂う魔力が一か所に集まって、魔物が次々に生まれるようになった場所のことだったはずだ。

 それが今回の魔物たちの襲撃の原因だったらしい。


「幸いにしてどちらも規模は大きくないので緊急性は低いと判断し、明日教員が撃破に向かうことになりました。なのでくれぐれも今日はこの洋館の外に出ないことを徹底してください。皆さんなら遭遇しても大丈夫だとは思いますが、万が一ということがありますから」


 先生はわたしたちの身を案じるような言葉を口にした。

 その言葉にフィラちゃんがぴくりと反応したのが目の端で見える。


「話は以上です。……想定外の事態ではありますが、全く問題はありません。せっかくの林間学校ですし、皆さん仲良く、楽しい思い出を作ってくださいね」


 そう言って先生は部屋から出て行こうとする。


「……先生。少しいいですか?」


 そんな先生を、フィラちゃんが呼び止めた。


「はい、なんでしょうかフィラリスさん」

「ここではちょっと……廊下で話してもいいですか?」


 フィラちゃんはちらりとわたしたちの方を見ながら言う。

 どうやらわたしたちには言いづらいことのようだ。

 先生もそれを察したようで、フィラちゃんに小さく一つ頷いた。


「……わかりました。では皆さん、くれぐれもよろしくお願いしますね」


 フィラちゃんは先生と共に部屋から出ていく。

 ドアの前に立ったフィラちゃんは一度わたしたちを振り返り、無理に笑顔を浮かべた。


「皆、変な雰囲気にしてごめんね? あたしのことは気にしないで、大浴場に行って疲れを癒してきて。本当に、あたしのことは気にしないでいいから」


 そう言って、扉は閉められた。






「どうする皆? フィラリスはあっちの大きいお風呂にでも入れって言ってたけど」


 部屋に残されたわたしたち。

 その中で、イヴが皆に問う。


「まあ、入りませんわよね」

「そうじゃな」

「でっかいお風呂は皆で入るのが一番楽しいもんね。フィラちゃんも一緒に」


 わたしは皆で入りたい。

 皆で楽しく、お風呂に入りたい。


「そうだね、ボクも皆の意見に賛成だ」


 イヴも頷く。

 皆が同じ意見でいてくれたことに、わたしは喜びを覚えた。




 部屋に備え付けられたお風呂を使うことに決め、わたしたちは再び無言になる。

 いなくなって初めて、フィラちゃんという存在の大きさを再確認させられた。

 いつも元気にわたしたちを明るくしてくれる存在、それがフィラちゃんなのだ。


「リューネ、お主外の様子を見てきたらどうじゃ?」

「え、わたしが!?」


 リズっちの言葉にわたしは驚く。

 しかし、リズっちは表情を変えない。


「フィラリスと一番仲が良いのはお主じゃし、お主になら何か話してくれるかもしれんじゃろ」

「で、でもフィラちゃんはわたしたちには聞かれたくないみたいだったし……」


 正直、気になっていないと言えばそれは嘘になる。

 でも、相手の望んでいないことをするのが果たして友達といえるだろうか。

 そんな風に悩むわたしの気持ちを見透かしたように、リズっちは言葉を紡ぐ。


「今回がどうなのかはわからんがの。リューネに一つ言っておきたいことがあるのじゃ。『友達というのは、相手が望むことだけをしてやる関係ではない』」

「え……?」


 目を大きくするわたし。

 リズっちはそれを見て軽く呆れたように笑う。


「これを妾に教えてくれたのはリューネ、お主なんじゃぞ? 妾がもう一度封印されることを望んでいた時、お主はそれは駄目だと言うてくれた。妾はそんな言葉を望んでいなかったのにも関わらずじゃ」


 リズっちはそこで一旦言葉を切り、わたしたちの顔を順に見ていった。


「……そして今、妾はあの時のリューネに凄く感謝しておる。あの時お主が大人しく妾の封印に同意していたら、妾はお主とも、イヴとも、ローレンシアとも、……そしてフィラリスとも、こんなには仲良くなれていなかったのじゃから」

「リズっち……」


 わたしに思いの丈をぶつけてくれたリズっちの顔は本当に幸せそうだ。

 たしかにあのとき、リズっちは自分では封印された方がいいと言っていた。

 でもわたしはそれは嫌だと言って……そして、あの時の言葉に悔いはない。間違っていたとも、ちっとも思っていない。


「だから、お主が決めるのじゃ。盗み聞きするのは気が咎めるなら、堂々と聞かせてくれと頼めばいい。それを聞くくらいはあやつも許してくれると妾は思うがの」


 ……友達は、相手が望むことだけをする関係じゃない、か。

 リズっちの言葉は、驚くほど滑らかにわたしの胸の中にすっと溶け込んでいった。


「……うん。わたし、行ってくるよ! フィラちゃんのところに行ってくる!」

「そうかえ。まあ、せいぜい頑張るんじゃの」


 リズっちはそう言うとプイッと顔を背ける。

 その口角が上がっているのを、わたしはしっかりと目に焼き付けた。




 わたしは皆のいる部屋を出て、廊下へと飛び出した。


「フィラちゃん!」

「リューネ、あんたどうして……」


 驚いた顔のフィラちゃんに、言う。


「わたし、フィラちゃんのことほっとけないから! だからもし、もし迷惑じゃないなら、わたしにも一緒に聞かせてほしいの」


 伝わってほしい。わたしは、わたしたちはこんなにフィラちゃんのことを思っているんだってことを。

 そんなこと今のフィラちゃんは望んでいないのかもしれないけど、それでも、伝えたい。


 数瞬の沈黙の後、フィラちゃんは首を縦に振った。


「……わかったわ。迷惑かけてごめんね」

「迷惑じゃないよ、心配だっただけ!」

「……うん、ありがと」


 そう返事するフィラちゃんは、少しだけいつものフィラちゃんに戻っていた気がした。


「……先生」

「はい、なんでしょう」


 尋ねる先生に、フィラちゃんは言う。


「あたしと戦ってください、先生」

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