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37話 不穏

「ふぁーあ……」


翌朝、部屋の中。

わたしたち三人は、同時に大きな欠伸をした。


「どうしたの皆? 随分と眠そうだけど」


イヴが不思議そうな顔で聞いてくる。

うん、ちょっとイヴの人形が怖すぎて一睡もできなかっただけ。

あのあとは何もなかったけど、でも声をはっきり聴いちゃったからなぁ。正直めっちゃ怖いよ。


「駄目じゃのう。長生きするには睡眠が大切じゃぞ?」


途中で寝てしまったリズっちも、すっきりとした顔で忠告してくる。

まあ、たしかに言っていることは正論だ。


「リズっちが言うと説得力があるね」

「まあの! 妾は一万歳にして、まだお肌もぷにぷになのじゃ!」


そう言って自らのほっぺたに指を押し付けるリズっち。

たしかに柔らかそうだ。

リズっちのほっぺたと同じ柔らかさのベッドが欲しい。そこで心ゆくまで眠りたい。今そんな気分。


「あんたの声、頭にガンガン響くわね」


朝からハイテンションなリズっちを見ながら、フィラちゃんはこめかみを押さえる。

たしかに徹夜明けには中々厳しいテンションだよね。気持ちはわかるよフィラちゃん。


「あ、フィラリスじゃ! べろべろべろ~!」


もはや習慣となっているのか、リズっちはフィラちゃんに変顔をする。

いつもなら怒るフィラちゃんだが、今日は違った様子だ。


「……怒りたいけど怒る元気もないわ……」

「なんじゃ、つまらんのう。お主は怒る以外に存在意義がないんじゃから、怒ってくれんとじゃなあ――」

「なんですって! 喧嘩なら買うわよリズリズぅっ!」

「キャッキャッキャ! 怒ったのじゃ! 逃げるのじゃ~!」


二人は部屋の中を縦横無尽に走り回る。

どうやらリズっちはフィラちゃんを怒らせるのが趣味みたいだ。

はた迷惑な趣味を持たれて、フィラちゃんもかわいそうだね。

リズっちも趣味を持つなら、わたしのぺろぺろみたいに誰にも迷惑をかけない趣味を持てばいいのに。


「にしてもフィラちゃん、徹夜なのによくあんなに走り回れるよねー。そう思わない? シアちゃん」

「寝不足で誰でもいいからぶっ殺したいきぶ……すみませんリューネさん、聞いていませんでしたわ」


シアちゃん今すっごくぶっそうなこと言いかけてなかった?

……き、聞き間違い! 聞き間違いだよね!


「な、なんでもない! なんでもないよー!」

「そうですの? それならばいいのですが……」


軽く顎を撫でるその仕草は完璧にお嬢様だ。そしてだからこそさっきの発言の怖さが引き立つ。

……忘れよっ! 昨日の人形の声のことも、今のシアちゃんのことも、全部忘れるのが一番だ!


そんな会話をしている間に、リズっちは捕まってしまったらしい。

フィラちゃんはリズっちの腰のあたりに座り込み、全身を上手く抑え込んでいる。

羨ましい……羨ましいよリズっち!

その場所変わって! わたしもフィラちゃんに抑え込まれて、無理やりぺろぺろされたいからぁっ!


「捕まえたわよリズリズ……! 覚悟はできてるんでしょうねぇ?」

「い、痛いのは嫌なのじゃ……。慈悲を望むのじゃ……」

「慈悲? そんなものあたしが持っているとでも?」

「顔がマジなのじゃ……。リューネ、助けてぇ……」

「自業自得だからね。頑張ってリズっち!」


わたしは両こぶしを胸の前で握り、「ファイト!」のアクションをとる。

悪いことをしたら、罰を受けるべきだよね。それを肩代わりしてしまうのは、リズっちのためにならない。

……すっごく変わりたいけども。


「そ、そんなぁ……」


わたしに助けを断られたリズっちは、文字通り絶望の表情を浮かべた。

そんなリズっちを、フィラちゃんは見下ろす。


「さっきあんた、ほっぺたがぷにぷにとか言ってたわよね。ならそのほっぺたを思いっきり引っ張ってあげる」


そう言うとフィラちゃんはリズっちのほっぺたをむぎゅっと掴み、みゅーんと引っ張った。


「ぎゃー! い、いひゃいのじゃー!」


涙目で抗議するリズっち。

しかし、フィラちゃんは止める素振りもない。

こりゃあ、今回は長く続きそうだ。


「妾が間違っていたのじゃ! フィラリスは妾たちに必要不可欠なのじゃ!」


いくらなんでも遅すぎるよリズっち。

今更そんな取り繕ったところで、フィラちゃんが止まる訳――


「そ、そうかしら……?」


フィラちゃんちょっっっろ! 驚きのちょろさだよ!


「そうなのじゃ! 可愛くて、明るくて、しっかり者なのじゃ! 妾はフィラリスがいないと寂しくてたまらないのじゃ!」

「て、照れるわね……」


さっきまであんなに怒っていたというのに、今では顔を赤くしている。

そんなフィラちゃんを、リズっちはこれでもかと褒めまくった。


「まだまだあるのじゃ。フィラリスは勇敢じゃし、皆を纏めてくれる。それにおっぱいも大き……いや、おっぱいはまあ……普通、かのぅ」

「褒めるならちゃんと褒めきってほしいんだけど!?」



そんな二人を眺めるわたしたち。


「楽しそうだね、リューネ」

「そうだねぇ、イヴ」


朝の集合時間まで、わたしたちはその光景をただ眺めていた。







集合時間が近づいたところで、わたしたちは外の集合場所へと移動する。

時間は十分前。速すぎはしないけど遅すぎもしない、妥当なところだろう。


「あれ?」


館の外に出てみると、なんだか集合場所の辺りが騒がしい。


「ああ、魔物が出とるようじゃの。それも五十匹くらいか。結構な数じゃな」


目が良いリズっちがそう報告してくれる。

それを聞いたわたしは、集合場所へと走り出した。他の皆もそれに続く。


魔物と生徒たちとの戦闘は、どうやら生徒たちが優勢のようだった。

正確に言うと、引率の先生たちの力で学園側が押している感じだ。

特にセリア先生は『蒼姫』の名にふさわしい鮮やかな手際で、すれ違いざまに魔物を倒していく。


「先生、助太刀します!」

「皆さん! 皆さんなら大丈夫だとは思いますが、くれぐれも無理はしないように! 撃ち漏らしは私が処理するので、相手できる敵だけ相手してください」


さすが先生、緊急時には頼りになる。


「よーっし、はあっ!」


わたしは魔力を溜めることもなく、すぐに魔法を撃ち放った。

この程度の魔物相手なら、威力より手数で勝負した方が効果的だと思ったからだ。


「……うん、やっぱり」


目論見通り、魔力をほとんど籠めなくても無事に魔物は倒せた。

少し余裕ができたわたしは、皆の様子を探ってみる。


「怪我をした方たちはわたくしたちか先生方の後ろに隠れてください! それが一番安全ですわ!」


シアちゃんは周囲の生徒に指示を出している。

周りを広く見渡せるからこその、シアちゃんにしかできない役割だ。


「ボクに任せて!」


イヴはわたしたちの中でも一番の活躍で、先生に近い速度で敵を倒していった。

こういう大量の低級魔物相手に大事なのは、細かな魔力のコントロールだ。

それはわたしよりもイヴの方が秀でているから、妥当な結果である。


「妾はあまり気が進まんのじゃが……仕方ない」


リズっちはそこまで積極的に魔物を倒してはいないようだ。

やっぱり同じ魔族の仲間という意識が少なからずあるのだろう。

別にそれを責めるつもりはわたしにはない。


そしてフィラちゃんは……。


「くっ……!」


珍しく、苦戦していた。

明らかに格下の魔物たちに追い詰められて、剣もすでに地面に落としてしまっている。


「フィラちゃんっ!」


わたしは咄嗟にそちらに走り、魔法で敵を殲滅する。

どうやらそこの敵が最後の一団だったようで、わたしが倒したのを最後に、周囲には穏やかな風が吹いた。




生徒のほとんどは緊張感から解き放たれ、その場に座り込む。

わたしもそうだ。

今まで散々授業で魔法をつかったり、戦闘の心構えを聞いたりはしてきたけれど、やっぱり実践は全然違う。

まだまだ魔力は残っているし、戦闘時間も大したものではなかったし、なにより一度も攻撃を食らっていないはずなのに、わたしはそこそこ重めの疲労感を覚えていた。


「皆さんお疲れ様でした。一応外の様子を確認しますので、生徒の皆さんは一度館の中に入ってください。見た限り重傷者はいないと思われますが、怪我をした方は館内に医務室がありますのでそちらまで。そして先生方は周囲の捜索を。指示は私が出します」


セリア先生がテキパキと指示を出す。


「いきなりでびっくりしたねー」


わたしはその指示に従い、館に帰ろうとした。

でも、すぐ近くにいるフィラちゃんがちっとも動こうとしない。


「……フィラちゃん? どうかした?」

「……なんでもないわ。帰りましょう」


わたしの声掛けにフィラちゃんはスクッと立ち上がり、早歩きで館に向かう。


「フィラちゃん……?」


わたしの声にも振り返ることはなく、フィラちゃんはそのまま館に入ってしまった。

とりのこされたわたしの周囲に、もう一度風が吹いた。今度は冷たい風だった。

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