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36話 追い込まれると逆に覚悟が決まる

 館をある程度見て回ったところで、食事をとることにした。

 全校生徒が集まる部屋へと遅れて入る。

 そういえば、特進クラスの皆以外と会うのは結構久しぶりかも?

 そんなことを思いながらわたしは与えられた席についた。


 ぼすん、と座るわたしを、ふわっふわの椅子は優しく受け止めてくれる。

 椅子には丁度いい塩梅の肘付きもついていて、この椅子ひとつあれば一日だらけきって過ごせそうなくらいの気持ちよさだ。

 この椅子は人を駄目にする気がする。


「あ~。もう妾絶対一歩も動かないのじゃぁ~」


 実際もう駄目になってる子もいるし。

 リズっちは弛みきった表情だ。ほっぺたぷにぷにしたい。




 食事が運ばれてきた。

 薄々想像はしていたけれど、やはり高そうなものばかりだ。

 魚はてらてらと上質な脂で光を反射しているし、フルーツも瑞々しい感じがすごいする。

 平凡な家庭で育ったわたしにはその価値の全てを推し量ることはできないけど、とにかくまあ高そうである。

 わたしたちの中ではこういう料理に一番馴染みが深いであろうシアちゃんは、運ばれてきた料理を見て満足げだ。


「リッシュヒェンネのアニュパルト、その横にアクセントとしてムルゴルバールを添えるとは……シェフの腕前がよくわかりますわね」


 どうしよう、シアちゃんが異国の言語を話し始めた。

 何を言っているのか全く分からないし、その料理は口に近づいた瞬間に『消え』ていく。

 シアちゃん何気に本気で食べてるじゃん! シアちゃんに食欲を解放させるほどの料理の腕前ってこと?


「あんた、ローレンシアの言ってることわかる?」


 フィラちゃんが耳打ちしてくる。


「ううん、全然」


 わたしはそう答え、近づいたフィラちゃんの顔をなめようとする。

 しかし俊敏な動作によって惜しくも避けられてしまった。むぅ、無念。


「あんた、油断も隙もないわね」

「それはこっちのセリフだよ。絶対ぺろれると思ったのになぁ」

「新しい動詞を生み出さないで」


 ぺろりたかったなぁ。




「うん、美味しい」


 わたしも食べてみたけれど、とってもおいしい。

 あ、食べたって言っても料理の話だよ!

 とっても繊細な味で、それでいてインパクトもあって……まあ、そんな感じでした!


 皆も楽しそうに食べている。

 リズっちなんて口いっぱいに頬張るようにして食べるものだから、ほっぺたがぱんぱんだ。


「むむむ……? これは……魚じゃな! 間違いない!」


 食べるまで気づかなかったの? お頭ごと料理として出てきてるんだけど……。

 まあ、美味しく食べてるみたいだしいっか。


「リズリズみたいに何もわからなくても、おいしく食べるのが幸せだとボクは思うよ。もちろんローレンシアのように知識もあるのが一番だとは思うけどね」


 そう話すイヴの食べ方はとても綺麗だ。料理を口に運ぶ姿に気品が漂っている。

 隣に両目の窪んだ人形を座らせているとはとても思えない上品さだ。

 というかイヴ、なんでずっとその人形持ち歩いてるの? 怖いよ?


 とはいえ言っている内容にはわたしも同感だ。


「あんた、良いこと言うわね」

「ローレンシアには及ばないけど、ボクも結構育ちは良かったからね。マナーばかり気にして料理の味が分からなくなったことがあって、それ以来なるべくシンプルに考えるようにしてるんだ」

「イヴの言う通りですわ。大切なのは食事を楽しむことですもの」


 シアちゃんは目の前の料理を次々に消しながら言う。

 そしてリズっちを見た。


「これはなんじゃ~!? もぐもぐ……。むぅ、わからんのぅ。……でも美味なのじゃ! ならばよし、カッカッカッ!」


 たしかにリズっちは楽しそうだ。

 あそこまで笑顔を零しながら食事する人も少ないだろう。

 やっぱり楽しそうに食事する子はいいよね。気持ちがいいよ。

 ……それに、自分の目の前で食欲という三大欲求の一つを恥ずかしげもなく満たしていっていると考えるとこう……クルものがあるよね!


「じー……」


 早めに食事を終えたわたしは、フィラちゃんの食事姿を凝視し続ける。

 小さく切った一口分の料理を徐々に口元に近づける。

 桜色の唇が開けられ、料理が口の中へと入っていく。

 そしてもぎゅもぎゅと咀嚼……ああ、フィラちゃんが私の前で欲望のままに食事してる!


「でへへへへ!」

「……あんた、また変なこと考えてるでしょ」


 なんでバレたの!? フィラちゃんすごい!






 食事の後はお風呂。

 この館はもちろんお風呂もすごくて、プールくらいの大きさのお風呂がある……みたいなんだけど。


「もうそんな元気ないわ……。皆は?」

「ボクもちょっと。お風呂で寝ちゃうかも」

「わたくしも疲れましたわ。部屋のお風呂でいいかと」

「妾もじゃ。あとトイレに行きたい」


 食事をとったところで皆ドッと疲れが押し寄せてきたようだ。

 今日は何にもしてないんだけど、まあ慣れないバス移動もそれなりに大変だったしね。


「じゃあ、でっかいお風呂は後日ってことで! 楽しみは万全の状態で味わわなきゃだもんね!」


 わたしは皆の意思を尊重することにした。

 わたしだけででっかいお風呂に入ってもつまらないもんね! やっぱり皆とじゃなきゃ!


「なんかあんた、すっごい元気ね」

「わたしって疲れるとその疲労感に気持ち良くなっちゃって、いつの間にか疲れを忘れちゃうんだぁ」

「なによその体質……羨ましいわ」


 疲労物質と快楽物質が同時に脳からでてる気がするんだよね。


「でもそれと引き換えにリューネみたいになってしまうとなると、考えもんじゃろ」

「ちょっとリズっち!? それどういう意味!?」

「思うに、リューネにはおしとやかさが足らんのじゃ」


 口いっぱいに料理詰め込んでたあなたが良く言うよっ!


「そんなこと言う人には、お仕置きぺろぺろを……」

「やめい、漏らすぞ」

「え?」

「ぺろぺろなんぞをしたら、妾は、漏らすぞ」


 リズっちは腕組みし、仁王立ちで言う。

 な、なにこの貫録……。

 追い詰めているのはわたしの方なのに、まるで追い詰められているかのような威圧感だ……。


「……わたしの負けだよ。参りました」


 項垂れるわたし。

 そんなわたしにも、リズっちは微動だにしない。


「ふむ。では妾を厠まで連れていけ。妾はもう限界じゃ。一歩でも動いたらその瞬間に終わる」

「ええ!? ちょっ、皆手伝って! 早くしないとリズっちが大変なことに!」


 わたしたちは協力してリズっちの四肢を持ち、トイレへと運んでいく。

 四肢を預けて運ばれるリズっちは、焦ったような顔も恥ずかしそうな顔もしていない。完全な無表情だ。


「皆、くれぐれも慎重にじゃぞ。ほんのわずかな衝撃で終わるからの、マジで」


 なんでそんなに達観してるの!? もう限界超えてるの!?

 わたしたちはリズっちの謎の威圧感に怯えながら、ゆっくりとトイレに運ぶのだった。






 そして夜。

 寝る部屋は特進クラスの五人で皆一緒だ。

 だけど今日はいつもの五人にもう一人?が加わった。


「え……イヴ、その人形抱いて寝るの?」

「うん、一応ね。目を離すとどこに出歩くかわかんないし」


 冷静になってイヴ、今の発言だいぶ不可思議だよ。

 人形は普通出歩かないんだよ、その人形絶対おかしいんだよ、気づいてイヴ!


 薄明りの中、すやすやと眠るイヴに、人形が気になって眠れないイヴ以外の四人。


「くかー……くかー……」


 訂正、三人。

 リズっちも怖がってはいたが、眠気に負けて一瞬で眠りに落ちてしまった。ある意味羨ましい。


「ほ、本当に呪いの人形とか、そんなのあるわけないわよね……?」

「ま、まさかでしょ……。そんなのあるわけないよ……ね、シアちゃん?」

「え、ええ。そうだといいのですけれど……」


 わたしたちは薄明りの中、イヴが抱きかかえる人形を黙って見つめる。

 そのまま十分近くが経ったが、何かが起きる気配はない。


「大丈夫そう……かな?」

「とりあえずは、安心してもいいかもしれないわね。……怖いけど」

「せめて目があればまだ違うんでしょうけれどね。やっぱり目がないと……」

「じゃあお前の目寄越せよ」

「駄目だよそんな冗談言っちゃ……って、あれ?」


 今の……誰?


「ふぇ、フィラちゃん……?」


 フィラちゃんは青い顔でぶるぶると首を横に振る。

 シアちゃんも同じだ。

 そしてわたしも言ってない。……ってことは。


 その瞬間、人形がイヴの腕の中からことりと抜け落ちた。


「……ぎゃ、ぎゃああああああーっ!」


 わたしたち三人の叫び声が、館中に響き渡ったのだった。

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