35話 到着
「やっと着いた……」
バスから降りたわたしは大きなため息を吐く。
すでに夕暮れ時、空は赤く染まっていた。
周りに他の生徒の姿は見えない。わたしたちがドタバタしているうちに少し離れた場所にある洋館まで向かってしまったのだろう。
それにしても、長く辛い旅だった。
わたしは続いてバスから降りてくる皆を見る。
フィラちゃんはまだぶつぶつ言ってるし、リズっちはお腹を押さえてるし、シアちゃんは顔色ヤバいし、イヴは怖いし、先生は寝ぼけ眼だし……なんというか、まともな人がわたししかいない。
「やっぱりわたしが一番まともなんだなぁ」
わたしはしみじみと呟く。
今回のバスの一件でそれがわかったね。
それから十分後。
ようやく正常な状態に戻った皆と共に、わたしは宿泊することになる館へと向かっていた。
「森の中の洋館って、なんだか不気味そうよね……」
「大丈夫だよフィラリス。いざとなればこの子も付いてるし」
怖がるフィラちゃんに、イブが人形をふりふりと振ってみせる。
「それが余計に怖いんだけど……」
そこに関してはフィラちゃんに同意せざるをえない。
結局人形の目、とれたままだしね。普通にすっごい怖いよね。
そんなたわいもない会話を続けていると、セリア先生が声を上げた。
「あちらが今回の林間学校で宿泊する館です」
先生が伸ばした腕の先には、確かに建物らしきものが見える。
わたしたちから百メートルほどのところにあったのは、大きく立派な洋館だった。
全面石造りの白い壁と円錐状に突出した屋根は、見る者に高貴な印象を与える。
その見た目はまるで貴族の別荘のよう……いや、それ以上だ。
「こ、これに泊まるの?」
「すごいねぇ! こんな豪華な感じの館とは思ってなかったよ。てっきりボロボロで蔦とかが生い茂っているものだとばかり思ってた」
「王立学園は国の予算の十分の一を占めていますからね。次代を担う生徒に最適な環境は常に用意しています」
驚くフィラちゃんとわたしに、先生が言う。
その顔は少し自慢げだ。真一文字に結んでいるはずの口の端が、ぴくぴくとせり上がってきている。
それに自分で気が付いたのか、先生は咳をする振りをして口元を隠した。
そして照れ隠しのように髪を弄り始める。かわいいぃ……!
とても二十五歳とは思えぬかわいさだ。普段クールで大人な女性がふと見せる子供っぽさっていうのは、とてもぺろぺろみが高い。さすが先生、よくわかってる!
「結構雰囲気のある良い館だね。そう思わない? リズリズ」
「ふ、ふん! 妾の昔の家よりはちっこいがの! ちっこいがの!」
対して一万年も生きているにも関わらず常日頃から子供っぽいリズっちは、イヴの問いに声を張り上げる。
どうやらこの洋館に張り合っているようだ。さすがリズっち、子供っぽい!
「そうなんですの? ちなみにリズリズさんのお家はどのくらいの広さなのでしょう」
「ど、どのくらいじゃとぉ……? か、厠が百個あるのじゃ! どうじゃ、凄いじゃろう!」
すごいやリズっち!
表情から仕草から言い方から内容から、嘘百パーセントじゃん!
今のこの瞬間のリズっちは、嘘だけをかき集めて形作られてるよ!
だけど、そんなそんなリズっちの発言をシアちゃんはすんなりと受け入れる。
シアちゃんは少し人を疑うということを覚えた方がいいかもしれない。
「あら? ではわたくしの実家と同じくらいの広さかもしれませんわね。奇遇ですわ」
「そうじゃろうそうじゃろう……え?」
と思ったら、シアちゃんもリズっちと同じようなことを言い始めた。
しかもその表情にはリズっちと違い、嘘をついている様子は微塵も感じられない。
どうやら嘘を疑わなかったのは、シアちゃんにとって特に不自然でもない内容だったからみたいだ。
これに驚いたのは当然リズっちだ。
「ローレンシア、お主の家、厠が百個もあるのかえ……?」
「ええ、正確には百十二個ですわ。毎月一つずつ増築してますの」
「なんじゃお前は! おっぱいがあって金持ちってどうなっとるんじゃ! 無敵か!」
リズっちのそれは完璧な逆切れだね。さすがリズっち、幼い!
「ねえ、そろそろ中に入らない? ボク館の中がどうなってるか気になるよ」
「そうですね。では皆さん、私についてきてください」
イヴにせかされ、ようやくわたしたちは洋館の中へと足を踏み入れることとなった。
館の中に入ったわたしたち。
館の外装は見かけ倒しではなかったらしく、内装も外装に劣らぬ絢爛さを誇っていた。
値段もわからないようなシャンデリアが、部屋だけでなく廊下にまで取り付けられている始末だ。
「はぇー……」
わたしは呆然と口を開く。
なんというか、違う世界に迷い込んだみたいな感じがするね。
ここまで強く非現実感を覚えることも中々ない経験だ。
「……ねえねえフィラちゃん」
「どうしたのリューネ」
わたしは天井を指差す。
指差した先には細長い何本ものチェーンが巻き付いたシャンデリアがある。
はぁぁ、すっごく素敵な形……!
「あの天井に付いてるシャンデリアさ、なんか金のチェーンみたいなのがじゃらじゃらしてるじゃん?」
「そうね……あ、ちょっと待って。あんたあれで縛ってほしいとかいうつもりなんじゃないでしょうね」
っ!?
「うぇぇっ!? フィラちゃんってエスパーだったの!?」
「あんたの考えそうなことなんてそれくらいでしょ」
すごい……フィラちゃんってわたしの考えてることが全部わかるんだ!
なら……!
わたしは想像の中でフィラちゃんをぺろぺろと蹂躙する。
どうかなフィラちゃん! わたし今頭の中で、フィラちゃんのあんなところやこんなところをぺろぺろしちゃってるよ!?
「? ……どうしたの、気持ち悪い顔して」
これは通じないのかよぉ。残念……。
がっくりと肩を落とす私に、シアちゃんの声がかかる。
「なるほど……リューネさん、参考にさせていただきますわ」
「ふぇ?」
なんのこと?
……ああ、もしかしてシャンデリアのじゃらじゃらのこと?
参考にするってことは、セリア先生に使うのかな。
そう思い先生を見ると、先生は頬を桃色に染めていた。
「ローレンシアさん、それって、その……」
「ふふふ、楽しみにしていてくださいね?」
シアちゃんは先生にウィンクする。
先生の肩がビクンと跳ね、その表情は零れんばかりの喜色で彩られた。
「は、はい……っ!」
またっ! また見せつけられたっ!
なんだよ先生、すごい嬉しそうな顔しちゃってさ!
くぅぅ~、ズルいよぉぉぉ~! 羨ましいよぉぉぉ~!
「フィラちゃん早くわたしを叩いて! じゃないとわたしは嫉妬でブラックリューネになっちゃう!」
「ブラックリューネって何よ」
やだ、フィラちゃんってば冷静! 素敵! かわいい! ぺろぺろ!
そんな会話も終わり、再度洋館内を見回ってみようというところでリズっちが言う。
「……か、厠に行きたいのじゃ。もう限界なのじゃ……」
リズっちは内股になり、もじもじと悶えていた。姿勢もどことなく前傾姿勢だ。
リズっち、ちょっとトイレ近くない?
子供だからなのか、それとも一万歳だからなのか……こんなこと聞いたら絶対消し炭にされそうだからやめておこーっと。




