34話 お人形
「晴れてるじゃん! 絶好の出発日和だね!」
家から出たわたしは空を見上げて伸びをする。
お菓子の買い物から数日が経ち、あっという間に林間学校へと出発する日になった。
時間が経つのは早いね。このままじゃあっという間にお婆ちゃんになっちゃうよ。
「ねーリズっちー?」
「何を言うておるのか全くわからんが、ものすごく同意したくない気分なのじゃ」
さすがリズっち、勘が鋭いですねぇ。
感心したわたしは、リズっちの金髪へと手を伸ばす。
「よしよし、褒めてあげよう」
「よしよし!? 妾一万歳なのじゃが!?」
その言葉には耳を貸さず、わたしはリズっちをなでなでする。さらさらで気持ちいい。
リズっちもまんざらではないような顔で「うぅ、むぅ」と口をもごもごさせている。かわいい。
「ほら、あんんたたちいつまでじゃれ合ってるの。早く行くわよ」
立ち止まっているわたしたちに、前を行くフィラちゃんが声をかけてくる。
そんなフィラちゃんを宥めたのはイヴだ。
「まあまあ、フィラリスもそんなにやきもちやかないの」
「や、やきもちじゃないわよ! 急に変なこと言わないでよね!」
するとイヴはシアちゃんとこしょこしょ話を始める。
「……ねえねえローレンシア」
「……ええ、これは確実にそうですわねイヴ」
「だから違うって言ってるでしょうがああ!」
三人はギャーギャーと追いかけっこを始めてしまった。
「もう、三人ともふざけすぎだよぅ。あんまり遅いと置いて行っちゃうからね?」
「そうじゃそうじゃ、リューネの言う通りじゃぞ」
「あんたらにだけは言われたくないんだけど!?」
フィラちゃんは今日も朝からぜーぜーと息を切らして大変そうだなぁ。
同情するよ……反省はしないけども。
「遅かったですね。遅刻ではないですが、時間ぎりぎりですよ?」
学校の前では、先生が待ち構えていた。
どうやら生徒の中でわたしたちが一番遅かったらしい。
「す、すみません」
いの一番に謝るフィラちゃん。
こういうことができるあたり、やっぱり人間が出来てるよね。
そして人間が出来ていないわたしはこう言うのだ。
「まあまあ先生。あんまりフィラちゃんを怒らないであげてください。わたしたちも悪かったんです。ね、皆?」
「リューネ、その言い方って完全にあたしを主犯格に仕立て上げようとしてるわよね?」
「本当はフィラちゃんだけに全ての罪を押し付けたかったんだけど、それはさすがにわたしの良心が許さなかったよ。ほら、わたしって優しいから」
「優しい子はまず罪をなすりつけようとしないのよ」
疲れた顔で諭すように言うフィラちゃん。
たしかにやり過ぎたかもしれない。
フィラちゃんは一番急ごうとしてたし、悪いことしたな。正直に先生に申し出よう。
そこまで考えたところで、急にわたしの頭の中に雷鳴が走った。
そうか……どうしてこんな簡単なことがわからなかったんだ!
わたしは一歩先生の方へと進み出る。
「そういう訳で遅刻の原因は全てこのわたし、リューネにあります! さあセリア先生、おしりぺんぺんでもなんでもしてください! ……おしりぺんぺんでも、なんでもしてください!」
「なんで二回言ったのじゃ?」
リズっちは今黙ってて!
わたしは熱い目線を先生へと送る。さあ先生、どうぞここは一つぺちんぺちんと!
でないと他の生徒に示しがつきませんから!
「いえ、遅刻ではないですからお仕置きとかはありませんよ? では行きましょうか」
そう言ったきり、先生はわたしから目線を逸らす。
「良かったじゃないリューネ。怒られなくて」
「おあずけって一番つらいよね……」
「訳わかんないこと言ってないで、早く乗るわよ」
こんなに悲しいことがあるだろうか。
てっきり叩いてくれると半ば確信していただけに、ガッカリ感が半端ない。
わたしは肩を落としながら乗り物に乗り込んだ。
乗り物の中はわたしたち特進クラスの五人で貸切だった。
わたしたちは横一列に座る。
どうやらこの見覚えのない鉄の塊は『バス』とかいう最新鋭の魔道具らしい。
国全体でも五つしかないうちの三つをこの学園のために貸し出してくれているというのだから、王立学園がどれだけ重要視されているかがわかる。
でもこの学園、特進クラスは変人ばっかりだけどね。……あ、わたし以外。
それから一時間後。
バスはすでに出発し、わたしたちは快調に林間学校の地へと近づいて行っていた。
そんな中、わたしは気になっていたことをイヴに聞いてみる。
「そういえばイヴ。リュックが皆より少し大きいけど、何が入ってるの?」
「あ、やっぱり気になる? いいよ、見せてあげる」
そう言ってイヴはリュックから布製のぬいぐるみをとりだした。
黒い目玉がぎょろっとした、ピンクの髪の……多分だけど、女の子の人形だ。
「じゃーん! ボクのお手製人形です」
……どうしよう、全然かわいくない。むしろ怖い。
「どうかな、どうかな?」
イヴは人形をふりふりしながら聞いてくる。
その揺れに耐えきれなかったのか、人形の目玉はボロンッと取れて床に落下し、ころころとあたりを転がり始める。
人形は窪んだ眼孔で虚空を見つめている。
「い、イヴ……その……目、とれてるけど……?」
「ああ、気にしないで。すぐとれちゃうんだよ。また新しく作るから大丈夫」
気にしないとか、それはさすがに難しいんですけど……!
「って、あれ? この髪の色、もしかして……」
「うん、リューネの髪だよ!」
「いつの間にそんな量溜めたの……?」
人形の髪はパッと見では不自然さを感じないくらいにはふさふさだ。
いつの間にこんなにためてたんだろう。
「ボク、一生懸命努力したからね」
イヴはふふん、と鼻を鳴らす。
自慢げにされても反応に困るよぉ……。
「でもこの子、ちょっとおかしいんだよね」
「おかしい?」
たしかに見た目は相当おかしいというか猟奇的だけど、多分イヴが言ってるのはそういうことじゃないよね。一体何がおかしんだろう?
「たまになんだけど、この子の近くにある物が勝手にどんどん倒れたり、部屋にボク以外誰もいないときに笑い声が聞こえたり、足音が聞こえたり……最近は声も聞こえたりするんだよねー」
「やばいやばいやばいやばい! それは絶対ヤバいよイヴ!」
心霊現象じゃん! その人形絶対何か取り憑いてるじゃん!
「え、そんなにかなぁ? たしかにちょっとはおかしいけどさ、たまにだよ?」
何でそこで無駄に度胸があるの!
たまにでもそんなことが起きる時点でぜ~ったいにおかしいでしょ!
「フィラちゃん、フィラちゃんも何とか言ってやってよ」
「あたしは何も聞いてないあたしは何も聞いてないあたしは何も聞いてないあたしは何も聞いてない……」
駄目だ、フィラちゃん何も役に立たない。可愛いけどビビリ! そこもかわいい!
「じゃあリズっち!」
「こ、怖すぎるのじゃ……おしっこ漏れる……」
ああ、リズっちもポンコツだ! かわいいけどポンコツだ!
こうなればシアちゃんだ。うん、シアちゃんならきっと冷静に対処してくれる。
「シアちゃん!」
「ど、どうかいたしましたの……? ごめんなさい、全く聞いていませんでしたわ……」
顔色が酷いっ! 土みたいな色をしてるよシアちゃん!
「ど、どうしたのシアちゃん! 大丈夫!?」
「恥ずかしながら、酔ってしまいましたわ……うぷっ」
血の気の引いた顔で口元を手で押さえるシアちゃん。
ちょっと待って。今これどういう状況なの……?
わたしは恐る恐る辺りを見回す。
「あたしは何も聞いてないあたしは何も聞いてないあたしは何も聞いてないあたしは何も聞いてない……」
「厠ぁ……妾に厠をぉ……」
「どうか皆さん、吐いてもわたくしを嫌いにならないで……」
「あ、また声が聞こえたよ! 皆も聞こえる? ほら、この子が喋ってる!」
なにこの惨状……。
「あーもう滅茶苦茶だよ! 先生助けて!」
もはや一生徒に収められる状況ではない。こういうときは最終手段、先生に丸投げしかない!
……って、あれ? セリア先生?
「すぴー……すぴー……」
「先生ぇぇぇっ!」
このままじゃ到着までに体力全部使い果たしちゃうよ! 誰か、誰か助けて~!




