33話 妖怪
「おお、お菓子がたくさんあるのじゃ!」
というわけで、わたしたちは林間学校のためにお菓子を買いにやってきたのだった。
お菓子屋さんには見た目にもカラフルなお菓子がたくさん並んでいる。
どれを買えばいいか、中々すぐには決められなさそうだ。
「うーん、やっぱり迷っちゃうよねぇ。縄みたいに長いひも状のグミがあれば、それに即決なんだけど」
「なんでなのじゃ?」
「自分に巻いて縛り付けてから食べれば一石二鳥でお得だしねー」
「お主本当に頭ヤバいの」
さらっと人を毒づく……中々いい罵倒スキル持ってるじゃんリズっち。将来有望そう――
「ねえねえリューネ! そのリューネを巻いた紐って、ボクも食べていいの!? ねえねえ!」
「ひぃぃ……」
イヴの怒涛の勢いが怖いよぉ……。
数分お店を見回ってみるけど、やっぱり決められずにいるわたしたち。
それもこれもお菓子が多すぎるのが悪い。
多分お店全体で千種類くらいはあるんじゃないだろうか。
とても選べる気がしないよ。
とそんな中、シアちゃんが言った。
「一度食べて味を確かめてからにしたいですわねぇ。……店主さん、とりあえず全てのお菓子を一つずついただけるかしら?」
全てのお菓子を一つずつ……全てのお菓子を一つずつ!?
「……え、あんたそんなに食べれるの?」
当然皆も同じ疑問を持ったようで、フィラちゃんがシアちゃんに聞く。
すると、シアちゃんはぽかんという顔をした。
「? 食べることに限界なんてありますの? 食べようと思えばいくらでも食べられるのではないのですか?」
え、何それ……。
「ローレンシアってそんなに食べる人だっけ?」
「一応、わたくし普段はセーブしているのですわ。家のお金も無限ではありませんし、財が底をつくようなことになってしまう可能性もありますので」
それを聞いたわたしは戦慄する。
これだけお金持ちオーラが漲っている人の実家の財政が傾くレベルって、もうそれ化け物なんじゃ……。
そんなことを思っていると、会計が終わったようだ。
とりあえずお店の外に出て、近くの公園のベンチに座る。
「こりゃすごいね……」
イヴがそう言うのも無理はない。お菓子もここまであるとさすがに胸やけを起こしそうだもん。
目の前に積み上げられた山のようなお菓子に、シアちゃんは舌舐めずりをした。
「わたくしが全て味わってあげますわ……!」
まるで狩りをおこなう強者の目だ。
普段おしとやかなシアちゃんがそういう鋭い眼光をすると、ギャップできゅんときちゃうよね。
「ボクちょっと気になるんだけど、もしセーブしないで食べてみたらどうなるの?」
「ああ、それでは少しだけ『解放』してみましょうか」
解放って何!? 食欲を解放するの!? カッコいい!
『解放』したらしいシアちゃんは、一つ目のお菓子を口に運ぶ。
すると、口に入る直前でお菓子は姿を消した。
「消えたっ!?」
「いえ、もう食べましたわ」
何それ何それ何それ! 消えるとかあり得るの!?
驚きで言葉も出ないわたしたちの前で、シアちゃんは無言でお菓子を『消し』続けるのだった。
「ご馳走様でした」
数分後。十分と経たないうちに、約千種類のお菓子はすべてシアちゃんの胃袋の中に納まっていた。
ば、化け物だ……。
「ち、ちなみに今腹何分目くらいなのじゃ?」
「小腹も膨れないくらいでしょうか。一分目にも満たないですわね」
「本当に凄いわねあんた……」
しかも食べたばかりだというのに、シアちゃんの体型はスリムなままだ。
こんなことが本当にあり得るのだろうか。
不思議に思ったわたしは、シアちゃんのお腹をさすってみる。
「ひゃっ! りゅ、リューネさん? 一体何をしてらっしゃるんですの……?」
「あれだけ食べたのに、お腹全然膨らんでないなーと思って」
さらさらとシアちゃんのお腹を撫でる。
あれだけ食べてくびれまであるし、本当にどうなってるんだろう?
「わたくしは体質なのか、食べても食べても太ることは特にありませんわね」
そう言って首を俯かせ、自分の身体を見るシアちゃん。
そんな僅かな動作だけで、シアちゃんのたわわな胸はぷるんと揺れる。
ああわかった、栄養が全部おっぱいにいってるんだ。
じゃなきゃそんなけしからんおっぱいにはなりませんよ。これは取り締まりが必要だと思います!
とその時、わたしは横から強烈な視線を感じてそちらを向く。
そこには完全に肝の据わった顔のフィラちゃんがいた。
「あたしはこの世を恨むわ……。乳……乳……」
「うわ、妖怪乳置いてけだ!」
「なんですのそれ!?」
「豊かなおっぱいをもぎりとることだけを生きる目的とする、悲しい存在だよ!」
きっとフィラちゃんが発する巨乳への強烈な嫉妬心に惹かれて憑依しちゃったんだ!
「乳……乳……」
妖怪と成り果てたフィラちゃんは哀れに呟く。
その姿はどこか哀愁を感じさせた。
「ああ、可哀想に……。シアちゃんが胸を揉ませてあげれば、きっとフィラちゃんも正気に戻るはずなのに……」
「……わ、わかりましたわ」
シアちゃんは意を決した顔で呟く。
そして、フィラちゃんの前で胸を張り上げた。
「フィラリスさん。わたくしの胸はここですわ」
「……! 乳……乳……!」
フィラちゃんはゆっくりとシアちゃんのおっぱいに手を伸ばす。
そしてその手で双丘に触れた。
そのままゆっくりと揉む。
「フィラちゃん、わかる!? おっぱいだよ! シアちゃんのばいんばいんなわがままおっぱいだよっ!」
「そんな風に言われると、は、恥ずかしいのですが……」
「乳……乳ぃぃぃぃぃっ!」
フィラちゃんは興奮した様子で、一心不乱に胸をもむ。
「ちょっ、そんなに強くされると……んんっ」
ちょっとシアちゃん、突然甘い声出さないでよ!
そんな声聞いたら、わたしまで興奮してきちゃうじゃん!
「フィラちゃん、わたしの胸も揉んでいいよ!」
「乳? ……乳?」
わたしは自分の胸にフィラちゃんの手をぺたぺたと押し当てるが、フィラちゃんの反応はない。
どうやらわたしの胸はおっぱいとも認識されていないようだ。
なんて屈辱……!
こうなれば、自分で揉むしか……!
……いや、でもさすがに白昼堂々自分で胸を揉むというのは、社会的に許されるレベルを完全に超えているような……。でも社会的に許されてないことをするのもそれはそれで興奮するような……。
ああ、わたしはどうすればいいの!? 誰かわたしに教えて!
わたしは天に呼びかける。しかし声は帰ってこない。
「神様教えてよ、ねえ! 神様ぁぁぁっ!」
わたしの慟哭は、虚しく周囲に木霊した。
「ねえリズリズ、ボクたちは何を見せられてるんだろうね」
「決まっとるじゃろ。三文芝居じゃ」
ちょっと、ひどいよ二人とも! わたしたちは真剣なのに!
「はぁ……はぁ……。……こ、ここは? あたし、一体何を……」
「フィラちゃん、戻って来れたんだね!」
ようやくフィラちゃんが正気を取り戻した。
よかった、一時はどうなることかと思ったよ。
それもこれも、全部シアちゃんのおっぱいのおかげだ。ありがとうおっぱい。
「なんとかなったようで何よりですわ」
シアちゃんは疲れた表情をしながらそう言う。
健気! そういう子、わたし好き!
「でもまあ正直、フィラリスが少し羨ましいのじゃ。妾もあのおっぱいを揉みしだいてやりたかったのじゃ」
「シアちゃんのおっぱい、大人気だね! わたしも揉みたい!」
「あんまり嬉しくないですわ……」
シアちゃんはヒクヒクと苦笑いを浮かべるのだった。




